第47話 よう

 ガシャンと、真っ二つにされた機械人形の左半身と右半身は、それぞれバランスを崩し倒れ臥す。

「ハハッ」とドンキホーテは笑う。


「俺の勝ちだぜ」


 その様子を見ていたレーデンスはホッと安堵の息を吐く。


「ヒヤヒヤさせる。全く……ジャックから譲ってもらったテレポートのルーンがあったのだったな」

「正確には、ジャックからもらったのと買い足したとので合計三つあるぜ」


 レーデンスの言葉が聞こえていたのか、レーデンス達に近づきながらドンキホーテはそう説明を付け足した。


「ところでよ、ロラン。そっちはどうだい?」


 ドンキホーテは息を切らしている様子を見せず、ロランに話しかけた。素人目に見て、ロランはただ地面に手を合わせているだけしか見えない。


「もう終わったよ」


 ロランはそう口を開いたすると、血の五芒星が青白く光り輝く。


「ここの土地の魔力は今、魔法に組み込み終わった」


 そして、五芒星の光はロランの言葉と共に光を強め、光の柱と化して天に突き刺さった。すると、突き刺さった部分からまるで塗料が剥がれるように、景色が剥がれ落ちる。


 やがて衆目の下に一つ目の化け物が晒された。


「な! わたしにも見えるようになったぞ……」


 空を見上げて、レーデンスが驚く。


「あ、まじで? 俺は最初から最後まで見えてたけど、レーデンスも見えるようになったか」


 ドンキホーテが呑気そうに言い、退散の呪文の行く末を見つめていた。


「退散の呪文の副作用としてどうやら、見えなくなる魔法も、いや、見えないと錯覚させる魔法もついでに解けたようだね」


 ロランの説明に「なるほどなぁ」などど、腑抜けた声をドンキホーテはあげる。

 一方、衆目に晒された、一つ目の巨大な悪魔は、くぐもった低い声を上げる。

 そして、発生したのか、させたのかわからぬが、空間が捻れ、渦ができた。その中にルーオ・オホースは吸い込まれて消えていった。

 ドンキホーテは右腕をグッと立て俗に言うガッツポーズを作り密かに喜ぶ。


「やったな、ロラ――」


 ドンキホーテがそう言いかけた時だった。ガガガガ、と機関銃の射撃音が聞こえた。地面を弾丸が抉る。


「危ない!」


 レーデンスがとっさに、ロランの腕を掴み引き寄せ、抱きかかえる。ドンキホーテは、先ほど発射音がした方に目を向ける。

 木の太い枝の上、何かがいる。


 それは、機械人形だった。


 恐らく、先ほど両断してやった奴とは別個体。だが、同じ外見だ。腹から多砲身型機関銃を生やしている。それでロランを狙ったのであろう。


「く、今更増援かよ! だが遅かったな! 俺たちの勝ちだぜ!」


 しかし、一体だけなら、勝ち目はある、弱点だって理解している。ドンキホーテはそう考えて剣を抜き放ち、構えた。


「くっ、レーデンス大丈夫か?! ロランは!?」


 あくまで、機械人形に意識を向けながら、ドンキホーテはレーデンスたちに聞く。


「私は大丈夫だ! だが……」

「う……」


 誰かの呻く声が聞こえる。まさか――


「ロラン……!」


 そのまさかだった、ロランの脇腹が赤く染まり、赤い液体が滴っている。弾丸はロランに当たっていた。レーデンスは必死に血の出ている箇所を抑えていた。


 ――クッソ!


 どうすればいい考えろ、ドンキホーテは必死で頭を回転させる。先程から、機械人形とはにらみ合いをしている。

 まずは応急処置をすべきだ。しかし目の前の敵がその隙を許してくれるかどうか。

 応戦すべきか、いや迷っている時間はない。決意を固め足に力を入れる。地面の土がドンキホーテの脚力により少し抉れた。

 その時だ。上空から影が二つ落ちてきた。それは球状の金属だった。ドンキホーテはそれに見覚えがある。

 レーデンスの顔が絶望に染まっていく。それはドンキホーテも同じだった。


「まずいぞドンキホーテ!」

「わかってる!」


 球体は変形していき、やがて成人男性ほどの背の高さを持つ、人型へと変形していく。


「機械人形が、三体も……!」


 こうなれば、策は一つしかない。


「レーデンス! 逃げるぜ!」


 ドンキホーテは叫び、剣に青い闘気のエネルギーを纏わせる。

 レーデンスは意図を察してドンキホーテに向かって頷き、走り出す。機械人形はレーデンスを、正確にはレーデンスが抱えているロランに照準を合わせる。


「無視すんなよ!」


 そうドンキホーテは機械人形に向かって叫び、地面に向かって剣を振るい、闘気エネルギーを三日月状の刃に形成して、遠くにいる敵にぶつける技、三日月断頭台(クレセントムーンギロチン)を放つ。

 地面に当たったエネルギーの本流は、爆発して土煙を起こした。煙は三体の機械人形を包み込み視界を塞ぐ。


「よっしゃ!」


 ドンキホーテは納刀しながら、レーデンスが走っていった方向へと全速力で走る。木々を掻き分けて進むと、見知った背中が見えた。


「レーデンス……!」


 小声でドンキホーテは呼びかけた。


「ドンキホーテ……! よかった、追いついたか……! ロランの傷の応急処置を回復魔法で頼む、回復の薬が先ほどの銃撃で全て壊されてしまった……!」


 レーデンスはどうやら、森林公園の鬱蒼とした木々の中でひっそりと身を隠し、ロランの手当てをしていた様だ。しかし、血は止まる気配がない。

 ドンキホーテはレーデンスの提案に頷いた。


「わかった……! ちょいと痛むが我慢しろよ……」


 ドンキホーテは意識を失いかけているロランにそう話しかけ、彼の傷口に手を近づける。

 すると光がドンキホーテの手から溢れ出で、傷口に光の粒子が吸い込まれていく。


「ぐ、うああああ!」


 ロランは痛みに耐えきれず叫び出してしまう。ドンキホーテはとっさにロランの口を押さえた。ロランはくぐもった叫びを上げ続ける。

 その時だ、ガションと、なにかの音が遠くから聞こえた。

 その音は連続で繰り返し響き、だんだんとこちらに近づいてきている様だった。


「機械人形か!」


 恐らく、ロランの声が原因で追ってきたのだ。「くっ!」ドンキホーテは焦る、しかし、ロランの血は止まった。


「レーデンス行くぞ!」

「わかった!」


 ドンキホーテはロランを抱えて走り出す。レーデンスも後に続いた。瞬間、ドンキホーテ達の背後が爆発する。


「うおおおお!」


 爆風に背中が押される。機械人形の爆発弾が原因のその爆発は、木々をなぎ倒す、そして倒された木はドンキホーテ達めがけ、倒れてきた。

 間一髪でドンキホーテとレーデンスはそれぞれ木を避け、走り出した。


「レーデンス、一旦、森林公園の外に行くぞ、奴らもそこまで目立ちたくはねぇはずだ」

「賛成だ、とにかく走るぞドンキホーテ!」

「あいよ!」


 後ろから、機関銃の掃射音が聞こえる。ドンキホーテは風切り音と共に、後ろから来て前に過ぎ去っていく弾丸に若干の恐怖を覚えつつ、疾風の如く走った。

 ロランが後ろからくる弾丸に当たらない様に体の前で強く抱きかかえながら走る、走り続ける。

 やがて、ドンキホーテ達の目に移る景色が、群生している木々から、レンガや、木材でできた、住宅街となった。


 森林公園を抜けたのだ。


 ドンキホーテは住宅地に出ると、ブレーキをかけ振り返った。


 ――ここまでくれば……流石に奴らも大事にしたくはないだろう。


 レーデンスも、ズザザ、と滑りながら、体を止め後ろを振り返る。

 二人の間に安堵の空気が流れ始めた。ふと、ドンキホーテは周りを見回す、人が多い。ざわざわとしている。


 ――ああ、そうか、大方、公園での爆発音が不審で誰かが衛兵に通報したな、それでこの人だかりは野次馬か。


 ドンキホーテの推測はおおよそ当たっていた。あれほど派手に爆発音などを出しながら戦っていたため、周りの住民は不安に駆られ、衛兵に調査を求めたのだ。


「そこの君達ちょっと、森林公園から出てきたけど、大丈夫かい?! 今、森林公園は、謎の轟音が――」


 衛兵が話しかけてきたが、話は途中までしか頭に入ってこなかった。

 とにかく今は、ロランを医者に見せなければ、二人はその思いでいっぱいだった。


 とにかく終わったのだ、そのことをドンキホーテ達は実感していた。


 機関銃の音が聞こえるまでは。


 弾が風を切り裂きドンキホーテとレーデンスに迫る。


 完全に油断していた、対応できたのはその場にいた数人の衛兵だった、衛兵達は野次馬の、ドンキホーテ達の盾となり蜂の巣となった。


「な!」


 ドンキホーテは遅れて反応する。


「バカな、気が狂っているのか!」


 レーデンスも思わず悪態をつきつつ、倒れそうになる衛兵を両手で支えている。

 するとガションと、重い、足音を鳴らしながら、森の中から三体の機械人形が姿を現した。腹から生えた機関銃からは、煙が出ている。間違えない撃ったのだ。


 そして再び銃身が回転をし始める。


 ――まずい!


 ドンキホーテらそう思い、万力の力を足に込め、跳び軽々と家の屋根に飛び乗った。そしてロランを抱えたまま走り出す。


「ドンキホーテ!」


 後ろからレーデンスの声がきこえる。だがこうするしかない、奴らは狂っている。民間人を巻き込む覚悟だ、こんなことをすれば警備が強化され、動きにくくなること間違いなしだというのに。


 ――いや、いいんだ、要は1週間たっちまえば全部元に戻る。だから奴らとしては、ただ手をこまねいて待つよりもこうして積極的に、騒ぎを起こしてでも、俺たちを殺す方がメリットに繋がるんだ!


 その事実に気づいたドンキホーテは歯を噛みしめる。


「くっそ! 甘かった!」


 そして改めて考える、ここで俺たち二人が死んだらどうなるのかと。

 その不吉な考えを払いのけるように屋根の瓦を踏みしめ、加速しながらドンキホーテは悔やむ。

 後ろからゴロゴロと音が迫る。振り返ると三つの金属の球体が、転がりながらドンキホーテに迫ろうとしていた。間違いない機械人形が変形した姿だった。


「クッソ、便利だな、おい! 機械人形!」


 ドンキホーテは当てもなく走り続けた、奴らが場所を気にせず攻撃してくるというのならどこが安全なのか、わからなくなっていたのだ。


 屋根を飛び越え別の屋根に乗り移り、ドンキホーテは走り続けた、機械人形は球体のまま果たしてどういうゆう原理で飛ぶのかわからないが、飛び跳ね、ドンキホーテと同じ屋根の上に乗り移る。


 そして三体の内、一体の球体の中央がパカリと開き、中から多数の銃身が回転するあの機関銃が姿を見せる。

 そして銃身が回転を始め、弾丸が掃射された。ドンキホーテはそれをジグザグに走行することによって避ける。

 そして、もう一体の球体がパカリと中央部分を開き、大口径の爆発弾を射出する銃口が姿を現した。

 それをドンキホーテの足元に向けて発射する。


「うおおおお!」


 ドンキホーテはそれをジャンプすることによって回避した。

 今、空中には無防備なドンキホーテが背中を晒している。この隙を三体目の機械人形は見逃さなかった。

 ガチャリ、球体の中央が開き、大口径の銃身が姿を見せる。


 そしてその無防備な背中に向けて、爆破弾を射出した。


 迫り来る爆発弾。ドンキホーテはカッと目を見開いた。


 ――闘気の身体強化全快!!


 自分に言い聞かせるようにそう念じた。すると闘気がドンキホーテの体に闘気が駆け巡り、体を岩のように固くさせた。


 爆発弾が、背中で炸裂した。


「ぐおおお!!!」


 ドンキホーテの体はバラバラにならなかった、闘気を全身に張り巡らされていたことが功を奏したのだ。しかし衝撃がなくなるわけではない。

 爆風の衝撃をもろに受けドンキホーテは吹き飛ばされた。


 ――せめてロランだけでも……!


 ロランが自分の体に下敷きにならないようにドンキホーテは空中で体制を変え自分がロランのクッションになるようにして、落ちていった。


 そのままドンキホーテは、どこかに落ちる。


 落下の衝撃は凄まじく、ドンキホーテの意識を薄れさせるには十分だった。そもそも爆発弾の直撃を受けているのだ。その時点でかなりのダメージは受けている。

 あたりを見回す余裕もない一体どこに落ちたのかわからないまま、ぼやける視界の中、忌々しくも、ガチャン、ガチャンと、音を立てて近く、三体の人型の機械人形だけが視界に入った。


「クソが……!」


 力が入らない、立ち上がれない、いや立つんだ、そう自分に言い聞かせた。約束したのだ、ジェーンに生きて帰ると、誓った。


 なのに、体は言うことを聞かない。


 機関銃の銃身が回転する音が聞こえる。


「クッソ! クッソオオ!!」


 けたたましい音が響く、弾丸が発射されたのだ。ドンキホーテは目を瞑りロラン両手でかばう。くるべき痛みに耐えるために。


 しかし、痛みは一向に来ない。


 不思議に思い、目を開ける。そこにはひとりの男が立っていた。


「よう、久しぶりに見たらボロボロじゃねぇか!」


 ドンキホーテは目を見開く、全くなんたる縁か、いいタイミングで来てくれたものだ、ドンキホーテは弱々しく、その男の名前を口にする。


「よう……ジャック……」

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