前世の俺を殺したくせに~裏切り者に蘇生されて異世界生活2周目が始まりました~

@childlen

第一章 まずは前世の裏切り者たち

第1話 理不尽な死と恥知らずを見た


「…………」


 俺はチートスキルを持っている。


 正確には『叡智』と呼ばれるものの一種らしいが、まあ、スキルといっても語弊は無いだろう。

 この世界の人間が一人につき一つ持っている力。

 『発動!』と念じれば炎とか氷かがでてくる異世界特有の特殊能力のことだ。


 3年前、異世界転移したばかりの志無崎しむざき詩音しおんに与えられた『叡智』は無敵と言ってもまだ足りない、まさしくチートと言うべき力だった。

 攻撃に使えば回避防御不可能な広範囲即死攻撃をばらまき、防御に使えばあらゆる攻撃を問答無用で防ぐ。『ショボいスキルで工夫して無双!』とか、『差別される弱スキルでも鍛えて最強!』といったパターンからはかけ離れた力。

 普通に最初からチートである。初戦から一度たりとも負けたことは無い。

 具体的な効能はかなりのでここでは触れないことにするが、とにかくチートなのである。


 だったらスキルに頼り切りなのか問われればそういうわけでも無く、肉体の方にもタガの外れたボーナスが付いていて、硬く、強く、再生し、そしてついでに白髪だ。かっこいい。

 異世界に召喚された者には何かしらチートが配布されるのがお決まりなものらしいのだが、いささかやり過ぎではないかという気もする。これだけお膳立てされていれば幼稚園児でも無双できそうだ。


「…………………………ぁ」


 さて、そんなチート盛り盛り卑怯者が死ぬ状況とは、一体どんな時だろうか。

 もっと言うならば、誰かが志無崎詩音を殺害しようと思い立った時、それはどんな手を使えば成就するものなのだろうかというささやかな疑問である。

 一度真剣に考えてみよう。


 第一に不意を突くこと。これはもう絶対条件。

 対等な条件下でチーターを相手取ることのできる奴は多分世界のどこにもいない。自分で言うのもなんだが、チートはずるいからチートなのである。


 第二に強力なスキル。防御力&再生力カンストのイカレた肉体を殺しきる火力も必要だ。

 例えば『ビルを消し飛ばすぐらいの爆発』だとか、『触れた物を問答無用で消滅させる』だとか。チートを殺すためには他のチートを用意しないといけないというのは、いささかやるせない話になってしまうが。


 第三には弱体化デバフだ。

 どんな強力なスキルも当たらなければなんの意味が無い。しかしどんな攻撃も回避できる自信があるというのが、チートがチートである所以。貰い物を振りかざして『自信がある』というのはどうなのだろうという話は置いといて、ともかく闇雲に攻撃を放っても効果は薄い。


 しかし、を付けられたなら話は変わってくる。

 足枷といっても物理的な枷ではなく、足を引っ張る事象全般のことである。スキルだとか、人質とか。


 そう例えば、仲間に毒を盛られる、とかだ。


「…………ぁ、あ゛あっ!う゛っ、ガっ!」


 あまり生活感の感じられない自宅の一室、詩音しおんは叫びにならない声を上げ、血反吐を吐いて転がっていた。


 血の塊が喉の奥から押し寄せてくる。

 抑えようとしても叶わない量の赤色が床一面に広がっていく。


「何だっ、これ……」


 否。

 腹の内に抱える疑問は『何が』では無く、『何故』だ。

 つまり、どうしてこうなってしまったのか、である。


 行き場の無い感情と共に血反吐をまたまた吐き出しながら、詩音は今生を振り返る。


 異世界に呼び出されたのは3年前。

 魔王が誕生したのは2年前。

 それからはもうずっと戦い詰めの毎日であった。終わり。


 簡素が過ぎる説明文だが、それくらいこの異世界生活はシンプルだった。

 朝には魔犬の群れを狩り、昼にはゾンビに精神を削られ、夜にはゴブリンに奇襲をかけられる。労働基準法に中指立てたブラックな日々の始まりである。

 チートを持っていても詩音は身一つの人間。世界各地で同時多発的に起こる問題に対処するとなれば、余裕綽々でこなすというわけにはいかないわけだ。


 しかし、そんな日々もつい先日に終わりを迎えた。

 魔物を生み出し続けていたあの魔王、黒い大樹の討伐が叶った。世紀末なこの世界にもようやく平和が訪れたのである。


 無論、そんな世界規模の厄災を自分一人でどうこうできたわけもない。

 何度も言うが自分は身一つの人間。スキルが無ければ無力な無力なクソガキなのだから。


 俺にも仲間がいる。

 共に黒樹に立ち向かい、苦難を共にしたパーティーメンバーなかま達がいる。


「毒だよ毒。特別製の猛毒を致死量の5万倍。…………これで死なないの正直どうかと思うよ?」


 そんな仲間達の一人。

 パーティー内でも長い付き合いだった少女。

 黒樹討伐パーティーのリーダーを務めていたヴェートは、自分が血を吐く姿をのんびりと眺めていた。


 他人事のように無感情な沈黙の後、思い出したように魔導石を取り出して二言ばかり吹き込む。


 仲間への心配など毛ほども感じていないような、のんびりした様子であった。


 ――――どうして。


 突然訪れてきたヴェートと昼食を食べていた最中、前触れもなく吐血してしまった自身の体調が分からない。

 仮にも仲間であるはずの男が悶え苦しむ姿を平然と見ていられるヴェートの心情が分からない。

 彼女ののっぺりとした無表情の裏側が、いくら考えても全く分からなかった。


「ほら、万一シオンがその気になったら確実に人類滅亡でしょう?その他全員が纏めてかかっても無理だろうね。…………まあ強いし。すごく強いし。事が起こってからじゃどうやっても止められない」


 ヴェートが、歌うように流麗に話す。

 その軽々しい少女の様子と、現在進行形で広がっていく己の血の海がやけにアンバランスに感じられる。


 空気を混ぜるように回されていた細い指が、こちらを真っ直ぐ指差した。


「危険人物は早めに処分しておこうってこと。黒樹も討伐出来たしね」


「……はぁ…………?」


「だから処分だって処分。殺すの。私が、シオンを、今から。わかる?」


 子供に言って聞かせるような口調だった。

 口の端から流れていく血が、足下の血だまりに波紋を立てた。


「………………………………成る程なぁ……」


 1から10まで説明されてようやく理解できた。


 血を吐いたのは食事に毒を仕込まれていたから。

 ヴェートが考えているのは己の殺害。

 毒を盛った当人がそれを公言するというのはなんとも間抜けな話ではあるが、不条理と言うほどではないだろう。


 整理するまでもなく簡単なことだった。

 今まで理解できなかったのが恥ずかしくなるほどにわかりやすいことだった。



 自分は共に戦ってきた仲間に裏切られ、殺されようとしているのだ。



「……ふざけるなよ」


 口の端の血を拭う。

 怒りと怨嗟が体の内で渦巻いているようだ。頭がおかしくなりそうだ。

 俺は用済みになればすぐ捨てることのできる消耗品というわけか。

 そんな扱い方をされ、冷静にいられる人間がいるわけが無いだろうに。


「ふざけるな……っ」


 それでも理性を保つことができたのは、『これは何かの間違いなのではないか』といった希望的観測あまさが未だ僅かに残っていたから。

 そして、怒りに身を任せている暇も無いというのもある。


 目の前の顔なじみは自分を殺すと言っているのだ。

 自分の力をよく知る彼女が『殺せる』と判断しているのだ。

 ヴェートが上手く事を運べば、俺は確実に死ぬ。


 ――――逃げ切れるか……?


 右足に軽く力を入れた。毒で痛む体は鈍く、重く、鈍重だが、それでも動かないわけではない。

 なら問題は無い。

 少し、ほんの少し足を踏み出すだけでいい。百メートルも逃げれば毒が中和するだけの時間は余裕で稼――


「――――『潰れろ』」


 眼前に突き出されたヴェートの人差し指が、くるりと虚空に真円を描いた。


 視界が歪む。


「…………ッア!?あ゛あ゛あ゛あ?ああッあああっあああ゛!!」


 手を触れず、直接脳内をかき回された。


 瞬間、比喩抜きで前も後ろもわからなくなる。

 くるくるとヴェートの指が回る。

 五秒間ゆっくりかき回されても、まだまだ懲りずにかき回す。

 グジュぐじゅ、頭の中からおかしな音が聞こえた。


「あああ??ああ!!アっ!――――――――――――――――あぁあ!!」


 痛みは無い。吐き気がする。自我が崩れる。

 変な音が遠くで鳴っているような耳鳴りがし始めた。


 だから悶えた。

 ずっと悶えた。

 自分が悶えているのかさえ分からなくなってくる。








 気がついた時には、胃の中にあったものをまき散らし、再び床に転がっていた。


「――――ハハッ、世界を救った英雄様が無様なものだな」


 上の方から投げかけられる皮肉な笑い声。


「……ぁ…………ぁ……?」


 目線を上げると目に映る、またもや見覚えのある鋭い目。


 ラヴェルだ。詩音と同じ、ヴェートと同じく、パーティーメンバーの一人。

 ぬるい殺意を隠す様子もなく、少年はこちらを見下していた。


 ――――ぅうっ……まず、い……?


 脳味噌がぐちゃぐちゃになっていた為ぼんやりとではあるが、冒頭で述べた三つの条件について考えを巡らせたのは丁度この時である。


 一つ。仲間に毒を盛られるなど、あげく自分を殺しにくるなど想像しているはずがない。

 二つ。ラヴェルの『叡智』なら俺の頭部を消し飛ばすことも容易いだろう。

 三つ。毒で弱って脳味噌を崩され、俺は身動きをとることができない。


 100点をあげてもいい手順だ。

 寒気がした。

 こいつらは本気だ。本気で俺を殺すつもりなのだ。


 『もし反逆されたら危ないから』という、万一に備えた保険の為に。そんな軽い理由で。


「……正気か、お前ら…………なあ、俺はっ、そこまで……信用されて、なかったのか……?」


「どうでもいいんだよ」


 途切れ途切れだが必死に絞り出した命乞いは、ラヴェルに一言で切り捨てられた。


「俺はそもそもお前を殺したくてこのパーティーに入った…………正直に言うとな、お前を思い出す度に吐き気が止まらなかったんだ」


 ラヴェルが面倒臭そうに首を振り、


するのが清々しくなるぐらいには」


 ゆっくりと足を上げ、横たわる俺の頭に狙いを定めた。


 やめろ、と言いかけた。

 ヴェートが再び指を一回まわす。それだけで静止の言葉は止まる。止められる。


 そしてヴェートは無感情な笑みをよこして、手を振った。


「じゃ、バイバイ」


 瞬間、ラヴェルの右脚が俺の頭部を蹴り飛ばし、頭蓋骨が飛ぶ。

 が飛び散っていく感覚すらはっきりと感じられ――――







 ******







「……やった……やった成功だ!!成功したぞ!」


 気がついた時には、詩音は見覚えの無い部屋に立っていた。

 どことなく格式高さを放つ内装――――よりも、足下の魔方陣に目が引かれる部屋だった。


「…………は?」


 呆然としながらも、詩音は自身の頭を軽く触る。

 つい数瞬前、ラヴェルに砕かれたはずの頭がしっかりとついている。

 いくら再生できる体といえども、頭を砕かれて蘇る程の力は持っていないはずである。


 ――だから、さっき死んだんだよな、俺………………?


 意識が途切れたと思った途端の見知らぬ部屋への瞬間移動。

 足下の魔方陣。


 これは、3年前に経験した異世界召喚の時とほとんど同じ状況では無いか。



 つまり、今度のこれは異世界なのだ。

 死者蘇生を異世界から異世界への転生ととらえるならば、であるが。



 恐らく詩音は、ヴェートに裏切られ、ラヴェルに殺された後、に蘇生された。

 誰に言うわけでもなく興奮した様相で喋っている、幼い魔術師に眼を向ける。


「…………召喚対象も五体満足……マナも上手く拡散してるな。よし、安定してるぞ!完璧だ!!」


 異世界でも魔術師と呼ばれる者と会ったことは無かったし、どこかに存在するという話も聞いた事が無かったが、とにかく魔術師らしき格好をした童女。

 自身の背丈ほどの巨大な杖を持った少女が、おそらくは感慨で身を震わせていた。


「そう」


 そして、そこには少女がもう一人いた。

 は未だ一言も発せずにいる詩音に向かって語りかける。


「……えっと、初めまして。私はこの国の王女。勝手ながら貴方をこの世界に呼び出させていただきました」


 魔術師よりも少し年上の、おそらくは詩音と同年代くらいの少女が、魔術師の隣でそう言った。


 そいつは、ついさっき詩音を殺した裏切り者。

 ヴェート=モレンドだった。


「お願いします――――どうか、この世界を助けてください」


「は?」

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