第5話 記念に

「「獅子狩り」……由来はかの有名な英雄、「獅子狩りの騎士テレス」かしら?」


 ピタリと言い当てたアロマに対して、ドンキホーテは「ご名答!」と返した。


「その通りだぜアロマさん! かの暴虐武人な獅子の魔物ライオを、倒し人々を守ったという伝説の英雄、騎士テレス! テレスは俺の憧れ、テレスみたいになりたいから俺は冒険者をになり、騎士を目指しているんだ! だから初心を忘れないためにこうしてな、 獅子狩りの名を借りたというわけさ!」


 獅子狩りとは、随分大きく出たものだと、アロマは半ば呆れつつ言う。


「まったく、でもレーデンスさんがいれば案外、名前負けしないパーティになるかもね」

「何を言うんだいアロマさん! 英雄の卵たる俺だって名前負けしてないぜ!」


 ドンキホーテは負けじと見栄を切った。レーデンスはそんな様子を見て笑いながら言う。


「ふふ、確かにそうだな、私たちで名前負けしない様な活躍をしようじゃないか、ドンキホーテ」


「そうだよな!」と元気よく返事をするドンキホーテにレーデンスは思う。


 ――久しぶりだな人と話して、笑うのは。


 レーデンスにとって、パーティの誘いは一か八かの大勝負を仕掛けたつもりだった。

 オークであるレーデンスは今まで他の冒険者にパーティを組まないか提案をしても、断られることが常だったのである。

 そのため今回、ドンキホーテを誘う時も正直に言えば、失敗する確率の方が高いと感じていた。人とオークその間には言葉には言い表せない、透明な壁があるのだ。それをレーデンスはいつも感じていた。

 しかし、ドンキホーテはそんな壁をすり抜ける様にパーティの招待を快諾した。これにはレーデンスも面を食らった。


 ――期待してもいいのだろうか……


 レーデンスは思う。パーティも組めた、それはしかし利害の一致という可能性もある。だがこの男となら、その先を超えて、友情を築けるのではないだろうか。


 レーデンスがそんなことを考えているうちに、手続きは完了した。アロマが言う。


「はい! 手続き完了です! オーロ村への出発は明日だけれど、朝早くに調査隊は出発するから気をつけてね」

「わかったぜ、アロマさん! 任せてくれ朝早く起きるのは得意だ!」


「はいはい」とアロマは受け流す。こうして「獅子狩り」は初めての依頼を受けたのだった。



 アロマと別れ、ドンキホーテとレーデンスは下宿に戻っていた。出発は明日の朝早くだ、そのため急いで準備をしなければならない。

 しかしここでおかしなことが起こる。


「まてドンキホーテ、なぜ私と同じ方向を行くのだ?」

「え? そりゃこっちの話だぜ? レーデンスなんで同じ方向に行くんだ?」


 レーデンスは言う。


「こっちに私の下宿している冒険者の宿があるからだ」


 ドンキホーテも言う。


「……俺も同じだ」


「まさか」と二人は口を揃えて言う。そして案の定そのまさかだった。二人は同じ宿で下宿していたのだった。

「冒険者の宿」というのは一つだけではない、大抵、一つの都市に二つか三つあり、それぞれが独立して経営されている。


 だというのにまさか同じ所に住んでいるとは。


 案の定二人は、看板娘ジェーンのいる冒険者の宿に到着した。宿のドアの前でドンキホーテは言う。


「まさかご近所さんだとはな」


 レーデンスも苦笑いを浮かべながら言った。


「生活のパターンが違うとは言え、ここまで会わないのも珍しいな」

「まあ、いいか、改めてよろしくなご近所さん」


 そういいながらドンキホーテはドアを開ける。


「お帰り、ドンキホーテのお兄ちゃん!」


 すると小さい女の子がドンキホーテを出迎えてくれた。


「よう、アリス! 久しぶりだなぁ」


 ドンキホーテは頭を撫でた。


「ドンキホーテ、この子は?」


 レーデンスが聞いた。


「ああ、この子はアリス、この子の両親は有名な冒険者でな、よく遠くの地域まで行っちまうから、ここに預けられてるんだ。確かアルベルトさんの親類だったよな、アリスのお父ちゃんかお母ちゃんは」


「そうだよ!」とアリスは元気よく返事を返した。アルベルトとは確か、ジェーンの父、つまり冒険者の宿の管理人の名前だとレーデンスは思い出す。

 するとアリスの元気な声に釣られてか、一人の無精髭を生やした男が出てきた。


「アリスちゃんの元気な声が聞こえると思ったら、ドンキホーテ今日も早かったな! 依頼ダメだったんだろ!」


 ジェーンの父、アルベルトも茶化しながら言う。ドンキホーテは口を尖らせながら言う。


「そんなことねぇよ! 依頼受けてきたわ! パーティだって組めたんだからな!」

「つーことは後ろにいるのは確かレーデンスとかいうオークの兄ちゃんは……」


 ドンキホーテは胸を張って言う。


「俺の仲間!」


 するとアルベルトは笑いながら言った


「はは! よかったじゃねぇか、そうだメアリにも言っておかなくちゃな! 心配してたんだぞお前のこと、自分の息子のようにな!」


「メアリさんにまで心配されてたのかよ」とドンキホーテは苦笑する。メアリとはアルベルトの妻の名前だ。

 アルベルトとメアリの夫婦は近所でもよく言われるほどのお人好しである。そんな二人にとってドンキホーテは危なっかしく見えるのだろう。

 それにドンキホーテと、同い年の娘であるジェーンを持つということもあって、この夫婦の目にはドンキホーテが息子のように感じるのかもしれない。

 そしてドンキホーテの従来の明るさも合わさり、この夫婦はドンキホーテを数いる冒険者の中でも特に気に入っていた。

 だからこそ夫アルベルトはこんな突拍子もない提案をした。


「そうだ今日は食っていけよ! メアリも喜ぶ!」


 いつもなら冒険者に飯など出したりはしないがドンキホーテは別だと言わんばかりに、アルベルトは強引に昼食に誘う。


「いいのか? メアリさん大変なんじゃ……」


 ドンキホーテがそういうと、アルベルトはすぐに、メアリに確認しに行き。OKもらった後すぐに帰ってきた。

「大丈夫だとよ」と嬉しそうにいうアルベルトにドンキホーテは「じゃあお言葉に甘えていくぜ!」と返す。

 アリスはその言葉を聞くと喜ぶ、ドンキホーテとともに食事を取れることが嬉しいのだ。

 しかしレーデンスは乗り気ではなかった。


 ――オークである自分がいては気まずくなるのではないだろうか。


 そう思い部屋に帰ろうとしたところ。


「レーデンス、メアリさんの手料理ってめっちゃ美味しいんだぜ!」


 とドンキホーテに声をかけられた。その言葉を聞きレーデンスはこう言い返す。


「……私も共にしていいのか?」


 ドンキホーテが言葉を発する前にアルベルトが言う。


「オークの兄ちゃん! 当たり前だぜなんたって、お前さんはドンキホーテの仲間なんだろう? お前さんが一緒にいないと始まらない! それに記念感が薄まっちまうだろうが!」


 いつのまにか記念ということになっているが、ドンキホーテも気にせず「そういうことだ」と言いレーデンスの手を引っ張って、アルベルトの自室に向かった。

 レーデンスは、ただただ驚いていた


 ――私のようなオークを……招くとは


 それはドンキホーテのおかげということもあるだろうが、それでも嫌な顔をしないでオークを招くというのはレーデンスにとって珍しい事だった。

 この冒険者の宿の管理人がこんなに優しい人物がだったいう事をレーデンスは知らなかった。


 アルベルトの経営する冒険者の家は、アルベルトの広い広い家をそのまま流用したものとなっている。

 なんでも祖父の代はそれなりの商人で、複数人を下宿させることができるほどの広さを持つ家をいくつも立てていたのだとか。

 その結果、アルベルトは冒険者の宿を経営することができ、なおかつアルベルト、メアリ、ジェーンの三人家族で住めるほどの家を手に入れたわけである。

 そして、冒険者の宿の一階、アルベルトの家族が住んでいる部屋で昼食会が始まった。


「腕によりを振るったからたんと食べてね、なんと言ってもドンキホーテが、仲間を連れてきたって言ったからお母さん、本気出しちゃった!」


 そんなことを言いながらアルベルトの妻メアリは次々と料理をテーブルの上に持ってくる。海鮮の料理から、肉料理まで。

 どうやらドンキホーテが仲間を見つけてきたとアルベルトから報告がきた際に、ありったけの食材を料理したらしい。


「作りすぎよ! 母さん!」


 ジェーンが、母を責めながらも嬉しそうに料理を運ぶ。


「メアリさんほかにどれ運べばいいんだ?」


 手伝っているドンキホーテもあまりの料理の多さに、たじろぎつつ運ぶ。結局、予定よりも遅くに始まった昼食会をドンキホーテとレーデンスはアルベルト一家とともに楽しんだ。


「な、うまいだろ? レーデンス!」


 ドンキホーテがそんな風に語りかけてくる。正直、味は悪くない。しかしそれが重要なことではなかった。

 オークとともに食事をしているというのにアルベルト一家はアリスを含め、顔を曇らせない。


 それがレーデンスには驚くべきことだった。


 それどころか夫妻は気さくにレーデンス自身に話しかけてくる。やれ冒険者になった理由は? とか冒険者って大変だよな、なんて労いの言葉をかけられる。


「冒険者になったのは、そうですね、その……英雄に憧れて……冒険者の仕事はきついですが、慣れてしまえば問題ありません」


 レーデンスはそう答えた。するとジェーンが言った。


「ドンキホーテと同じ夢なのね!」


 とそれはそれは嬉しそうに。するとドンキホーテも嬉しそうにニヤリと笑い言う。


「へへへ、じゃあよう! 俺と一緒に伝説にならねえか?」

「で、伝説?」


 レーデンスが首をかしげる。ドンキホーテが続けて言う。


「おうよ! 今は、流れる激流の中に俺たちは立たされているかもしれねぇ! でもさ! 俺たち二人が合わされば激流は、逆に逆流に変わるぜ! 俺たちで起こすんだ! 一人で無理でも二人でさ、起こそうぜ逆流!」


 よくわからない例え話にレーデンスは「は、はあ」と頷く。しかしドンキホーテの目は真剣だ。それを見てアルベルトがガハハと笑う。


「相変わらずドンキホーテは夢見がちだな!」

「なんだよアルベルトさん、ダメか?」

「ダメじゃねぇよ、むしろ見ろ! 大人になると夢を見たくても見れなくなる時が来るからな! 今のうちに若さと一緒にゴリゴリ見とけ! 若者の特権だ! だから夢見がちなのはいいことなんだよ、ドンキホーテ!」


 それを聴くとドンキホーテはフフンと得意げに鼻を鳴らす。しかしジェーンは乗り気ではない


「お父さんそんなこと言わないでよ、ドンキホーテまた無茶な冒険をしようとするじゃない!」

「おお、我が愛しの愛娘よ、そんなにドンキホーテが心配か、まあわかるぞ娘よ、夢を見る男は魅力的――」


 そこまで言われたところでジェーンは無理やり父やり塞いだ。それを見てメアリが「あらあら」と微笑む。


「お父さん! 黙って!」


 アリスはドンキホーテに聞いた、「なんでジェーンお姉ちゃんは叔父さんの口を塞いだの?」とドンキホーテは「わからねえ」と言う。

 レーデンスはその光景を見て微笑む。


 ーー夢を話して、誰かに笑われなかったどころか、初めてだ、ともに伝説になろうなんて言われたのは……


 レーデンスはそう思い、何かから解放された気分になった。それが何かはわからない。だが確かなのは、肩が少し軽くなったと言うことだ。

 そして昼食会も終わりの頃。


「ドンキホーテのお兄ちゃん! もっと遊んでぇ!」

「すまねぇな、アリスまた今度だ! 俺は仕事の準備をしなくちゃいけねぇ」


 駄々をこねるアリスを、ドンキホーテは上手くいなし、部屋に帰ろうとする。レーデンスも後に続こうとした時、後ろから声をかけられる。


「ドンキホーテ、レーデンス! また食いに来いよ! 俺たちよろこぶぞ! 特にジェーンがな!」

「やめてよ父さん!」


 アルベルトのガハハという豪快な笑い声とメアリの吹き出す声が聞こえる。ジェーンは恥ずかしがり顔を真っ赤にして俯き、アリスは手を振っていた。


「うんまた来るぜ!」

「もしよろしいのでしたら私も……」


 ドンキホーテとレーデンスの言葉にアルベルトは頷く。二人はともに階段を上がり部屋に戻ろうとしていた。

 レーデンスが部屋のドアノブに手をかけた時。「レーデンス」とドンキホーテが名を呼ぶ。


「今日は楽しかったな」


 レーデンスは言う。「ああ、そうだな」と。


「じゃあ俺、荷造りしてるから」


 とドンキホーテは自室に帰っていく。レーデンスもまた自室に戻った。殺風景な部屋だ、ベットと机しかない。オークは我ながら自嘲する。

 レーデンスはベットに寝転がり思う。


 ――「楽しい」か、いつぶりだろうなそんな風に思えたのは。


 レーデンスはそのまましばらく眠ることにした。

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