予選31

「それと、お昼過ぎから『エンジェルズ』のスタッフに演歌を教える件だけど、あれは烏丸Pはついてこなくてもいいよ。他にやることがいっぱいあって忙しそうだし」


 有希がそう言ってくれた。


「いいのか?」

「うん。来たところで、烏丸Pにできることはあまりないしね」

「正直、そうしてくれると助かる。でも、営業時間が始まるまでには行くからな」


 今夜も『1の3』は『エンジェルズ』のステージに立つ約束になっているので、俺はそう言った。


 その後、孤児院に戻った俺が、ゼリーとグミが大好評で完売したことを伝えると、青山は凄く喜んだ。よく考えてみると、自分が作った料理を買ってもらったのは、青山にとっても初めての経験だったのだろう。本当なら販売も自分でやってみたかったのだろうが、デスゲームを生き残るため調理に専念してくれたことに、俺は感謝した。


 バターはすでに完成していた。

 試しに、温めたパンにバターを塗って食べてみると、日本で食べていたバターと全く同じ味だった。


「めっちゃ美味しいな。これは絶対に売れるぞ」


 俺はそう太鼓判を押した。


「売るのは任せたぞ。俺はこれから、ゼリーとグミを大量生産するのに忙しいからな。バターの方は完全に子ども達に任せても大丈夫そうだ。それと、ウスターソースっぽいものも作ったんだけど、試食してもらえるか? 本当は、2、3日寝かせた方がいいんだけど、少しでも急いだ方がよさそうだし」


 青山にそう頼まれ、ウスターソースっぽい調味料で作った野菜炒めも試食してみたのだが、こちらは微妙だった。塩を加えたミックスジュースのような味がした。


「ごめん……。正直に言うけど、これはあまり美味しくない」

「やっぱりそうか。食べてもらった人全員に不評なんだよな」

「何ていうか、酸味が足りない気がする」

「うん。それは俺もずっと悩んでいるんだ。これにお酢を加えればもっと美味しくなるはずなんだけど、この世界にはお酢がないからな……。酸っぱい果汁を多めに混ぜてみたけど、それでも駄目だった」


 青山の話を聞いた俺の脳裏に、『エンジェルズ』でお酒を飲んでいた客達の姿が浮かんだ。


「あれっ? ちょっと待てよ。俺、『エンジェルズ』でワインを飲んでる人達を見かけたぞ。

ワインがあるなら、お酢もあるんじゃないか? ほら、よくワインの熟成に失敗するとお酢になるって聞くじゃないか」


 俺がそう言うと、青山は苦笑した。


「ああ、それはよくある誤解だな。お酢と、劣化して酸っぱくなったお酒は全くの別物だよ。例えば、納豆と、ただ単に腐った大豆は全くの別物だろ? それと同じことだ。お酢は、アルコール度数の低いお酒を酢酸菌という菌の力で発酵させたものなんだ。要するに、この世界では酢酸菌が発見されていないから、お酢も存在してないってことなんだろうな。醤油や味噌やチーズもそうだけど、この世界には『発酵』という概念が存在していないみたいなんだ」

「うーん。そうか。発酵って、凄く長い時間が必要なんだよな?」

「今言ったやつは、最低でも数ヶ月はかかるな」

「そうか……。じゃあやっぱり、お酢を使った調味料は諦めた方がよさそうだな。海が近いけど、昆布とか鰹節みたいなものは作れないのか?」

「昆布も鰹節も、乾燥して熟成させるのに凄く時間がかかる。7日間じゃ無理だな」

「そうなのか……」

「ただし、豚骨スープは完成した。これを粉末状にすることに成功すれば、調味料とかスープの素として売れると思う」


 青山はそう言った後、パスタを入れた豚骨スープを試食させてくれた。


「おおっ。麺はスパゲッティだけど、スープは完全に豚骨ラーメンの味だ!」

「後は、鶏ガラスープも作ってみようと思うから、鶏ガラを買ってきて欲しい。鶏ガラスープは豚骨スープより短時間で作れるから、後回しにしてたんだ」

「いいけど、鶏ガラって何だっけ?」

「鶏の骨のことだ。まあ、この世界には鶏はいないみたいだから、何かの鳥の骨ってことになるんだけど。何種類か肉屋で買ってきて欲しい」

「分かった」


 俺はそう頷いた。


 その後、俺は試食用のバターをリヤカーに載せて、1人で孤児院を出た。


 移動中は暇だったのでウィンドウ画面を出すと、所持金が0ゼンのチームが5つに増えていた。チーム別の所持金は、1位でも約50万ゼンしか稼げていないようだった。俺達地球代表チームは、ボス猿くんが作った借金を除けば1位のチームの何倍も稼げているのに、不思議だった。


 市場で温かいパンを買い、問屋街にあるアイス商会を訪れた。入り口の隅にリヤカーを置かせてもらい、エドワードさんに会いたいと伝えると、昨日と同じ応接室に通された。


「どうもどうも、クロウさん。今日は、ゼリーとグミというものを持ってきてくださったのでしょうか?」


 エドワードは開口一番にそう言った。


「違いますけど、俺がゼリーとグミを売ってたこと、知ってるんですか?」


 あのとき広場でエドワードを見かけた記憶はなかったので、俺はそう訊いた。


「ええ。今、ウォーターフォールは『1の3』という彗星のように現れた音楽グループと、ゼリーとグミの噂で持ちきりですからね。『エンジェルズ』でクロウさんを見かけた人が、クロウさんが広場で謎の食べ物を売っているのも見かけて、私に教えてくれたのですよ」

「ああ、そうだったんですね」


 分かってはいたことだけど、いわゆる「現代知識チート」でお金儲けをしようとすると、凄く目立ってしまうな……。ウォーターフォールにはデスゲームの敵チームが来ていないみたいで、本当によかった。

 逆に言うと、上位チームがあまりお金を稼げていないのは、目立たないようにするため、知識チートを封印して地道に労働しているからなのだろう。俺の予想通り、大多数の敵チームは首都に殺到してしまい、身動きが取れなくなっているのかもしれない。


「はい。それで、ゼリーとグミは売ってもらえないのでしょうか?」

「すみません。今日の分は完売しました。次の分は明日の販売となります」

「予約は受け付けていますか?」

「いいえ」


 広場で売っているときも訊かれたが、何もしなくても飛ぶように売れるのに、予約なんて面倒なものを受け付けるわけがない。


「定価の2倍のお金を出すので、特別に予約を受け付けてもらえませんか?」

「えっ。本気で言ってますか?」

「はい。ゼリーとグミの噂が領主様の耳にも入ったらしくて、執事様から、アイス商会ではゼリーとグミは売っていないのかと訊かれまして……」

「ああ、そういうことですか。いくつ欲しいんですか?」

「とりあえず、ゼリーとグミを11個ずつお願いします」

「それくらいでしたら、了解しました。ただし、他の人には内緒ですよ」

「もちろんです」

「それにしても、11個ずつとは中途半端ですね」

「そのうちの1個は私の分です」


 エドワードはそう言って笑った。


 そして、パンが冷めないうちにバターを塗ってエドワードに渡すと、それを食べたエドワードが感激の声を上げた。


「こ、これは……! 美味しいです! 何というまろやかで滑らかな食感! 口の中で溶けていくようです! 今までにない、全く新しい食感です! そして何という芳醇な香り! こんなに美味しい物は生まれて初めて食べました!」


 だから、この世界には美味しい物を食べたら食レポしないといけない決まりでもあるのだろうか?



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【お知らせ】

今から1週間後の5月31日に、タイトルを『異世界デスゲーム? 優勝は俺で決まりだな……と思ったらクラス単位のチーム戦なのかよ! ぼっちの俺には辛すぎるんですけど!』に変更します。

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