1回戦 Sランク冒険者ゲーム51
村人達も俺達もまだ朝食をとっていなかったので、そのまま料理して、広場に集まってみんなで食べることになった。
料理ができるまでの間、俺と有希は軽い怪我をしている村人に無料でヒールをかけてあげた。ちなみに有希のヒールのレベルは3に成長していて、さらに浄化魔法Lv.1も覚えていた。浄化魔法はその名の通り、汚れを落として殺菌する魔法のことだ。
有希が〈健康〉にスキルポイントを振ると、それをコピーしている俺も連動して新しい魔法やスキルを覚えることができる仕様のようだった。
ヒールのレベルが上がったことで、俺と有希の回復度合いにも目に見える差が出始めた。俺の方が有希より魔力が低いせいもあるのだろうが、明らかに俺がヒールをかけた傷の方が治りが悪かった。
ヒールは怪我には効果があるが、病気には効果がない。それでも、病人に浄化魔法をかけてあげると、身体の表面的な汚れが取れ、ほんの少しだけ体調が良くなったようだった。病人の中にいる菌までは殺せないが、表面の菌は殺すことができるからだろう。
立花光瑠もボランティアで、角ウサギに荒らされた後まだ芽の生えていないニンジン畑に、レベル3に成長した生長促進魔法をかけていった。立花光瑠の手から放たれた光が畑の畝に当たると、そこから早送りのように尖った芽が出始めた。ニンジンは他の野菜に比べて発芽率が低いため、村人達にとても喜ばれた。
千野は、錆びた農具や大工道具にメンテナンス魔法Lv.3をかけていった。
誰かのMPが切れると、国吉文絵が作っておいたMPポーションを飲んで回復し、再び作業に戻った。
夜桜は両手に動物のパペットを嵌めて、動物のヌイグルミをテーブルの上に並べ、集まっていた子ども達に人形劇を始めるようだった。何気なく遠目にその人形劇を見ていた俺は、劇の演目がどうやら『ウサギとカメ』らしいと気付き、慌てて止めに入った。
「この人達はウサギの獣人なんだから、『ウサギとカメ』は駄目だろ!」
「むぅ……。じゃあ、『
「それも駄目だって!」
うろ覚えだけど、『因幡の白兎』はウサギがワニに皮を剥がされて酷い目に遭う話だったはずだ。
「それなら『月の兎』にする」
「……『月の兎』って、どんな話だったっけ? 小声で教えてくれ」
俺は夜桜にそう頼んだ。
「サル、キツネ、ウサギが山の中でお腹を空かせた老人に出会うんだけど、ウサギは老人のために食料を採ってくることができなくて、サルやキツネに責められて、自らの身を食料にしようと火の中に飛び込んで死んじゃうの。それを見た老人は
「却下だ却下! 夜桜ちゃん、お前、分かっててやってるだろ!」
「しょうがないなあ。じゃあ、『かちかち山』にする」
「『かちかち山』か……。それもストーリーがうろ覚えなんだけど」
「ウサギは悪役じゃないし、酷い目にも遭わないよ」
「でも確か、結構残酷な話じゃなかったっけ?」
本当にうろ覚えだけど、残酷すぎて規制されがちな昔話の筆頭格だった気がする。
「子ども向けに、マイルドに改変されたバージョンにするから大丈夫だよ。タヌキが善良なお婆さんを殺してお爺さんに食べさせるシーンも、お婆さんに怪我をさせるだけに改変するし、ウサギがタヌキを
「想像を遙かに上回る残酷な話だった! そして俺が小さいときに絵本で読んだ『かちかち山』は、改変されたバージョンだったんだと今初めて知ったよ! っていうか、ウサギから離れろ! ウサギの話縛りにする必要はないんだから!」
「でも童話とか昔話って、もともと残酷な話が多いんだよ。子どもだって現実とフィクションの違いくらいは分かるから、そんなに心配しなくてもいいよ」
夜桜はそう言いながらも俺の意図を汲んでくれて、『ブレーメンの音楽隊』や『おおきなかぶ』など、残酷な要素が少ない幼児向けの話を披露してくれた。〈人形歩行〉が進化した〈操り人形〉のスキルを使用し、糸で繋がったヌイグルミを動かしながらアフレコしていく。ろくな娯楽もない村に育った子ども達は全員が夢中になった。それだけではなく、大人までもが魅了されていた。
ちなみに残りのメンバーはその間、青山を中心に料理を作っていた。
米崎は、すでに購入していた8匹の羊とは別に、12匹の羊を追加購入した。夏目理乃は値段交渉をしたがったが、有希が止めに入り、結局村人の言い値で買った。
夜桜が羊毛フェルトを欲しがり、こちらは夏目理乃が全力で値切り、満足げな表情で村人にお金を渡していた。
そして朝食の時間が終わると、米崎はレイエットと2人だけで建物の陰に移動した。その間、米崎がレイエットとどのような会話を交わしたのかは分からないが、戻ってきたときには穏やかな表情になっていた。
何度も何度もお礼を言い続ける村人達に見送られながら、俺達は村を出た。
強い魔物の縄張りを避け、弱い魔物を狩りながら何時間も歩き続ける。羊達がちゃんとついてこられるか心配だったが、杞憂だった。むしろ、人間である俺達より羊達の方が余裕そうだったので、佐古くんのアイテムボックスに収納しきれなかった荷物の一部を羊に背負ってもらったくらいだった。
休憩の時間には、変装道具の作成を急いだ。
「悪いんだけど、千野っちはドワーフに変装してくれない?」
有希が申し訳なさそうに頼んだ。
「いいぞ。ドワーフはかっこいいし。でも、俺はドワーフにしては背が高すぎるんじゃないか?」
千野は快諾し、そう訊いた。ドワーフはかっこいいイメージなんだ、と意外に思ったが、俺は空気を読んで何も言わなかった。
「この世界にはエルダードワーフと言って、背が高めのドワーフもいるから、それになりすますといいよ」
鈴本がそうアドバイスした。
有希と夜桜はまず、錬金粘土と針金でドワーフの耳を作った。スプリングワッシャーの街にも、数は少ないがドワーフがいたので、その耳を思い出しながら作っているようだった。さらに、エクステを加工して付け
それらを装着した千野は、本当にドワーフにそっくりだった。〈鍛治〉のスキルツリーも持っているし、鑑定されない限りは本当の種族がヒューマンだとバレることはなさそうだった。
千野以外のメンバーでは、有希がウサギの獣人に、夜桜がタヌキの獣人に、夏目理乃がネコの獣人に変装することになった。どの獣人に変装するかは、各自の希望を優先した。
夜桜のタヌキだけ浮いているような気がするが、相方がキツネのコンちゃんだから、キツネとタヌキでバランスはいいような気もした。
国吉文絵はエルフに変装することもできそうだったが、この世界ではまだエルフを見たことがなかったので、みんなで相談して、今はやめておいた。
ちなみに変装する理由は、敵チームと遭遇してしまったときに、俺達が対戦相手だとバレにくくするためである。
予選で訪れた世界にはドワーフや獣人などの他種族はいなかったし、もし敵チームも予選時に俺達と同じような条件だったなら、敵チームも32人全員がヒューマンなのではないか、と鈴本は推理していた。ならば、敵だって地球代表チームは全員がヒューマンだという先入観があるかもしれないので、ドワーフや獣人の混じったパーティなら、デスゲームの参加者であると気付かれにくいと思ったのだ。
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