掛け算は神の理
神の
あ、他の世界のことは知らないです。この世界のお話です。
ヒトとかエルフとか、獣人、魔族、妖精、どんな種族にも霊力の強い方がときどき生まれます。その方が、とても強く、例えば一族のことを思ったときとかに
神が召喚されることがあるのです。
召喚したご本人はたいてい神が
召喚された神は信じるものの信仰を
奇跡を起こし終えた神は、その結果を見届けるために人としての一生を得ます。
人々が奇跡をもたらした神に祈る時、もう神はいません。ちょっと要領のいい神はあらかじめ状況とかを整えておいて、奇跡の力を使ってその民族の王におさまったりします。王様は神様の子孫とかそういう話よくありますよね。わりとこのパターンです。
急にそんなこと信じられないですよね?
でも、本当です。
☆☆☆
「おっしゃあ、ゴール! 逆転だ」
「アリオス! ナイスゴール」
ああ、やっぱりサッカーですよね。庭園の球技場では男の子たちがサッカーに興じています。
「お前のパスのおかげだぜ」
「あ、ぼくの水…」
「んだよ、ケチケチすんなよ」
間接キス。一瞬遅れて赤くなるんですよ。
はぁ…
「遠征隊が戻ったぞ!」
「テデウス隊長! よくぞご無事で」
魔物討伐に行っていた遠征隊の帰還です。隊長のテデウスはクールなイケメンですぐにファンの子たちに囲まれています。
「はははっ、俺に牙を立てられるやつなんてそうそういないさ」
「さすが隊長だ」
「かっこいー」
「おっと失礼」
隊長はそんなファンをかき分けて後ろの方でじっと待っているくせっ毛の内気そうな少年に手を差し伸べました。
「ティム。いい子にしてたか?」
ティムと呼ばれた子は少し赤くなって顔をほころばせます。
「浮気とかしてないよな?」
今度はちょっと
イイッ!
ちなみに、テデウスが受けで、ティムが攻めです。めっちゃ牙立てます。
「ほら、リシウス、
「細かいなー。おかんかお前は」
「な、俺だって言いたくていってるんじゃ…」
この二人は幼馴染ですね。
「今日は新しい仲間を迎えるんだから、ちゃんとしろよ」
「わーってるよ」
「神さまだって来られるかも知れないんだぞ」
「神さま心広いからだいじょうぶだって」
うんうん、リシウスくんなら許す。
再生の間は新人君をお迎えするための部屋です。今日は褐色の肌に金髪の少年と、黒髪で色白な、少し目つきの悪い少年が来たようです。
この子たちがどのような服装や振る舞いをするか、それは
「そうだな。お前はこの衣装を着て海辺の神殿に行け」
と、ギリシャ風の衣装を渡します。
はうっ!
わかってますね。
「うーん、お前はこれ着てストリートだな」
ジーンズにスタジャン、これは街の不良ですね。でも多分動物とかには優しいです。
「猫とかいるから可愛がるように」
はあはあ。
もうだめです。萌え死にそうです。
もうおわかりかもですね。
わたしが神です。
☆☆☆
『デモニック・クエスト』というはやりのRPGを友だちに教えてもらって、一段落ついたのですがどうも、その、養分が足りません。キャラはそこそこに魅力的なのですが、RPGで属性がそろってないのはいただけません。
ブログにそんな感想を書いてSNSのチェックをしていると、やりこみ要素として美少年だらけの
これは放っておけません。
わたしはさっそくその噂を含んでる拡張パックをダウンロードしようとしたのですが、あいにく電子マネーを切らしていました。もう9時を回っていましたが、仕方なくコンビニに出かけます。
そしたら、コンビニ前の横断歩道でトラックにはねられてしまいました。
これはもう推しのことなので仕方ありませんね。思い残すのは来週の新刊と、来月のミュージカルと、あとドラマCDと次のクールではアニメの二部と、そういえばコンビニでもらった限定グッズ、まだ開けてませんでした。
思い残すこと多かったですね。
わたしがそんなことに想いを巡らせていると、女神様が転生させてあげると言ってくれたので、
『男の子がわちゃわちゃやってるのをながめ暮らしたいです』
と答えました。
女神様はわかってらっしゃる方だったようで、ヒロインではなく男の子の隠れ郷の神に転生させてくださいました。この世界の神というのがどういう存在なのかは自然にわかりました。
完璧すぎます。
日々増えていく子たちのわちゃわちゃを見ていられます。どんなシーンも、そこにいなくても、繰り返し放題で、神はそんな力を持っています。
あ、サッカーボールとかも出せます。便利ですね。
それにこの子たちはわたしの好みをくみ取り、そのように振る舞ってくれます。好み展開保証のアニメをずっと見てるような、そんな日々です。
☆☆☆
そういえば、推しのオマージュキャラいました。ちゃんと受けでCP固定です。信仰の力ですね。今日は彼がプールで着替えを間違えられてしまうというイベントでホクホクです。6回リピートしました。
前にも言いましたが、神であるわたしに関することは神学の名のもとに神官を中心とした信者たちによってとことん研究されていて、彼らは信仰のもと、神の意志に沿うように振る舞います。
『
わたしは神ですが前生の記憶があるので、精神的にわりと普通の人間なんです。考えようによっては全裸で
そんな彼らですが、完璧というわけではありません。
例えば神のシンボルは掛け算記号とか、神への供物は薔薇の花弁801枚とか、そういうのはいらないです。前生の知り合いに見られたら恥ず死にます。というか、そういうのどこで調べてくるんですか?
そんなある日、何をどう間違えたのか、
「主よ。奥山の村から供物が届きました」
この隠れ郷、ローゼンズンプフは隠れ郷と言っても周囲の村とは交流があります。山奥深く人口も少ないところに、若い男性がかなりの数いるので地域ではかなり有力な存在になっています。周辺の村からはそれなりに恐れられているようで、ときどき贈り物とか届きます。
「
え?
みるとそこには幼い顔立ちの村娘が座っています。
いや、ストーリーの好み的にはありですけど、小説投稿サイトに『邪神だったらその村から生娘の一人でもさろてこいやー』とかコメつけたことありますけど…
「…」
神への供物はとても気に入ったものだとわたしの部屋に転送します。そうでもないとお下がりとしてみんなに与えます。
これ、どうしよう。
お下がりは絶対ダメです。わたしの楽園が乙女ゲーになったら目も当てられません。かと言ってこの娘、わたしの部屋に連れて帰るのも…
わたしはかつてないほどに悩みました。神官たちがざわめき始めます。
ほどなく、第36回神学会議が開催されました。
神の御心に村娘はアリかナシかで。郷を真っ二つにしそうな勢いだったので娘はわたしが引き取ることにしました。
☆☆☆
わたしの部屋、正確にいうと
わたしは普段、神殿の広間の祭壇にいます。神は動かなくても寝転ばなくても全然平気ですし、その状態で何でもできます。ほしいものは念じれば取ってこれます。そのままに好きなものを見ることもできます。人から見れば、ずっと祭壇に立っているように見えるでしょう。
それでも時々、気が向くと祭壇を離れ、別のところで過ごします。瞑想の間はそういう場所の一つです。
娘はコレットと名乗りました。女の子を見るのは久しぶりです。
年は10代でしょうか。顔立ちだけだともう少し幼く見えますが、胸が幼くないです。それになんというか筋肉質です。供物なので白い布の服を着ていますが、腕や足、それに少し見えているお腹が割れてます。この娘の村は山中にあり、主に狩猟で暮らしています。山の村ってすごいんですね。
☆☆☆
シルバーの盆に乗った白磁の皿に、
花とともに盛られたオープンサンド、
オリーブを添えたサーモンマリネ、
またクリーム色のビシソワーズ。
コレットはそれらを右手に握りしめたフォークでガツガツと食べてます。一人前では足りなさそうです。追加を頼みましょう。
わたしがコレットを身の回りに置いていることで神学会は大騒動のようです。
わたしがこれほど戸惑ってるのですから、わたしでもないのにわたし以上にわたしに詳しい神学者たちが混乱しないわけがありません。
「かみさま、食わねえのけ?」
訛りと口調はともかく、幼い顔立ちのコレットが無邪気に言うと確かに可愛いです。
神というのはお腹がすきません。食べ物を食べることはできるのですが、空腹でないと美味しくありませんね。わたしは普段、お茶の香りを食事にしています。
「あんれ、食わなくていいのけ。便利だな」
瞑想の間はお茶を楽しむのによく使っています。
男の子たちはコレットには優しく接してますが、宗教上の理由でどうしても儀礼的というか、あまり親しくなることはないようです。わたしのせいなのでちょっと心苦しいんですが、それでもコレットは毎日楽しそうにしています。
瞑想の間は裏庭に面していて、裏庭は森につながっています。森の動物や鳥や木や花と遊んでいるようです。
「あ、かみさまー」
手を振っています。本人の意志でなくここにいるのにどうしてこんなに明るいんでしょうか。
「なんか暗れえな? なんか心配でもあるだか?」
わたしの心配までしてくれます。思わず聞いていました。
「コレット、村に帰りたいと思うことはないですか?」
「んー、そだなー」
コレットはちょっと考えているようです。
「
この世界では普通のことなんでしょう。それがひどいこととか思うこともなくて。
「誰かが贄になるのはしょがねこっだし。来る前は取って食われるど思ったでおっかなかったけんども」
そもそもわたしの信者たちが要求しなければ
「わだしは神様好きだ。やから心配することなんもね」
と言いながらコレットはわたしに抱きつこうとしました。でもそれはできません。
神に触れることは
「す、すまね。抱きつかれるの嫌だっただか?」
少し申し訳無さそうに上目遣いにしています。
「そんなことはありません。ただ、神は触れられないものなのです」
「そっかあ、それはさみしいなあ」
驚いたことにコレットはそれからも時々わたしに抱きつこうとしては尻もちをつくようになりました。
神学会はまた大揺れに揺れました。
わたしの日常は少しだけ騒がしくなりましたが、それでも穏やかに流れていました。
☆☆☆
突然、それはやってきました。
いつも静かな郷に地響きと爆音が響き渡り、風に乗った火の粉が舞い降りてきました。
なだらかな斜面にある郷の一番低いところ、外の世界との境界あたりから燃え広がる炎が郷の白い建物たちを赤く照らしています。凱旋門も、サッカー場も、炎の向こうです。
男の子たちは剣を取って立ち向かいました。
「ティム、行ってくるぜ」
「うん、でも…」
「俺に勝てるやつなんていないって、知ってるだろ?」
テデウスは帰ってきませんでした。
そこからはあっという間です。
戦闘の音と爆発の音、燃え盛る炎が次第に神殿に近づいてきます。
「リシウス」
「あー、お前とは最後まで腐れ縁だな」
「嫌か?」
「んなわけねえだろ」
神官たちも立ち向かっていきました。そして、誰も帰ってきませんでした。
誰もいなくなった広間の祭壇でただ、何もできず立ち尽くしていました。神殿も炎に巻かれ、広間に煙が立ち込め始めます。コレットの行方もわかりません。
その中を一人の男と、三人の女が近づいてきました。男はわたしに剣を向けて叫びます。
邪神ロザンティス。
そう、わたしはこの世界ではそう呼ばれています。
男の子たちだけの世界。
それはわたしが望んだもの。
この世界にもそれを望むものがいて、わたしを呼び寄せた。
でもそれは悲しみの上でしか成り立ちません。
理想郷ローゼンザンプフ。
それは世界中から攫われた美少年たちの郷。
それを望む神が、眺めるためだけに存在するいびつな空間。
彼らもわたしが望んだから、本人が望むでもなくここに連れてこられ、信仰の名の下わたしの好みをなぞって生き、わたしの名の下、戦って死んでいった。
勇者怖い。
それ以上に、自分のしてきたことが怖い。
もしも希望があるとするならば。
ごめんね。
自由に、普通に生きて下さい。
男でも女でも、あなたが愛したものを愛して下さい。
そして子を成し、あるいは育んで、命を繋いで下さい。
すべてを元に、
わたしは、奇跡を起こした。
男の子たちは生き返りました。
勇者たちは来なかったことになりました。
そしてみんな旅立っていきました。世界に愛を伝えるために。掛け算の記号を
そしていつか
世界に愛が満ちたとき、この地での再会を
わたしの奇跡はあまりできが良いとは言い
でもあの、神の性癖とかは忘れて下さい。言い伝えたりしないで下さい。
どうかお願いします。
☆☆☆
すべてが終わると、なだらかに起伏する草原の小高い丘にぽつんと一人で座ってました。このビジュアルはわたしの思うエデンの園そのものですね。
丘の上にリンゴの木が一本立っています。全ては原初に戻ったようです。
ぐぅう。
あ、前生ぶりにお腹が空きました。木にはリンゴがゆたかに実っています。試しに念じてみましたが落ちてはくれませんでした。本当に人間になったようです。
わたしは木に登るとかもできません。ものほしそうに見上げるだけです。前生から生活力とか全然自信ないです。
どうしましょうか…
気持ちのいい風が吹いてます。ここはこれから普通に暮らす人たちの楽園になるのでしょう。わたしは無理っぽいです。ずっと観客席にいたわたしが、舞台に登るとかおこがましいです。邪神ですししょうがないですね。
あきらめてぺたりとすわりこんだ時、
「かみさまっ!」
なにか暖かくて柔らかいものに包まれて、そのまま押し倒されました。
見るとコレットがわたしに抱きついて
「かみさまー。よがっだー」
え、えと力強いです。ピクリとも動けません。あとあの、耳に息がかかってます。
「かみさま、ちっこくで、かわいいなー」
じっと正面から見つめられました。え、まさかの百合展開? さんざんあんなことやらせてたわたしが言うのもあれですけど、心の準備というものが…
ぐきゅうううう。
「あれ、かみさま腹減ってるのけ?」
「…」
「まっててくれろ」
コレットは取っ掛かりの何もない木にほとんど腕の力だけでするすると登ると、実を4つほどもいで胸に埋め込むように左手で抱え、右手一本で一度ぶらりと大きな枝にぶら下がってそのまま飛び降りました。
そしてわたしの方を見てニコッと笑い、一つの実を両手でパキッと2つに割って、
「刃物がねえだで、すまねがこのまま食ってけろ」
半分を渡してくれました。
「あー、かみさまってアッポ食うだか?」
「…わたしもう神様じゃありません」
「あんれ」
しゃくり。とアッポ、この地でのリンゴの名前ですね、を一口食べました。すごくおいしいです。すごく久しぶりのおいしさです。
「かみさま、人間なっただか?」
「そうみたいです」
コレットはその幼い顔に満面の笑みを浮かべて言いました。
「だったら、おんなじもん食えるべな」
リンゴの実をもう一つ割ると両方ともわたしに渡して、
「向こうに川が見えただ。待っててけろ、魚とって来て一緒さくうべ」
指差した方向にすごい速さで走っていきます。小さくなるコレットの姿を見送りながらわたしがまた不安になってきたとき、
「明日はトリとって食うべ」
コレットは突然振り向いて言います。
「明後日は…イノシシ取るべな」
後ろ向きにけっこうな速さで走りながら、コレットは叫び続けます。
「ずっと一緒に食うだぞー」
さっきより暖かい風が流れてきます。
この世界に、わたしを見てくれていた人はちゃんといたようです。
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