予選12
「保険や株はまだ分かるけど、年金の会社なんて作れるの?」
モデル子ちゃんがそう訊いた。
「作れるよ。多分、きみは国民年金のような公的年金を想像しているんだろうけど、個人年金保険と言って、積み立て貯金のような形の、保険会社が運営している年金制度がある。企業年金と言って、その企業の社員限定で加入できる私的年金制度なんかもある。そしてその企業年金の運営を証券会社とかが代行している場合もある」
「へぇ、そうなんだ。でも、アルカモナ帝国では、子供が会社なんて作れるの?」
モデル子ちゃんはザイリックにそう訊いた。
「アルカモナ帝国の成人年齢は12歳なので、皆さんなら作れますー」
「で、でもさ、8日以内に保険の株式会社を設立できる自信がある人、この中にいる?」
モデル子ちゃんは不安そうに訊いた。
「僕はできる自信あるよ」
前髪眼鏡くんはサラリとそう答えた。
「きみ以外で! 自信がなくてもいいから、やってみたいと思う人がいたら、手を挙げて」
モデル子ちゃんはそう言ったが、誰も手を挙げなかった。俺も、それはちょっと荷が重すぎる。
「まあ、全員でやる必要はないわけだし。アイドル業は希望者がいる班だけ、ってことにしたみたいに、保険や年金の会社は前髪眼鏡くんが入った班だけやる形でもいいんじゃないかな」
俺は少し考えてそう言った。
「やっぱり前髪眼鏡くんって僕の渾名だったんだな」
前髪眼鏡くんはわざわざ眼鏡を外して俺を睨んだ。
「ごめん。時間のあるときに自己紹介してもらったら、ちゃんと名前を憶えるから許してくれ」
今回はスルーできる雰囲気じゃなかったので、俺は謝った。
記憶力が良い奴は、他人の過ちも忘れないから厄介なんだよな。
「ちょっと待って。さっき、『こちらが支払う年金がないから、丸儲け』とか言ってたけど、それってやっぱり詐欺なんじゃない?」
独り言子ちゃんが、すでに眼鏡をかけ直した前髪眼鏡くんに向かってそう言った。
「ザイリックは詐欺じゃないと言っていたよ」
「ザイリックさんの言うことなんて当てにならないよ。この人、質問したことには大体答えてくれるけど、こっちが質問しなかったら大事なことも黙っているような人だし、物凄く倫理観がおかしいし。……そう、私が言いたいのは、倫理の問題なの。たとえ形式的には詐欺じゃなくて、ゲームのルール違反じゃなかったとしても、こちらが支払うべきお金を支払わずに逃げる前提で掛け金を集めるのは、やっぱり詐欺同然だし、倫理的に問題があると思うってことなの」
独り言子ちゃんがザイリックに「さん」を付けたことや、ザイリック自身が魔法生命体は人間ではないと明言していたにも関わらず「人」と呼んだことが、俺には凄く新鮮に感じられた。
ここまでの短い時間、独り言子ちゃんの話を聞いていて思ったことだが、この子は正義感が強い。きっと独り言子ちゃんには、俺とは違う景色が見えているのだろう。
そして――独り言子ちゃんの理想論じみた発言にも、一理あるような気がしてしまった。
前髪眼鏡くんも返答に窮している様子だ。
「そう言えば、ザイリック、予選が終わった後、プレイヤーが所持していた『ゼン』はどういう扱いになるんだ?」
俺は少し考えてそう訊いた。
「プレイヤーが最後にいた場所に残されますー」
「銀行に預けていたお金や通帳は?」
「銀行に預けていたお金は、銀行に残りますー。通帳というものは最初からありませんー」
「通帳じゃなくてカードみたいな感じなのか?」
「そうですー」
「銀行のカードはどうなる?」
「プレイヤーが最後にいた場所に残されます-」
「というわけで、予選終了時にお金を持ち逃げすることは最初からできないみたいだな」
俺は前髪眼鏡くんと独り言子ちゃんに向かってそう言った。
「じゃあ、現地の後継者を指名して、僕がいなくなった後も会社や制度が存続できるようにしておくよ。これでいい?」
前髪眼鏡くんは独り言子ちゃんにそう訊いた。
「うん……。それならいい……」
独り言子ちゃんは自分の手を見ながらそう答えた。
時計を見ると、もう残り時間が10分を切っていた。そろそろ班を決めて、どの班がどの都市に転移するかも決めた方がいいな。
俺がそう考えたときだった。
「――勝手にしろよ!」
ボス猿くんの怒鳴り声が聞こえてきた。そちらを見ると、ボス猿くんは近くにあった椅子を蹴飛ばし、それが別の椅子に当たって大きな音を立てた。
ギャル子ちゃんと質問子ちゃんが逃げるようにこちらに走ってきた。
質問子ちゃんは俺の前で立ち止まると、1度深呼吸をしてから、殊勝な顔つきで口を開いた。
「あ、あの……さっきはごめんね? あんた達が悪いわけじゃないのは頭では分かってたんだけど、これから楽しい高校生活が始まると思ってたときに、こんなことに巻き込まれちゃって、混乱してたの……」
「別にいいよ。気にしてないし、俺もキツい言い方をしちゃったし」
俺は本心からそう言った。
俺みたいなのが例外なだけで、リア充達は高校生活を楽しみにしてたんだろうし、そりゃあキツいよなあ、と思った。
「私も全然気にしてないから」
腹黒地味子ちゃんもすかさずそう言った。
そう言えば、さっき質問子ちゃんは「あんた達、こんなバカみたいなゲームに、本気で参加するつもりなの?」って言ってたから、俺だけじゃなくて腹黒地味子ちゃんも非難した形になっていたのか。
俺はすっかり忘れていたけど、腹黒地味子ちゃんはしっかり憶えていたらしい。
腹黒地味子ちゃんって、根に持つタイプなんだな……。これから気を付けよう。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。虫のいい話だってのは分かってるけど、私と有希もそっちのグループに入れてもらえないかな?」
「もちろん。1人でも多い方がいいし、大歓迎だよ」
有希というのがギャル子ちゃんの名前かな、と思いながら、俺は本心からそう答えた。
「そろそろ班を決めよう。まず、アイドルをやりたい人は、こっちに集まってくれ」
俺は続けてそう呼びかけたが、反応したのはアイドル子ちゃんただ1人だった。
ソロのアイドルでもいいけど、儲けることを考えたらユニットの方がいいんだけどな。
そう考えていると、ギャル子ちゃんが反応し、質問子ちゃんに話しかけた。
「異世界でアイドルやるの? 面白そうじゃん。
「えっ。私、そんなの向いてないよ」
「いいじゃんいいじゃん。せっかくなら、ゲームも楽しまないと。ね、ウチもやるからさ、心愛もやろうよ。オーディションなしでアイドルになれるチャンスなんて、2度とないよ? 今だけの限定だよ?」
「限定……それならやろうかな」
質問子ちゃんは限定という言葉に弱いらしく、頷いた。
「じゃあ、次は楽器の演奏ができる人がいたら、アイドル班に入ってくれ」
「それなら私が」
カチューシャをつけた女子、カチューシャちゃんが手を挙げてくれた。
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