第63話 怒り

「腕を……この小僧」


 飛ばされたのは左腕か、その事を確認した後ザカルは眉間に皺を寄せ、ドンキホーテを睨みつける。


「ナイスだぜ! レーデンス!」


 ドンキホーテは空になった瓶をレーデンスに見せ礼を言う。


「お前なら気づいてくれると思ったぞ」


 レーデンスは礼に対して笑みで返した。ザカルはその瓶を見ると忌々しそうに呟く。


「回復ポーションかなるほどそれも高価なもの……いつだ? いつ渡した……?」


 ザカルは思い起こす、タイミングがあるとするならばレーデンスが最初に斬りかかってきたあの時しかない。

 だがそうだとしてもーー


「だからといって、あの状態からそこまで回復するとは、大した生命力だ……」


 切断された左腕を抑えながら憎たらしげに賛辞を送るザカルに対して、ドンキホーテも不敵に笑い「お褒めに預かり光栄」と芝居がかった台詞を返す。


「マリアさんには悪いが、手加減してやれる男じゃないみたいなんでね。へっ、その腕よぅ、出血多量だぜ。死ぬ前にさっさとーー」


 ドンキホーテの言葉をかき消すように低い唸り声が上空から降り注ぐ、花クジラの声だ。腹の底から響き渡るような、花クジラの声にドンキホーテとレーデンスは気圧される。

 そして2人が一瞬、花クジラの声のせいで硬直している隙にザカルはドンキホーテとレーデンスの視界の外に一瞬で消える。


「なーー!」

「消えーー」


 2人は目を見開き、あたりを見回した。するとーー


「全く……片腕を飛ばされるとはな、だが問題はない」


 いつのまにか、上空から降り注ぐ、花クジラの光を纏いながら切断された左腕を掴み胴の切断面に対して接着する様に押し付けていた。


「おいおい、何してーー」


 ドンキホーテは疑問をぶつける前に一瞬で理解する。ザカルの切断された。左腕が光を纏っている。暖かい緑色のその光。

 魔法の知識があまりないドンキホーテでもすぐにわかった。


「回復魔法!?」


 しかし、切断された腕を再び繋ぎ直すなど並大抵の魔法使いでは不可能だ、それは……その術は例えソール国中を探し回ったとしても、指で数える方が楽なほどの数しかいない。


「やはりな……」


 レーデンスが何か納得したかのように呟いた。


「なんだ! なんかわかったのか! レーデンス!」


 ドンキホーテは血に濡れた剣を構え直し、あくまでそれをいつでも、ザカルに向けて振り下ろせるよう注意を向けながら、レーデンスに問う。


「ドンキホーテ、何かおかしいとは思わないか? あの男……」

「いや……ここにきてから、おかしいことばっかだからよ……」

「では、私が気づいた事を言うぞドンキホーテ、奴は最初に視認した時から姿勢が違う」


 それがなんだと言うのだ、と言う意味を込め「え?」とドンキホーテは疑問符を浮かべた。


「奴の姿勢、バランスともいってもいい、最初に見た時からまるで変わっている……! 人間の姿勢というのは癖がでる! 普段の生活や、生きていくうちに付いてしまった体癖といったものの影響で、人には個人に独特の姿勢というものがある!」

「それがどうしたってんだ……?」

「ドンキホーテ、私も後から気づいたが、恐らく花クジラの光を纏った瞬間、奴の姿勢が変わったのだ」


 ドンキホーテは、再び疑問を投げかける。


「それは単純に、戦闘体勢に移行したってだけじゃねえのか?」

「そうだといいのだがな、見てみろ今もやつの姿勢は、肩幅に足を開き、筋肉も弛緩させている。いつでも柔軟な動きができるようにだ。所謂、東方の武術だとかに通じるもの! そもそもソール国で剣術を習っているならそのような姿勢にはならない!

 さらにいうなら最初に会った時はまるで戦闘経験がないような、素人の姿勢だった……!」


 ゴクリ、とドンキホーテは唾を飲むレーデンスの言いたいことが段々分かりかけてきた。ザカルは急に回復魔法が使えるのか、なぜ急に強くなったのか。

 そんな思考を巡らせいるうちにーー


 ザカルは左腕を押さえていた右腕を離した。


「っ!」

「おいおいまじかよ」


 そしてザカルはレーデンスとドンキホーテが想像した、最悪のイメージを踏襲する様に左腕の手の開閉を繰り返した。

 そして、ギラリと猛禽類を思わせるような鋭い視線をドンキホーテ達に向けると言った。


「ふむ、"初めて"にしては上手くできたな」


 その言葉にレーデンスは冷や汗を垂らしながら確信した。


「なるほど、確定したな……奴は一瞬で修めたのだ、達人級の技を、魔法を! そしてどういう原理かわからないが、それに一助しているのは.…」

「花クジラってわけかレーデンス!」


 ドンキホーテも理解したのか、それを証明するために食い気味にレーデンスの言葉を遮る。レーデンスは「ああ」とだけ言いザカルに注意を向けた。


 当の本人であるザカルは、左腕の動作確認をしながら、口を開く。


「君……確かドンキホーテ君……だったかな」


 突然呼び止められたドンキホーテは、驚き一瞬、身構えるもすぐに体の緊張を弛緩させ、余裕たっぷりにいや相手にそう見せかけるために「そうだぜ」と言った。


 するとザカルは「そうか」とさらに言葉を続ける。


「先程……言ったな、君はマリアには悪いけど……と、なるほどマリアに依頼されたのか? 私を止めてくれと、全く舐められたものだ君達はどうやら本気で私を生かして捉えるなどという、甘ったれた覚悟で対峙しているらしい」


 呆れるように言うザカルに対して、ドンキホーテはその言葉に対して憤りを覚える。


「たしかにその通りだぜ、俺はマリアさんの願いを汲み取って、アンタを生かそうとしてる! だがなそれは甘ったれた覚悟なんかじゃねぇぜ!

 俺はな! 約束したんだ! 未来を見せるって! 俺たちとマリアさん達と! そしてアンタと……! 雪景色の未来を見せるってな!

 それをテメェはーー!」

「言ったのか……?マリアが雪景色を見たいと……?」


 氷のように冷たい言葉がドンキホーテを突き刺した。その殺意の籠った言葉にたじろぎながらも、しかしドンキホーテは「ああ!」と力強く返す。


「はっ……ハハハハハ!!」


 ザカルは笑う、狂ったように。

 そして、ひとしきり笑った後、ドンキホーテを睨みつけ言った。


「死ね」


 瞬間、ドンキホーテの視界からザカルが消えた。


「後ろだ! ドンキホーテ!」


 レーデンスの言葉が無ければ恐らくドンキホーテは死んでいただろう。

 背後から迫ったザカルの拳による一撃を咄嗟にドンキホーテは盾で防ぐ。しかし防いだ本人はよく分かっていた、この一撃を防げたのはまぐれにすぎないと。

 衝撃が盾を装備している左腕から体全体に伝わるのを感じつつ、ドンキホーテは次の一撃に備えていたしかし一向に攻撃は来ない。

 ザカルは拳を振るう代わりに言葉を投げかけ始めた。


「全く、癪に障る言葉を吐いてくれるものだ君達は、つい冷静さを失ってしまったよ。だが問題ない落ち着け、ここで失敗したら全てが終わりだ……」


 自分に言い聞かせるように喋るザカルに、ドンキホーテは異様さを覚える。それと同時にいかにこの男の眼中に自分達がいないかも実感した。


 しかしそれを利用するしかこの男を、倒す術はないのもたしかだ。


 レーデンスはザカルに飛びかかり剣を上段から振り下ろす。

 ザカルの頭へとたたき込むべく放たれたその斬撃に合わせドンキホーテもまた剣を構え直し、剣を右に引き、そのまま力を込めて水平切りを繰り出す。


 縦と横、十字に相手を切り裂くような同時攻撃。避けにくいこの広範囲の攻撃をザカルはーー


「いま、思考をリセットしているんだ……邪魔をするな」


 それぞれの剣に対して左右の片手で受け止めていた。


「な!」


 ドンキホーテは驚きを口にする。


 ーー万雷は、咎人を裁きーー


「この程度の、攻撃で私を殺せると思うな」


 ーー悪鬼、敗北を知るーー


「終わりだ」


 その言葉と共にザカルの両手がまるで霧散したかのように消え、レーデンスとドンキホーテの腹に一瞬で叩き込まれる。


 ーー天災が千里先を焼きーー


 再び吹き飛ばされる、ドンキホーテとレーデンス。何が起こったのか見えなかった、ただ理解できるのはザカルの高速の殴打が直撃しただろうと言う事だけだ。


 ーー為政者が首を垂れる!!


 ザカルは、吹き飛ばされたドンキホーテにゆっくりと近づき、見下しながら拳を引き、構え、殺意の籠った言葉を投げかける。


「終わりだーー」

「避けろ!! ドンキホーテ!」


 その時、聞き覚えのある声がドンキホーテの耳に入る。そして間髪いれずに、その声の主は叫ぶ。敵対者を焼く魔法の名前を。


「全てを灰塵に帰せ! トルネデ・ディオス!!」


 瞬間、空中に黄金の無数の枝が生えたかのように思えた、美しく空中を彩るそれは雷だった。

 しなやかに、その光の線は広がりそして尋常でない速度で、明確な殺意を持ちながら、ザカルを襲った。


 そして激しい光と爆音が巻き起こり、ザカルとドンキホーテのいた場所は雷による暴力にさらされ、とてつもない爆発が起きる。


 爆煙が巻き起こるなか、それをかき分けるように飛び出すものがいた。ドンキホーテだ。

「ゲホ、ゴホ」と咳をしながらドンキホーテは怒りを叫ぶ。


「だあ! 死ぬかと思ったわ!! やるときはもっと事前に言えよーー」


 ドンキホーテは恐らくこの一撃を放ったであろう本人を睨みつけその名を呼んだ。


「ーーロラン!!」

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