予選7
次に喋るべきことを考えながら、俺は言葉を紡ぐ。
「そもそも、32人が一斉に自己紹介したところで、俺は、誰が誰なのか憶えられないんだけど。せいぜい、印象に残る奴を数人憶えることができたら良い方だろう。っていうか、どうせお前だって憶えられないだろ? そんなにすぐ他人の顔と名前とプロフィールを憶えられるのなら、アメリカの首都はニューヨークなんて言うはずがないしな」
「僕は全員憶えられるけど」
前髪眼鏡くんがそう呟いたのは、黙殺することにする。
お前と一緒にするなよ、という顔で前髪眼鏡くんを見ているクラスメートが数人いた。
「うるせえ! とにかく、首都が1番人口が多いって判明したんだから、首都に転移すればいいだろうが!」
ボス猿くんが声を荒げた。
「鳥頭かよ。さっきのブルー・オーシャン戦略の話を聞いてなかったのか? ――ザイリック。確認しておきたいんだけど、禁止されてるのは殺人と窃盗だけで、敵対チームを妨害するのはオーケーなんだよな?」
俺はそう確認した。
「オーケーですー」
「やっぱりそうか。じゃあ例えば、警察とか憲兵に向かって『あいつらは敵国のスパイです』と嘘の密告をして、8日間監禁させるのもルールには抵触しないよな?」
「しませんー」
「だ、そうだ。敵対チームが殺到するであろう首都に転移したら、すぐに敵対チームに密告されて、一巻の終わりだぞ」
「そんなの、やってみなけりゃ分かんねえじゃねえか!」
こいつはもう駄目だな。ボス猿くんはすでに意地になっているから、俺が論理的に説明しても、絶対に首都に転移すると言い張るだろう。よし、こいつはもう見捨てよう。ボス猿くんを説得する振りをしながら、他のクラスメート達を説得する方向に持っていこう。
「もし仮に敵対チームの問題がなかったとしても、首都だけは絶対に有り得ないんだよ。なあ、ザイリック。首都には皇帝だか王様だか、そういう感じの最高権力者が住んでるんだよな?」
「はいー。アルカモナ帝国の首都には王宮があり、そこに皇帝一家が住んでいますー」
「やっぱりそうか。――みんな、冷静になって考えてみてくれ。世界の半分を支配しているような国は、戦争大好きな侵略国家に決まっているよな。そして、売買春もクスリも奴隷の売買も合法なのに、卵を食べただけで懲役10年の犯罪奴隷にされるような国が、果たしてまともな国だろうか?」
クラスメート達にそう呼びかけると、仲の良い者同士が顔を見合わせた。
「まともな国じゃなさそう……。絶対、ヤバい国だよ……」
独り言のようにそう呟いたのは、この魔空間とやらに転移させられた直後は、俺を無視していた出席番号1番の女子だった。
おお、今回は無視されなかった……!
この女子は周囲に友達がいないのか、誰とも顔を見合わせていなかったが、その分、他人の顔色を窺わずに自分の意見を口にすることができたのだろう。
「確かに、ヤバい国だよね……」「うん。私もさっきからそう思ってた」「私も」「俺も俺もー」
出席番号1番の女子の発言が呼び水となり、何人かのクラスメートがそんなことを言い始めた。
「そう。みんなの言う通り、滅茶苦茶ヤバい国だ。俺はそういうことを確認したくて、さっきザイリックに、アルカモナ帝国で合法なことや違法なことを訊いたんだよ」
嘘だった。
何となく訊いておかないといけないような気がして、深く考えずにした質問だった。しかし、結果的にはその質問がアルカモナ帝国のヤバさを露呈したのだから、結果オーライだろう。
「そうだったのか」「そこまで考えていたなんて」
何人かが感心したような声を出した。よしよし、順調だぞ。もう一押しだな。
「そして、そんなヤバい国の最高権力者である皇帝が、まともな人物であるはずがない。それなのに、わざわざその皇帝の権力が1番強い王都に転移するのは、愚の骨頂だとは思わないか?」
「うるせえうるせえ! 一旦首都に転移してみて、ヤバそうだと思ったら別の街に移動すればいいだけの話だろうが!」
俺はボス猿くんとその取り巻き以外のクラスメート達に向かって呼びかけていたのに、ボス猿くんが割り込むようにそう言った。
「お前、さっきのザイリックの話を聞いてなかったのかよ。――ザイリック、アルカモナ帝国の文明レベルが江戸時代くらいってことは、鉄道も飛行機も自動車もないんだよな?」
「ありませんー」
「アルカモナ帝国の主な交通手段を教えてくれないか?」
「徒歩、人力車、馬車、乗馬、船ですねー」
「船の動力は?」
「人力ですー」
「帆船ですらないんだな?」
「はいー」
「どうだ、これで分かっただろう?」
俺はザイリックからボス猿くんの方に顔を向けてそう訊いた。
「分かったって、何が?」
「交通手段が徒歩、人力車、馬車、乗馬、人力船しかない世界ってことは、街から街へ移動するのに物凄く時間がかかるってことだ。――ザイリック、アルカモナ帝国の首都の人口を教えてくれ」
「短期滞在者も含めると、アルカモナ帝国の人口は現時点で120万3951人です-」
世界の半分を支配している国の首都なのに、120万人か。意外と少ないな。
いや、江戸時代の江戸は、当時世界で1番人口の多い都市だったと聞いたことがあるけど、その江戸の人口も、だいたいそれくらいだったか。高層ビルや高層マンションもないだろうし、電気もガスも水道もない社会では、それくらいの人口が限界なのかもしれないな。
「アルカモナ帝国の首都から徒歩、人力車、馬車、乗馬、船で8日間以内に移動できる街の中で、1番人口が多い街の人口を教えてくれ」
「1万5791人ですー」
「ほらな? 『一旦首都に転移してみて、ヤバそうだと思ったら別の街に移動』なんて、不可能なんだよ。1度転移したら、やり直しはきかないんだ。でもまあ、どうしても首都に転移したいって言うんなら、そうしたい奴らは首都に転移してもいいぞ。俺は別の街に行くけどな」
「望むところだ! 首都がいいと思う奴は、俺の周りに集まれ!」
ボス猿くんがそう呼びかけた。
よしよし、うまく誘導できたな。
「じゃあ、首都以外の街に転移したいと思う人達は、どの街に行くか、こっちの方で話し合おうぜ」
俺はそう言い、金のインゴットの山がある方に移動した。
さっきの雰囲気なら、少なくとも10人くらいは俺の方に来てくれるだろう。と思っていたら、パッと見20人以上がぞろぞろと俺の方に歩いてきてくれた。しかも、妙に女子が多い。
ボス猿くんの周囲に残っているのは、取り巻きAとBを含む男子5人と、質問子ちゃんとギャル子ちゃんの女子2人だけだ。向こうに残っているのがボス猿くん本人を入れて8人ということは、こっちには俺を除いて23人が来てくれたことになる。
しかもギャル子ちゃんは、心を閉ざしてフリーズしている質問子ちゃんに対して、一緒に俺のところに行くように説得しているようだった。
勝ったああああ!
と叫びたかったが、さすがにそれは自重しておいた。
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