『大さじで道連れな二人』
車は海外沿いの道をゆっくりと走っていた。車内には時折跳ねるタイヤの音が聞こえる程度で、他の物音はない。
僕は助手席に座る彼女の姿を見た。とても安らかな寝息を立て、死んだように眠っている。さっき起きた時はあんなにはしゃいででいた彼女も、寝てしまえば可愛いものである。
彼女のあれほど艶やかだった髪はしぼみ、輝くようだった美しさがなりを潜めてしまっている。再び視線を戻し、目的地を再確認する。
*
ことの発端は二週間前、彼女のある告白からだった。
大学時代から付き合い始めて五年ほど経った、結婚も視野に入れようかと言う時期のことだ。
彼女はある日、青い顔をして家に帰ったかと思うと、僕の顔を見るなり泣き出してしまった。
僕は慌てて謝った。
何かあったのか、僕に悪いところがあったのなら改善する、だから泣かないで。
そんなことを言った。
しかし彼女は髪をふりまわし、激しく首を振った。
違うの、あなたが悪いんじゃないの、悪いのは私なの。
そんなことを言った。
その後しばらく宥めていると彼女も落ち着いてきたようで、ぽつりぽつりと吐き出すように語り始めた。
それはこんな内容だった。
大学時代、僕の前に付き合っていた男がいたと言う。
その男は優しい性格だったが、情緒が不安定で、何かとタバコや酒に頼りがちだったらしく、彼女もその様に殆ウンザリしていたらしい。
そんなある日、彼女は別れを告げるつもりで、男をハイキングに誘った。広々とした落ち着いた場所なら、冷静に話し合えるんじゃないか?と男に言われたらしい。
二人は初めその雄大な自然に囲まれ、初めは穏やかな時間を過ごしていた。
しかしある時、男は気持ちよく一服していると思ったら、突然、お前が浮気しているのを知ってるなどと、切羽詰まった様子で彼女を糾弾してきたと言う。
知らない男と一緒にいるのを見たとか、携帯の履歴に知らない奴がとか。
彼女は身に覚えのない話に反論し、それから当然、口論になったと言う。
口論の最中、男は目を充血させ、にじりよってきた。そんな容姿に思わず、彼女は男を突き飛ばしてしまった。
その場所がいけなかった。そこは柵の脆くなっている崖だった。
事故死として片づけられた。
彼女はそれを語り終えると、再び嗚咽を漏らしてその気持ちを吐露した。
私は幸せになる資格がない。殺人者なのだと。死んでしまいたいと。
おそらくは僕との結婚を意識したことにより、罪の意識が抑えきれなくなったのだろう。
それからと言うもの、彼女は日に日に衰えて行った。仕事も家事も手につかず、幽鬼のような顔になるのに時間は掛からなかった。
ある日、僕は死んだように座り込んだ彼女に、大匙の砂糖を入れたココアを差し出した。
きっと甘いよ、大丈夫。そう言って渡すと、
彼女は、ありがとう、とそれを口にした。
*
−−それが六時間前のことだ。
ほんの十数分前、彼女は目を覚ましたが、また眠ってもらった。
よくわからないことを繰り返したからだ。
きっと疲れているのだろう。
恋人としては、彼女に幸せでいてほしいからね。
そうこう考えている内に、車が目的の岬へ到着した。
期待に胸を膨らませていると、ふと先程の話が思い出された。
『−−私は殺人者なの』
その時の彼女の様子を思い出し、思わず、笑みが溢れる。
全く、彼女の心配症には困ったものだ。
あれは完璧な事故死だったのに。
盛りすぎたせいか、アイツの錯乱具合が鮮烈に記憶に残ってしまったのだろう。
反省。
大学でもアイツは狂ったように吸っていたし、
耐性がついてるかとおもったのだが。
しかし、それももう、どうでもいい。
僕たちは永遠に道連れとなるのだ。
広く開かれた岬が、僕達を迎えるように暗闇に広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます