第53話 尻尾を掴んだ
「なんだ? いい案でもあるのかよロラン?」
ドンキホーテは、首を傾げた。実際今の自分たちの状況を鑑みるにそこまでいい案があるのだろうか。
少なくともドンキホーテはザカルとか言う貴族の家にカチコムこと以外思い至らない。
「言っとくけど、大貴族の豪邸に襲撃、なんて無謀な真似はしないからね?」
ロランはドンキホーテに釘を刺した。
「お前……読心術が使えるのか?」
ドンキホーテの言葉に、はぁ、とロランはいかにも呆れの混じるため息をドンキホーテ自身に吐いてかける。
その行動にドンキホーテは馬鹿にされていることを悟り青筋を、浮かべかける。ロランはそんな彼を無視して話を続けた。
「いいかい? 僕たちが向かうのは、ザカル・オウス・フェルンの住む屋敷。つまり、貴族達の住む区、サンフラ区に行かなければ行かない。
サンフラ区は貴族が住む地区という性質上、警備が厳重だ。特に今は無差別銃撃事件があったことも含めて、ここよりも監視が厳しくなってるだろう」
レーデンスは、うむ、と唸り言った。
「そうなれば、襲撃などできるはずもないな、ではどうする? 結局の所、乗り込むのだろう?」
ロランはうなずき、話を続ける。
「そうだね、だからこそ逆に言えば、ザカルが雇っているであろう、あの刺客たちもサンフラ区で派手な真似はできないというわけだ。
大方、あの刺客も永遠の時間という報酬に目が眩んだ者たち、正規の傭兵団、というわけでも無いだろう。
おそらく、脛に傷があるもの集団、例えば暗殺を生業にするような殺し屋集団と言った所じゃないかな?」
ロランは、スノウに目線をやりながらそう締め括る、するとスノウは「ご明察です」と言い、話し始めた。
「ロラン君の言う通り、彼らは知る人ぞ知る暗殺者の集団。殺人ギルド、と名乗り王都で非合法な依頼を受け、それを生業としている者たちです。
彼らは、ザカルの契約を結び、永遠の時の中で過ごすことを選びました」
「僕たちのような不穏分子を消す代わりに、ということだね」
ロランがそう言うと、スノウはコクリと頷いた。
「その通りです、ですがその暗殺ギルドの中にも、この時の牢獄を良しとしないものがいました、それが、私の友人となってくれたシャーナなのです」
その言葉を聞くと、ドンキホーテ達は目を丸くした。
つまり目の前にいるシャーナという女性は自分たちを追い詰めた刺客、暗殺ギルドの一員だと言うのだ。
「……な! お、驚いたぜ、まさか目の前にいるのが、今まで戦ってきた、暗殺者のお仲間だとはな……」
ドンキホーテは驚きを言葉に表す、しかしだからといってシャーナに対し敵意を表すようなことはなかった。
「まぁ、でも、これは心強いんじゃねぇか? なんて言ったって敵側の事情を知る奴が、味方になってくれるんだからよぉ!」
楽観的な、ドンキホーテに対して、ロランはため息をついた。
「はぁ、君はなんでも信じすぎだ、まあでも疑う理由はないか、もしシャーナさんが敵だとしたら、僕たちは恐らく、ここまで街の警備が手厚くなる前に病院を襲撃されて死んでるだろうからね
手紙を送ってきてくれたのも彼女なんだろ? 襲われるならその時に襲っていたはずだしね」
「信じてくださりありがとうございます、ロラン君」
スノウが感謝の言葉を口にすると、ロランは「別に完全に信じたわけじゃない」と、突き返した。ロランは話を続ける。
「話を戻そう、つまりだ、彼ら、暗殺ギルドはサンフラ区に潜伏してないはず、シャーナさんそうだろう?」
それを聞くとシャーナは頷いた。シャーナがしゃべらないことにロランは疑問を抱いたが、それを察したのかスノウが彼女の代わりに口を開く。
「シャーナは喋れないのです」
「そうか、だが、なるほど、たしかにわかった、サンフラ区にはやはり暗殺ギルドの手の者はいない、そしてもちろん、自身の屋敷に暗殺ギルドの組員を住み込ませるなんて不可能なはずだと僕は思っているんだけど……。
どうかなシャーナさん?」
ロランはシャーナの方に再び目を向けた、彼女はコクリと頷く。そして、ロランは笑った。
「やはりだ、ザカルは周辺に刺客を配置していない、いやできない! 彼は今、実質無防備だ!」
「では」とレーデンスが続ける。
「ロラン、どう侵入するのだ、ザカルの屋敷に」
ロランはニヤついたまま喋り始めた
「作戦は単純だ、まずはーー」
貴族達の住むサンフラ区、そこは一般市民達が住む、区とは違って、どこも大層、煌びやかな豪邸が立ち並ぶ地区だ。
どの屋敷もそれなりに土地が広く分けられており、そのおかげで密集していると言う感覚はなく、むしろ無駄に広い庭などが、あるせいで他のどの地区よりも広く感じるほどだった。
そんなサンフラ区の一箇所にあるフェルン家の大豪邸の巨大な門扉の前に彼らは来ていた。
少年が、門扉に付けられていた、ベルを鳴らす。
門扉の向こうに広がる景色は、巨大な噴水付きの庭であり数十メートル言った先に豪邸が見える。付近には人影はない、しかし少年はベルを鳴らす。
すると遠くの豪邸の玄関から、執事らしき初老の男性が出てきた。執事らしき男性は早歩きで、門扉に近づく。男性が言葉を発する前に、少年が口を開いた。
「突然、共鳴鐘を鳴らしてしまい申し訳ありません」
少年は、頭を軽く下げる、貴族の挨拶というやつだ。
少年の言う共鳴鐘というのは魔法道具の一種である。
大概、共鳴鐘というのは二組で売られており、片方の鐘が音色を発すると、もう片方の鐘も音色を出すという、魔法道具である。
主に来客が来たことを知らせる目的をもつこの鐘は、突然、鳴らされることは少ない。
少なくとも、事前にアポイントをとって、訪れる客の方が多いからである。
そのことをこの鐘を鳴らした少年は熟知しているため、このように謝っているわけだ。
この少年はそこそこ、教養のある者だと見抜いた初老の男性は感心し、追い返すこともなく事情を聞くことにした。
「ああ、いえいえ、こちらこそ対応が遅れ申し訳ありません。それでご用件はなんでしょうか?」
執事風の男性は、少年に聞く。少年は頭を上げ、こう説明した。
「私の名前は、ロラン・オウス・ザベリンと申します、実はザカル様に助けて頂きたいことがありまして、このように突然、お邪魔させて頂いたのです」
ザベリン家の名を名乗る少年はその証拠にと、自身のポケットから、指輪を取り出した。執事風の男性はそれを見ると、驚き、少年を見つめる。
確かにこの指輪には、ザベリン家の家紋が入っている、間違いなくこのロラン少年はザベリンにゆかりのあるものだ。
「申し訳ありません、理由は深くはお聞きにならないでください、しかし、これは父上から命じられた重要な命なのです。
なぜ、私のような小僧が、そんな重要な命を授かっているのか疑問はごもっともでしょう。
しかしそれは父の思慮深い考えがあってこそであります、どうか私を信じ、ザカル様の面会の許可をいただけないでしょうか?」
それを聞くと執事風の男性は、考えを巡らせる。
(確かに、今まで、ザベリン家の者たちというのはさまざまな奇抜な策を巡らせ、国家の一大事を救ってきた。
しかし、まさか自分のこんな年端も行かない息子を利用するとは……いやするなあのザベリン家は……)
すると執事風の男性は意を決した表情でロランに言った。
「かしこまりました、少々お待ちください、ザカル様に取り次いできます! そのところで、ロラン様の周りにいる方々はどなたなのでしょうか?」
するとロランは険しい表情をしながら、言った。
「この三人は、今回の使命の重要人物であります、申し訳ない、これ以上は説明が……」
初老の男性は、それを聞き恐らくこれは国家を揺るがすほどの一大事なのだろうと思い、「これは! 失礼しました!」と一言、言ったあと急いで屋敷の中に戻って行った。
しばらくした後、ロラン達はフェルン家の応接室に案内される、内心ロランは思った。
(全く、思いの外、都合よく行くものだ……第一段階最高だな)
と。
応接室に案内されたロラン達は、それぞれ椅子に座っていた使用人曰く、ザカルが来るまでの間待っていて欲しいらしい。
ロランは緊張を解すためもあるだろう、おもむろに口を開いた。
「スノウさん、何度も言ったけどあなたとシャーナさんは、無理して来なくていいんだからね? なにせ、シャーナさんはともかくスノウさんは戦えそうもない」
スノウは、「ご心配は無用です」と言い、続けた。
「私は戦えずとも、ザカルの協力者である、私がこの場にいることによって彼に対して安心感を与えられるでしょう、彼を騙すには私と言う存在が大きな効果をもたらす筈です」
スノウの言っていることは確かに、その通りである。これからロランの行う作戦を実行するには、ザカルの警戒心を解かねばならない。
「あくまでも、それは作戦の一つに過ぎないから大丈夫だよ、僕とレーデンスだけでも……」
ロランの隣に座っているレーデンスは少年の方をポンと叩いた。
「確かに相手の出方次第では、私達は最悪戦闘にならざるを得ない、だがその最悪を回避、出来るかもしれないのだ、そのためには、やはりスノウさんの力が必要だ。
なに、いざと言うときは命を賭してでも皆を守るさ」
「……そうかい、それは頼もしいね」
ロランは、そっぽをむきながら「ありがとう」と小声で言う、それを聞いたレーデンスは苦笑し、言った。
「やはりロラン、君は素直ではないな」
その言葉に「うるさいな」とロランは頬を少し朱で染めつつ言い返す。そのときだ、応接室の扉がノックされたのは。
「静寂の魔法を切るよ、みんな。これからの発言は誰かに聞かれる可能性があるから気をつけて」
ロランはそういうと指を鳴らした。するとロラン達の周りにドーム状の光の傘が現れ、砕け散った。
予めロランが貼っておいた、言葉を外に漏らさぬようにするための静寂の魔法が今、解かれたのだ。
このような魔法をかけたままでは、相手に密談をしていたと思われても不思議ではない。
完全に魔法が解けたのを見計らい、ロランは言った。
「こちらはすでに準備が出来ております」
ノックされた時すぐさまこう返すのが貴族間でのルールであった。
(ずいぶん待たされたものだ、一時間ぐらいかな、いよいよ、この時間との張本人とご対面だ)
ロランはそう思いながら、ギイと開くドアを見ていた、執事の手によって開かれたドアの向こう側からひとりの青年が姿を表す。
その青年にロランは見覚えがあった、多少歳をとった印象はあるものの間違いない。
ザカル・オウス・フェルン、この事件の首謀者がロラン達の目の前に姿を表した。
「では、ザカル様、ロラン様何か御用が有れば、共鳴鐘で、お知らせください」
初老の執事の男性は、ハンドベルを応接室の机の上に置き一礼を浅くした後、ザカルを残し、部屋を出て行った。
ザカルは無言のままロラン達の対面に座る。最初に口火を切ったのはロランだった。
「ザカル様、今回は私の為に貴重なお時間を割いて頂き誠にありがとうございます、こうして突然、きたのはある事情がございまして――」
そこまで言いかけた後、ロランは固まる。
何かがおかしい。
ハッとロランは気付き、手のひらをザカルに向ける、隣にいたレーデンスは驚きのあまり目を見開き叫んだ。
「ロラン何を――!」
ロランの手のひらから真空の刃が放たれ、ザカルの動体に直撃する、ずるりとザカルの腹から上がズレ、床に落ちる。
ベシャリと音を立てて崩れ落ちたザカルの腹から上の体は床の上で水と化した。
「な、これは」
レーデンスが再び驚きの声をあげる。
「やられた、こいつは、デコイだ!」
ロランは、懐から円形の貝殻を取り出し、口に持っていくとその貝殻に声を吹き込んだ。
「ドンキホーテ!」
すると貝柄のなかから、声が響いてくる。
「わかってるぜ!!」
フェルン家の外で待機していた、ドンキホーテは異変に気がついた。屋敷の一箇所が何か騒がしいのだ。馬がいななく声がする。
すると屋敷の離れに、倉庫らしきところから、馬車が飛び出してくる。
ちょうどその時だ。ドンキホーテな懐に入れてあった。貝殻が声を発した。
「ドンキホーテ!」
ロランの声だ、その一言だけで、ドンキホーテは全てを察した。貝殻を取り出し言う。
「わかってるぜ!」
門扉が自動で開かれ、馬車が通る、馬車を操るは鼠色の雨除けのフードを深く被った、謎の人物。しかしドンキホーテの横を通り過ぎる直前、その人物の顔が垣間見えた。
間違いない、ロランが事前に見せてくれた人相描きの特徴に一致していた。
ザカルだ。
一瞬の出来事だったが、ドンキホーテにとってはそれだけの時間があれば十分だった。咄嗟に飛び、馬車の後方の出っ張りにしがみつく。
ガタンと少し、揺れたが、馬車を操るザカルは焦っているのか、それかよく揺れる馬車だったためか、あるいは両方の要因で飛び乗ってきたドンキホーテに気付きはしなかった。
(ついに尻尾を掴んだぜ、ザカルさんよぉ!!)
ザカルの馬車はどこかへ向かう、ドンキホーテを連れて。
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