第4話 待ってました!
それから何度か偶然を装って山根先輩に会った。
2度目に会った時には所持金がなく金を返せない事を謝罪し、3度目に会った時には、きちんと金を返してきたので、その金で食事をおごった。
元々は山根先輩の金であるため、少し申し訳ない気がした。
山根先輩はビールを飲みながら、「このあいだ言ってた、ズルいことして儲けたってどういう事ですか?」と聞いてきた。
山根先輩はつくづく簡単で助かる。
耕介は、用意しておいた台本通りの話をした後、誰にも言わないようにと言った。
山根先輩は、喫茶店で盗み聞きしていたことは言わなかったが、予想した通りという顔だった。
「今使えるセット打法とかあったら、幾らで教えてくれますか?」と山根先輩は、真面目な顔で聞いてきた。
「今はないなあ。セット打法って言うのは、すごく難しいものがほとんどだし、結局開発段階のバグだから、直ぐに修正されるんだ。あったとしても、使える期間は短いんだよ。」と耕介が言うと、山根先輩は本当に残念そうな顔をした。
耕介は「今度いいのあったら、一緒に儲けるか。」と言って、山根先輩のグラスにビールを注いでやった。
山根先輩は「絶対ですよ?」と笑いながら言った。
耕介は、山根先輩と最初に接触した日の夜から、ビル清掃のアルバイトを始めた。
夜のアルバイトなら昼間に自由が効くし、ビル清掃なら必要最小限の人間としか関わらないで済むというのが、耕介の狙いだった。
耕介には、漠然とした不安があった。
自分を深く知る人間に出会って、何か面倒なことにはならないだろうかと。
それに関しては、色々頭の中でケーススタディを繰り返した結果、大した問題にはならないだろうという結論に達していたが、もっと意味不明な部分、例えば、突然ピカピカでピタピタのボディースーツを着た『タイムパトロール』と名乗る集団が現れて拘束されるとか・・・。
漫画や映画で良くあるパターンが、本気で心配だった。
自分の立たされている立場が十分に漫画的である以上、完全にその心配を否定することができなかった。
更に気になる点は増えていた。
山根先輩は、地元のヤマトク高専の学生(19歳)だった。
耕介自身は、免許証から23歳だと判明していたので、3つ年上の先輩を4つ追い越したことになる。
また、耕介は山根先輩と同じ寮に住んでいて、同じ学校に通っていた記憶がある。
だが、耕介の携帯に残されたメール履歴からは、耕介はサイキョウ大学を卒業して放浪の旅の真最中だと考えられる。
高専は、高校過程3年と短大過程2年の合計5年で卒業のため、耕介はヤマトク高専卒業後に、サイキョウ大学の3年次に編入したという事なのだろうか。
記憶・年齢・身分証・・・、いくら考えても、それらを納得がいくように繋ぐことができなかった。
作戦開始までは念の為、出来るだけ軍資金をアルバイトで稼ぐつもりでいたが、『その日』は意外に早く訪れた。
アルバイトの帰りに、いつものコンビニでパチンコ雑誌を手に取ると、表紙の下の方に『マルーン後継機 導入間近!』という見出しが目に飛び込んできた。
耕介は、ドキドキしながら関連ページを隅から隅まで2回読み直した。
雑誌を出版している会社も『マルーン2』の情報はあまり掴めていない様子で、スペック情報は曖昧な感じで濁していたが、耕介にとっては『来月上旬、ホールに登場』という情報だけで十分だった。
耕介は、福丸ホテルの小さなデスクの上にキャンパスノートを開き、予め用意しておいた『Xデー』までの計画を入念に見直した。
「よし、行ける・・・」と呟いて、窓の外を見た。
満月だろうか、丸い月がやけに綺麗に見えた。
耕介は思わず合掌して、「計画が成功しますように」と願掛けした。
山根先輩は、出会った日に着ていた派手なシャツを着てやってきた。
そう言えば、今まで会った時はいつも同じシャツを着ていた気がする。
同じに見えるシャツを何枚も持っているのか、それとも外出用の服はそれしか持っていないのか。
耕介は少し考えたが、どうでも良いことに限りある頭のメモリーを使うことはやめた。
「呼び出して悪いね、忙しくなかった?」と耕介が聞くと、山根先輩は「パチンコが忙しいです」と笑って答えた。
「実はいい情報が入ったんだ。しかも今回のは、僕が今まで知っている中では、とび抜けてイカしてる。」と耕介は言った。
「本当ですか?!是非教えてください。誰にも言いませんし、情報料も払います!」と山根先輩は、今にでも行こうという様子で言った。
「まあ、落ち着いて。その台はまだ導入されてないから。」と言って耕介は、ゆっくりコーヒーをすすった。
山根先輩もしぶしぶコーヒーを一口飲んだ。
「もう一度言うけど、今回のは本物だ。多分後にも先にも、こんなチャンスはもう来ないと思う。だから、情報料はいらないから手伝って欲しいんだ。軍資金は僕が出すし、やり方もタダで教える。分け前は、勝ち分の半分って事でどうだろう?悪くないバイトだと思うけど。」と耕介は、自身の中で込み上げてくる興奮を押えながら、出来るだけゆっくりしゃべった。
山根先輩はじっとしていられない様子で、「是非やらせて欲しい!」と何度も何度も繰り返し言った。
「よし。じゃあ、作戦を言うよ。」と言って、耕介は作戦のあらすじと、山根先輩の宿題を伝えた。山根先輩は興奮がおさまらない様子で、耕介は本当に理解したか少し心配になった。
「最後にもう一回宿題の確認をするけど、信頼できる友達を4人連れてくることは大丈夫だよね?信頼できるってのは、『ドタキャンしない』『秘密を守る』『同じ学校の学生』の3つだよ?」と耕介は、山根先輩の目の奥を見ながら言った。
「大丈夫です!もう頭にその4人は浮かんでます!」と山根先輩も、耕介の目を見て答えた。
「よし。じゃあ、僕は遠い親戚のお兄さんってことでヨロシク。」
山根先輩が連れてくるであろう4人の友人は、耕介には大体の見当が付いていた。
本当はもっと多い人数で、一気に目標額を稼いでしまいたかったが、作戦実行に相応しくない人材を入れることで、店に目を付けられて警察沙汰になったり、勝ち分を持ち逃げされたり、折角の成功報酬が結局消えてしまうなんてリスクは、極力避ける必要があった。
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