予選13

「ねえねえ、柿埼かきざきくんはアイドルやらないの?」


 ある女子が、近くにいたイケメンオーラを発している男子にそう訊いていた。髪がサラサラで、手足が細くて長い。男から見るとただのヒョロガリなんだけど、なぜか女にはこういうタイプの男が人気なんだよな。


「僕はそういうの向いてないから」


 イケメンくんは白い歯を輝かせながらそう言った。


「えーっ。柿埼くんがアイドルやるなら、私がマネージャーやってあげるのに!」

「ごめんね。目立つのが苦手なんだ」

「そんなこと言わずに!」

「――そこ。嫌がってる人に無理強いしないように」


 俺が注意すると、イケメンくんのファンらしき女子は「はーい」と、ふてくされた声を出した。損な役回りである。


「それと、歌でも楽器でもいいから、他に音楽が得意な人が4人、それぞれ別の班に入って欲しいんだけど、自己申告してくれ」


 俺がそう呼びかけると、女子ばかり4人が名乗り出た。俺はその4人を1人ずつ、離れた場所に移動させた。


 ボス猿くん自身を含めて、ボス猿くんのところには男子ばかり6人がいる。つまり、地方都市に転移するメンバーには、男子は10人しかいないことになる。

 1つの班に最低2人は男子がいた方がいいと思い、俺は5つの班を作ることにした。これは決して男女差別で言っているのではない。治安が悪い国では、女性だけで行動すると卑劣な犯罪者に狙われる確率が跳ね上がるからだ。男子も子供扱いされて舐められそうだが、女子だけの班よりはマシだろう。

 男女合わせて合計26人いるから、5人の班が4つ、6人の班が1つできるはずだ。アイドル班にはすでに女子が4人いるから、男子を2人加えて、6人の班にするといいだろう。後で調整しよう。


「次は、料理が得意な人を5人募集する。早い者勝ちで、好きな班に移動してくれ。ただし、アイドル班には男子が入ってくれると助かる」


 俺がそう呼びかけると、男女5人が移動した。アイドル班には料理人くんが入ってくれた。


「小説とか漫画とかアニメとか映画とかドラマとか、色んなストーリーに詳しい人も4人、アイドル班以外の班に移動してくれ」


 小説家くんを筆頭に、大勢の生徒が動こうとしたが、早い者勝ちで4人が決まったようだった。どうやらこれが1番人気らしい。


 アイドル班以外と指示したのは、おそらくアイドル子ちゃんが色んなストーリーにも詳しいだろうと思ったからだ。アイドルが好きなら、映画やドラマもたくさん観ているだろう。


「あと、事務作業が得意な人がいたら、彼と一緒に会社を創って欲しい」


 俺が前髪眼鏡くんの方を手で示しながらそう言うと、女子が1人名乗り出てくれた。


「それじゃあ残りは、それぞれ好きな班に入って。ただし、それぞれの班に男子が2人入るように調整してくれ」


 俺がそう呼びかけると、みんなが動き出した。


 俺は前髪眼鏡くんのところに駆け寄った。


「一緒の班に入ろうぜ」


 俺がそう言うと、前髪眼鏡くんは含み笑いをしてこう言った。


「きみと僕が同じ班に入るのは、適材適所とは言えないな」


 俺はただ、電子辞書や計算機として有能な前髪眼鏡くんと同じ班に入れば、楽ができるんじゃないかと思っただけなのに、お断りされてしまった……。


「じゃあ、腹黒地味子ちゃんの班に入れてもらおうかな」


 俺は小声でそう言った。


「腹黒地味子ちゃんって。きみは他人に不快なニックネームをつける天才だな」


 前髪眼鏡くんは、腹黒地味子ちゃんの方を見ながらそう言った。


「いや、お前もそれが誰を指すのか一瞬で分かった時点で同類だろ」

「とにかく、きみという優秀な人物が、他の優秀な人物と同じ班になるのは、人材の無駄遣いだ」


 こいつ、さり気なく自分を優秀な人物にカテゴライズしてやがるな。

 事務作業が得意だという女子も、苦笑している。


「あれっ。もしかして、俺のことを高く評価してくれているから、同じ班に入りたくないって言ってたのか?」

「まあね。言い方はもう少し考えた方がいいと思ったが、きみが空気を読まずに石原くんと対立してくれたおかげで、全員で首都に転移せずに済んだことについては感謝している。そんなKYくんは、あの班に入るのをお勧めする」

「KYくん!? それ、俺のことか!?」

「空気を読まないきみにピッタリだろう? あの班は男子が青山くんしかいないし、アイドルをプロデュースする役目の人間が必要だし、KYくんがあの班に入ると、ちょうどいい」


 前髪眼鏡くんが俺に入れと言っているのは、アイドル班だった。


「俺、アイドルのプロデューサーなんてやったことないぞ」

「そんなの、この中の誰だってやったことないだろう。ゲームでやったことがある人はいるかもしれないけど。とにかく、時間がないんだから、さっさとあっちに行け。僕だってどの班に入るか選ばないといけないんだから」


 前髪眼鏡くんが犬か猫を追い払うような仕草をするので、仕方なく俺はアイドル班のところに行った。


 さっき対立した質問子ちゃんと同じ班になるのは抵抗があったが、確かに楽観的なメンバーばかりのこの班には不安が残るし、俺みたいな悲観主義者、現実主義者が必要かもしれないと思った。


「えっと、俺はこの班に入れって前髪眼鏡くんに言われたんだけど……」

「KYくんが来てくれるのは大歓迎よ」


 カチューシャちゃんがそう言ってくれて、ホッとすると同時に、そのニックネームが定着しそうで怖いなとも思った。さっき、俺が大声を出して前髪眼鏡くんに文句を言ったのが聞こえていたらしい。


 周囲を見回すと、イケメンくんと同じ班になりたがる女子が多くて、その班だけ人数が多くなってしまっていた。


「そこの班は男子2人、女子3人になるように、ジャンケンして決めろ! 負けた奴は人数が少ない他の班に行け! 時間がないんだから早く!」


 俺がそう叫ぶと、壮絶なジャンケン勝負が繰り広げられ、やっと班分けが終了した。

 ジャンケンに負けた女子は恨みがましい目で俺を見ていたけど、知らんがな。全くもって、損な役回りである。


 不安に思っていた佐古くんは、柔道子ちゃんと同じ班に入っていたし、もう1人の男子は強そうだったので、ちょっと安心した。佐古くんでは、チンピラに絡まれときに何の対処もできなさそうだからな。


「みんな、悪いんだけど、どの都市に行くかはこのアイドル班を先に決めさせてくれ。独身男性が多い都市を選ばないと行けないから。――ザイリック、独身男性の人数をリストに追加してくれ」


 俺がそう頼むと、一瞬でその情報がリストに追加された。


 1つだけ突出して独身男性の比率が高い都市がある。他の情報を見た限りでは、治安も悪くなさそうだし、そこに転移することにした。


「アイドル班は、ウォーターフォールという街に転移することにする。他の班は、早い者勝ちで選んでくれ」


 俺がそう呼びかけると、一気に騒がしくなった。


 希望の都市が被ったところは、俺が何も言わなくても勝手にジャンケンをして決めてくれた。


 それぞれが、自分達の希望する都市をザイリックに指定した。街の中に突然出現すると大騒ぎになるかもしれないので、都市の城壁の外側の、周囲に人がいない場所に転移させることにした。


 残り時間は、30秒を切った。


 最後の1秒まで足掻こうと、俺は声を張り上げる。 


「みんな! アルカモナ帝国に転移した後も、お金儲けのアイデアを思いついたら、各自でどんどんやっていこう! それと、本戦に備えて、予選のうちから体力と筋力を鍛えておいてくれ! 次からは体力勝負になるかもしれないからな。生水は絶対に飲んじゃ駄目だぞ! 必ず火を通せ。スラム街には近づくなよ! 金より命を大事にしろ! それから――」


 言い終わらないうちに、多層構造の魔方陣が出現し、俺達の身体が青い光に包まれた。

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