第92話 殺してやる
ドンキホーテは天井を見つめるただ、見つめるいつもの自分の部屋の天井なのにどうにも何かがおかしい。
部屋が変わったわけではない、変わったのは……。
「ああ、そうか」
ドンキホーテは呟く、もう下にはいつもの家族はいない、アルベルトは死に妻のメアリは重傷助かったのはアリスと、ジェーンだけだ。
アリスは今、親元に緊急避難をしている。ジェーンはといえばドンキホーテのベットの上だ。すっかり寝てしまっている。
そのジェーンを見つめながらそばで座るドンキホーテはただ、彼女の心の痛みをどうすれば慰められるのか考えていた。
そんな方法はもうないのかもしれない。だがそれでもジェーンのために何かをしたいとドンキホーテは思っていた。それは彼自身の心のためでもあった、償いたかったのだ。
今回のこの件、ジェーンの家族が巻き込まれたのは自分のせいだとドンキホーテはかんじていた。
俺がもっと早く犯人を捕まえていられていれば、こんなことには、もっと早く手がかりを見つけて辿り着けていれば。
そんなもしもがドンキホーテの心に降り積もる。
「ドンキホーテ」
ノックの音ともにレーデンスの呼ぶ声がドンキホーテの耳に入る。
「行けるか?」
その言葉の裏には休んでいてくれというレーデンスのやさしさが隠れていた、ドンキホーテ自身もそれに気づいていたが、あえてその気遣いをドンキホーテは気づかないふりをした。
「大丈夫だぜ……レーデンス」
「だが!」
「気遣うなよ、レーデンス、お前も辛いだろ」
レーデンスは押し黙った、そして拳を握りしめる。
自分の部屋にジェーンを置いて出てきたドンキホーテは言う。
「終わらせようぜ、レーデンス。もう終わらせよう」
「ああ……そうだな」
「もうたくさんだ……守れないのは……!!」
ドンキホーテの頬に一筋の滴が伝う。
「なぁレーデンス、いま俺──」
そしてドンキホーテはレーデンスに尋ねた。
「──笑えてるか?」
殺意に染まった蒼の瞳で、狂気を滲ませ、頬に伝わせながら。
「なぜ……笑う?」
「笑ってやるためさ」
ドンキホーテは侮蔑するように呟いた。
「アイツの死に様を……!」
─────────────────────────
「ドンキホーテ、もういいのか?」
「はい、ロンさん」
「……そうか」
ドンキホーテが急に飛び出した後、ロンとレーデンス達は急いでドンキホーテの後を追った。
しかし民家の屋根を跳躍しながら伝うドンキホーテのその素早さに追いつくことが出来ず、結局ロン達が冒険者の宿に着いた時には、ドンキホーテはあの血まみれのリビングの中にいたのだ。
全てが遅かった。ドンキホーテの悪い予感は的中し、ブラウン家の夫、アルベルトは殺された。全てが後手に回ったのだ。
これは、犯人からの警告だと誰もが理解した。俺を追うな追ったら大切なものがこうなるぞと、そういう警告だ。
たまたまドンキホーテが運悪くその場に合わせてしまっただけで、この事件に関わる者の家族や、こうなる可能性があったのだ。
というのも最悪の事実がわかったのだ。女主人を問い詰めたところ、樽の傷は最初からあったものらしい、なんでも業者に発注したものだとか。
その業者とは物流を司る大手の会社のものだった。東ソール連合会社、最大の大手のその会社の中に既に息がかかっているということだ。
つまりあの精神交換の魔法が発動するルーン文字は既に広範囲ばら撒かれているということになる。カルミラ浄水店だけではなく数多くの飲み水屋に汚染があるということだ。
そして事件の処理から約一日たち、夕暮れ時、ドンキホーテ達は今、寝る間を惜しみ騎士団の駐在する館に集まっていた。
「では、これまでの事件を整理するぞ」
ロンは話始める。
「我々がいままで、なぜ精神交換を受けないのか、その理由がわかった、前の調べで分かったことだが既に多くの飲み水屋の水は汚染されていた。が、どうやら全部ではないらしい」
ドラドスールは頷いた。
「現に私たち、第二騎士団の調査によれば王都内全ての飲み水屋に手が回っているわけではない、犯人は恐らく少数か単独。できることも少ない、それゆえに全ての汚染された水は押収できた」
「つまりこれ以上の被害は生み出し得ない、長い戦いになるが、随時、魔法を潰していけば奴は終わる」
ロンはそう締めくくる。誰もがその言葉で希望を見出しかけた時だ。ドンキホーテが言った。
「待ってください、奴は、奴は捕まえないんですか?」
そのドンキホーテの目は明らかに異常なまでの執着を感じさせた。ロンは語る。
「そうだなまずは奴の犯行を食い止める方が先決だ、そうしなければまた殺人が起きる」
「……そう……ですよね……」
「何、そうがっかりするな、ドンキホーテ、魔法に汚染された水は押収したこの事件が収束したのち、アレン殿を含めた一流の魔法使いと共に犯人を追い詰められるさ」
「そうですね──」
次の瞬間、床が砕ける。床は爆発したかのように弾け飛び、ドンキホーテ、やレーデンス達は壁に叩きつけられた。
「ごは!!」
口から空気が押し出される。そして目を見開いた。何が起きたのか全く想像がつかなかった。一体何が起きたのか。
ドンキホーテの眼前にいたのは黒い鱗だった、黒曜石のような黒い鱗、そして羽、熱い息。
ドンキホーテの目の前にはドラゴンがいた。
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