死神草子(Stubborn)

@ayumi78

死神草子(Stubborn)

休暇が取れたので、ボクは久しぶりに仕事抜きで街に出てみた。

ボクの姿は誰からも見えないけど、とりあえず今流行している服を調達し、人混みに紛れて歩いていた。

「さて、今日はどこ行こかなあ」

のんびり歩いていると、「おい、そこの!」と声が聞こえる。

ん?ボク?

首を傾げると、「そうだ、お前だ!何故マスクをつけない!」

と、ボクを指さして怒鳴る男が見えた。

あ、そうだった。今この世では感染力が高い病気が蔓延しているんだった。迂闊だったなあ。

「ごめん、今つけ」

「お前のような奴のせいで、今世の中は大変な事になっているんだぞ!分かっているのか!」

真っ赤な顔をして怒鳴り散らしている。マスクはつけているけれども、口から唾が飛んできそうな勢いだ。

……いや、なんでボクが見える?

魂から怒鳴られるのは今までにもあったけれど、何で生きた人間から?

怒りに任せてこちらに向かってくる

男に、「え?何あの人」「誰に言ってるの?」と、周りの人達は口々に言い始める。

うん、やっぱりボクの姿は見えてないんやな。つまり……

「ちょっとやめてよ、誰に言ってるの?」と、男を引き止める人がいる。「そうよ、恥ずかしいじゃない」

そこに、男の家族が引きつった顔をして現れた。人混みではぐれたらしい。

「うるさい!俺はこいつに!」

「何幻覚見てるのよ!恥ずかしいわ!」

「幻覚?」

あ、もうすぐ死ぬ人か。これは自覚のないパターンやな。

男の家族は、集まった野次馬に「お騒がせしました」と頭を何度も下げ、「さ、帰りますよ」と男の腕を引っ張った。

うるさい!何が幻覚だ!と、男は抵抗していたが、家族の有無を言わせぬ態度に、ようやく引き下がった。

「大変やなあ」ボクは呟き、またブラブラ歩き始めた。


それから数ヶ月後、男とボクは再び出会った。今度は病室。

「また会ったな」と言うボクに「あ、あの時の小僧!」と怒鳴りつけようとする男。ただ……

色々な機械に繋がれて、今は息も絶え絶えになっている。

「せやで。よう覚えてたな」

「生意気な奴だな!親の顔が見たいわ!」

「親の顔、ねえ」

「そもそもお前が何故ここにいる!呼んだ覚えはないぞ!」

いや、あんたの命が終わろうとしてるから、ボクはここにいるんやけどなあ。なおも説教を続けようとする男に、ボクは

「なあ、あんた」

と呼びかける。

「全く今どきの若いやつは!」

やれやれ、とため息をつき、ボクは

「人の話聞け」と冷徹に言う。

「あんた、もうすぐ死ぬねん。で、ボクが迎えにきた」

「……は?」

間抜け面で男が言う。「お前、今何と言った?」

「だから、もうすぐ死ぬって」

「馬鹿な!ありえん!」

「事実やからしゃあないやろ?」

あの時ボクが見えてたのは、あんたの死期が迫ってたから、と説明すると、男は「嫌だ、そんな馬鹿な」

と首を振って暴れようとする。だが、それも単なる痙攣と誤解されたようだ。

「な?あんたの周りの人は皆分かってる。分かってないのはあんただけや」

「認めんぞ!俺は認めんぞ!」

やれやれ、これは長期戦になりそうや。

「また来るわ。今度はもうちょっと大人しくなってや」

「うるさい!もう来るな!」という怒鳴り声を背に、ボクは一旦引く事にした。


それから数日後。

すっかり大人しくなり、死を受け入れた男の魂は、ボクが持つ籠に収まっていた。

あーあ、今回は大変やったなあ、と苦笑しつつ、ボクは次の現場へと向かった。

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