『大さじで道連れな二人』

車は海外沿いの道をゆっくりと走っていた。車内には時折跳ねるタイヤの音が聞こえる程度で、他の物音はない。


僕は助手席に座る彼女の姿を見た。とても安らかな寝息を立て、死んだように眠っている。さっき起きた時はあんなにはしゃいででいた彼女も、寝てしまえば可愛いものである。


彼女のあれほど艶やかだった髪はしぼみ、輝くようだった美しさがなりを潜めてしまっている。再び視線を戻し、目的地を再確認する。





ことの発端は二週間前、彼女のある告白からだった。


大学時代から付き合い始めて五年ほど経った、結婚も視野に入れようかと言う時期のことだ。


彼女はある日、青い顔をして家に帰ったかと思うと、僕の顔を見るなり泣き出してしまった。


僕は慌てて謝った。


何かあったのか、僕に悪いところがあったのなら改善する、だから泣かないで。

そんなことを言った。


しかし彼女は髪をふりまわし、激しく首を振った。

違うの、あなたが悪いんじゃないの、悪いのは私なの。

そんなことを言った。


その後しばらく宥めていると彼女も落ち着いてきたようで、ぽつりぽつりと吐き出すように語り始めた。


それはこんな内容だった。


大学時代、僕の前に付き合っていた男がいたと言う。


その男は優しい性格だったが、情緒が不安定で、何かとタバコや酒に頼りがちだったらしく、彼女もその様に殆ウンザリしていたらしい。


そんなある日、彼女は別れを告げるつもりで、男をハイキングに誘った。広々とした落ち着いた場所なら、冷静に話し合えるんじゃないか?と男に言われたらしい。


二人は初めその雄大な自然に囲まれ、初めは穏やかな時間を過ごしていた。


しかしある時、男は気持ちよく一服していると思ったら、突然、お前が浮気しているのを知ってるなどと、切羽詰まった様子で彼女を糾弾してきたと言う。


知らない男と一緒にいるのを見たとか、携帯の履歴に知らない奴がとか。


彼女は身に覚えのない話に反論し、それから当然、口論になったと言う。


口論の最中、男は目を充血させ、にじりよってきた。そんな容姿に思わず、彼女は男を突き飛ばしてしまった。


その場所がいけなかった。そこは柵の脆くなっている崖だった。


事故死として片づけられた。



彼女はそれを語り終えると、再び嗚咽を漏らしてその気持ちを吐露した。


私は幸せになる資格がない。殺人者なのだと。死んでしまいたいと。


おそらくは僕との結婚を意識したことにより、罪の意識が抑えきれなくなったのだろう。


それからと言うもの、彼女は日に日に衰えて行った。仕事も家事も手につかず、幽鬼のような顔になるのに時間は掛からなかった。


ある日、僕は死んだように座り込んだ彼女に、大匙の砂糖を入れたココアを差し出した。


きっと甘いよ、大丈夫。そう言って渡すと、

彼女は、ありがとう、とそれを口にした。





−−それが六時間前のことだ。


ほんの十数分前、彼女は目を覚ましたが、また眠ってもらった。


よくわからないことを繰り返したからだ。


きっと疲れているのだろう。


恋人としては、彼女に幸せでいてほしいからね。


そうこう考えている内に、車が目的の岬へ到着した。


期待に胸を膨らませていると、ふと先程の話が思い出された。


『−−私は殺人者なの』


その時の彼女の様子を思い出し、思わず、笑みが溢れる。


全く、彼女の心配症には困ったものだ。


あれは完璧な事故死だったのに。


盛りすぎたせいか、アイツの錯乱具合が鮮烈に記憶に残ってしまったのだろう。

反省。


大学でもアイツは狂ったように吸っていたし、

耐性がついてるかとおもったのだが。


しかし、それももう、どうでもいい。


僕たちは永遠に道連れとなるのだ。


広く開かれた岬が、僕達を迎えるように暗闇に広がっていた。

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