予選8

「こら、ザコ! てめえはこっちだろうが!」


 取り巻きAが、俺のところに来ていたザコくん……じゃなかった、佐古くんに向かってそう怒鳴った。

 佐古くんはびくっと肩を震わせた。反射的に、ボス猿くんの方に歩いていこうとする。


「行かなくていいぞ」


 俺がそう言うと、佐古くんは俺とボス猿くんの顔を見比べた後、俺の方に残ってくれた。激高した取り巻きAが駆け寄ってきて、佐古くんの顔を殴ろうとする――。


 そこに割り込んだ女子がいた。その女子は、佐古くんを殴ろうとする取り巻きAの腕と服を掴むと、その勢いを利用して、鮮やかに一本背負いを決めた。


 おお、凄いな。この女子のことは柔道子ちゃんと呼ぶことにしよう。


 この魔空間では地面に触れることができないため、肉体的なショックは少なかったようだが、精神的なショックは大きかったようで、取り巻きAは呆然とした表情になったまま固まっていた。


 俺はすかさず取り巻きAの襟首を掴むと、俺のグループとボス猿くんのグループの中間地点まで引き摺った。


「てめえ、俺に恥をかかせてんじゃねえぞ!」


 俺が金の山の前に戻ったときには、ボス猿くんが取り巻きAを蹴りつけていた。


「奈緒ちゃん、すごーい!」


 少しぽっちゃり体型の女子が、柔道子ちゃんを褒めると、他の女子も一斉に柔道子ちゃんを称賛し始めた。


「助けてくれて、ありがとう」


 佐古くんは柔道子ちゃんにお礼を言い、頭を下げた。意外にも柔道子ちゃんは照れ屋なのか、前髪をいじりながら恥ずかしそうにしていた。


「ザイリック。質問したいことが沢山あるから、こっちに来てくれ」


 俺がそう呼ぶと、ザイリックは上下逆さまのまま、地面の上を滑るようにしてこちらに移動してきた。

 めっちゃ気持ち悪い動きなんですけど……。あ、こいつは心が読めるんだっけ? 下手なことは考えない方がいいか。


「おいこら、てめえ! 勝手にザイリックを呼んでんじゃねえぞ!」


 ボス猿くんがそう叫ぶ。

 まあ、その言い分はもっともだよな。烏合の衆であるあいつらに、まともな質問をする能力があるとは思えないけど。

 さて、どうするか……。


「あ、よく考えたら、ザイリックには実体はないんだっけ? なら、こっちとあっちに分裂することってできるか?」

「できますよー」


 俺の質問にザイリックはそう答えた。その身体が2重にブレ始め、数秒かけて、ゆっくりと2体に分身した。

 いちいち気持ち悪いんだけど、こいつ……。外見は非の打ち所がない美少女なのに、それ以外が残念すぎるというか、不気味の谷みたいなものを感じる。


「じゃあ、こっちのザイリックはあっちに戻ってくれ。残った方は、話しにくいから上下を元に戻してくれ」

「分かりましたー」


 俺が向かって右側のザイリックを指さしてそう言うと、そのザイリックはボス猿くんのところに戻っていった。


「じゃあまず、アルカモナ帝国には、人口100万人以上の都市はいくつあるか教えてくれ」


 俺はさっそく質問を始めた。


「2つですー」

「首都を含めて2つってことか?」

「はいー」

「人口50万人以上の都市は?」

「16つですー」

「じゃあ、首都以外の人口50万人以上の都市の名前と、治安が良いか悪いかを教えてくれ」

「都市の名前は教えることができますが、治安が良いか悪いかは主観によるため、お答えできません-」


 ああ、抽象的な質問は苦手なんだっけ。


「じゃあ、えーっと……人口10万人あたりの、今から1年以内の殺人被害者の人数を教えてくれ」


 俺がそう頼むと、ザイリックは15の都市の名前と殺人被害者の人数を一気に言った。

 都市の名前は憶えられないが、その数字だけは必死に憶えようと努力する。


 殺人発生率が1番高い都市では、10万人あたり、1年に505人で、1番低い都市では13人だった。殺人発生率が高い都市では、200人に1人の確率で、殺人被害者になっているということだ。


 科学捜査ができないため、殺人犯を検挙するのが難しいという事情を差し引いても、現代日本では考えられないほどの数字だった。俺が生まれ育った市では、最後に殺人事件が発生したのは数年前なのに……。

 やっぱり、アルカモナ帝国はヤバい国だな。


「誰か、ザイリックに訊いておきたいことがあったら、どんどん質問してくれ」


 俺は他のクラスメート達にそう呼びかけた。


「じゃあ、その15個の都市の中の、奴隷の割合を教えて」


 地味子ちゃんがそう質問した。先ほど、クラスメート達を奴隷として売ろうと提案していた女子だ。

 何なんだろう、この子……。そんなに奴隷が気になるのか。外見は地味なのに、中身はヤバい子なのかもしれない。


 ザイリックによると、先ほど1番殺人発生率が高かった都市が奴隷の割合も1番多く、人口の約25パーセントが奴隷だった。


 4人に1人が奴隷……!


 そんな都市、絶対に行きたくないな。


「あのー、口頭で答えられると時間がかかるし、憶えるのが大変なんですけど、各都市のリストみたいなのは作れませんか?」


 佐古くんがそう訊いた。そう言えば、ザイリック相手に敬語を使ったのって、佐古くんが初めてかもしれないな。礼儀正しい子なんだけど、こういうところでボス猿くんにザコ認定されて、舐められてしまうんだろうな。


「できますよー」


 一瞬でザイリックの隣に大きなウィンドウ画面のようなものが開いた。そこには15個の都市の名前と人口と、10万人あたりの殺人被害者の人数、奴隷の割合などがエクセルの表のように表示されていた。


 返せ! さっき、頑張って数字を憶えようとしていた俺の努力を返せ!


 でも、佐古くんの質問はグッジョブだったぞ。取り巻きAに呼ばれたときに引き止めてあげた甲斐があったな。これだけでも佐古くんは仕事をしたと言っていいだろう。


「こんな便利な機能があるなら、最初からこれを使ってくれればいいのに」


 出席番号1番の女子が、独り言のようにそう呟いた。っていうかこの子、独り言が多いな。今度から独り言子ちゃんと呼ぼう。


「そう言えば、この空間は会議をするときに使われているものだって言ってたし、この程度の機能はあって当然か。ザイリック、人口10万あたりの窃盗発生率、浮浪者の割合、孤児の割合、孤児の人口に占める孤児院に入れない子供の割合、借金がある人の割合もリストに追加してくれ」


 前髪眼鏡くんがいつものように眼鏡のズレを直しながらそう言った。


 一瞬で、前髪眼鏡くんが指示した内容がリストに追加された。


「あ、それと、予選が始まるまでの残り時間も表示してくれないか」


 俺がそう頼むと、画面の右下にデジタル時計が表示された。それによると、残り時間は30分ほどだった。

 くそっ、ボス猿くんのせいで時間がない!


「アルカモナ帝国には、警察組織はあるの?」


 地味子ちゃんがそう訊いた。


「警察組織はありませんー」

「じゃあ、犯罪が発生したときは、誰がそれを取り締まったり裁いたりするの?」


 地味子ちゃんが質問を続ける。


「首都では皇帝と、近衛兵と憲兵と警備兵ですー。首都以外の都市では、領主である貴族と領主軍と憲兵と警備兵ですー」

「じゃあ、その人達の中で、過去1年間に賄賂を受け取って犯罪を揉み消してあげた人の割合をリストに追加して。それと、各都市の税率と税収も追加して」


 おお、的確な指示だな。やっぱり俺1人で頑張ろうとするよりも、方向性だけ示して、ある程度クラスメート達にも任せた方がいいな。


「これで、治安の良い都市と悪い都市はだいたい分かったと思うし、次は金儲けの方法を考えよう。誰か、アイデアのある奴はいないか?」


 俺がそう訊くと、右目に眼帯をつけて手首に包帯を巻いた男子生徒が手を挙げた。

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