薄暗列車
虹ケバブ
第1話 一人アレルギー
「ねえ、知ってる?夕暮れ時のウワサ。ここから少し遠くの車庫から、今ではもう走っていないような古い列車が現れるんだって。」
「で?それがどうしたの?」
「......。」
ひとしきり降った大雨が去って、雲間から
一向に快復の兆しを見せない状態であったが、あることをしている時だけは症状がぴたりと治まった。それは、手元の携帯で通話をしているときだったり、あるいはバイトの面接であったりと様々な形に姿を変えたが、要は他人と会話をしている時だった。しかし、それ以外の真に一人でいるときは絶え間ない頭痛とそれに伴う吐き気に襲われて、したかったことも何もできずにいるのだった。
あまりもの苦しみに
耐えられなくなってAに相談すると、女が足りていないんじゃないかと言われた。A曰く、お前はおよそモラトリアム期に考えられる健全な女付き合いをしていないと。確かに携帯にいつでも連絡できる女友達は一人も存在せず、音信不通の人間か、もしこの世界に自分という存在がいなくともよろしくやっていくことができるような人しかいなかった。Aから適当な人物を紹介されたがやんわりと断った。そのような経緯で紹介された人と仲良くなれるのか自信がなかったからだ。
どうしようか考えた末、少しでも悪い気分を紛らわすために外に出ることにした。家の中でじっとして、なにかも解決しないよりはましだという気がしていた。
重い腰をあげて扉を開けると、久しぶりにまみえた外は雨の名残かそれとも「中」に存在していた物事との対比だろうか、どことなく輝きを放っていた。坂を上って河川敷へ出ると、川岸近くのススキ(自分たちはそれをススキと呼ぶが、実際はほとんどがセイタカアワダチソウである)がそよそよと風に流れ、大雨のさなかは
そのような美しい光景を見ても一向に収まる気配のない症状を
結局は自分で事を耐え忍ぶことになるだろうと思い、それならこの場は「中」にいて停滞の文字を自分の二つ名に冠するよりも、外に出て症状が治まってくれる事を祈ったほうが幾分ましだという変わりばえのしない結論に達した。
ただ、外に出るという行為自体が言葉では説明しにくい気分を晴らさせてくれたのは事実だった。少し陽気になってそう遠くない海まで続く河川敷を走りだそうとしたが、「一人アレルギー」と顔の半分を覆う
それは河川敷のそばにある車庫についてのことであったが、いつもは赤をトレードマークにした自分たちの交通を担う路線の車両たちがいるはずだった。それらはいつも渡り鳥が冬を越すかの如く、その鉄の車体を鎮座させながら休んでいるのであったが、しかし、今日はその代わりに緑色の車両がぽつんと置かれていた。
その緑色の車両は自分にとってとても印象深い車両だった。なぜならそれは、自分を土地柄で繋がりあった友人たちと切り離し、新しい旅路へと向かわせた車両だったからだ。ある人はそれを新しい門出と評し、別の人は出会いと別れを繰り返して人は成長すると説いたが、土地から切り離され、やんごとなき事情で新しき友人たちとも近寄れない今、結局自分に残されたのは「一人アレルギー」だけだった。
そのような一人の自分と一つの車両の組み合わせはとても親近感が湧くと共に、自分を土地から切り離した車両が同じ孤独に喘いでいる様を
そうこう
「夕暮れ時の薄暗い時間帯、この車庫からいつもの車両とは違う、とっても古いタイプの列車が現れて、その中から車掌さんが出てくる。その車掌さんの言われるがままに列車に乗ってしまうといつしか列車は線路を抜け出して、どこか別の場所に連れてかれてしまうらしい……。」
なんてことない噂で、大方小学生が注目されるために話を盛って創作したか、警備員がいたずら小僧のために近寄らせないように創った噂だと思っていたが、この緑の車両を見ると、きっといつもとは違う列車が止まっているのを誰かが勘違いしたのかもしれない、とも思い始めた。夕暮れ時の薄暗い時間帯というのも実にそれらしい。
それにしても痛みでナーバスになっていた自分は、その列車が自分を連れて行ってくれたらどんなにもいいだろうと思い始めた。こんなうんざりする世界を抜け出して、どこか遠くの別の場所に行ってみたい。なにしろ今はどこへいくにしたって行きづらいのだ。ついでに痛みもどこかにやってくれればいいのに。
そうありもしない空想を考え始めるのは自分の悪い癖だった。何分暇なものだから仕方ないと今は言い訳しているが、いずれ浪費した時間を後悔することになるだろうなという気持ちも心の片隅に存在していた。
そういえば、この「薄暗列車」の話を誰かにしたことがあったのを思い出した。それも、いつも遊んでいた男友達ではない子に。いったい誰だったか……。記憶には自信があるほうではあったが、今の自分は状態が悪そうであった。だけど暇つぶしという名目は、自分がその作業に尽力し続けるのを助けてくれた。
そんな微笑ましい努力を誰かが見つけてくれたのか、はたまた足が勝手に思い出していたのか、思ったよりも早く手がかりを見つけることが出来た。それは車庫を越えた先の住宅街と建築現場の境にあり、川を防護している堤防の付け根につつましく建っていた。あまり豪勢ではなく、古めかしいたたずまいを感じさせるものの、備えられていた砂利で敷き詰められていて運動には適さない空き地は、そう、あの時の二人の息遣いを感じさせてくれた。
思い出した。「薫」はここに住んでいたのだ。
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