第2話 その後

「エヴァンソ……ドンキホーテか」


 オークのレーデンスはしっかりと記憶するために、名前を繰り返す。するとドンキホーテは大仰に叫び出す。


「あ、ヤベェ! 早くいかねぇと! じゃあなオークの人!


 ドンキホーテはレーデンスの名前も聞かずに走り出す。レーデンスは走っていくドンキホーテの背中に声をかけ、自分も名乗ろうとしたが急いでいる様なので遠慮をした。


 ――名前は知っている、それに冒険者ならまた会うこともあるだろう。


 レーデンスは不思議と嫌な気分はしなかった、変に難癖をつけられて依頼を取ることもできなかったというのに。

 とにかく依頼を受けるのは明日に回すことにして、レーデンスは下宿へと帰ることにした。







「ヤベェ! 速く速く!」


 背の高い少年ドンキホーテは急いで、集合場所に向う。


「急がねぇと、またリーダーに怒られるぜ!」


 ドンキホーテもまた冒険者だ、冒険者というのは、大抵、パーティを組むものなのだ。

 パーティとはそのままの意味であり、冒険を共にする集団を指す言葉で、所謂、仲間だ。ドンキホーテも、もちろん、パーティを組んでいる。

 そのパーティは名もついており、その名も「銀色の短剣」という。名前の由来はパーティのリーダーである、カールランドが持つ銀色の短剣からだ。

 そのパーティはまあまあ優秀なであり、構成も攻撃の魔法を唱える魔法使いが一人、回復の祈りを唱えられる「僧侶」が一人、斧や剣を使える「戦士」が二人とバランスが取れたものた。


 ちなみにドンキホーテはその「銀色の短剣」の中での役割は荷物持ちである。


 そんな荷物持ちである彼が急いでいる理由は他でもない。もうすぐその「銀色の短剣」が前から決められていた。集合時間を過ぎてしまうからだ。

 近道である路地裏を入り、集合場所である、街の広場までドンキホーテは全速力で走る。


「間に合えェェェ!」


 ドンキホーテは薄暗い路地裏の出口から差す、光の中に飛び込んでいった。飛び込んだ先には街の広場が広がっていた。

 ここは王都エポロでも有名な観光場所であり、有名な彫刻師が掘った複数の石像が飾られている。誰が名付けたか、「美の広場」と呼ばれている。


「よし! まだ間に合う!」


 二千年前、魔王を打ち取ったと言われる英雄を模した、彫像「英雄の像」の下、そこがいつもの集合場所だった。ドンキホーテは急いでその像の元へ行く。

「英雄の像」はあいもかわらず、巨大で、畏怖を抱かせる様な重圧を放ち、立っていた。そして近くにドンキホーテの探し人である仲間達が辺りを見回し誰かを待っている。


「おーい!」


 ドンキホーテは声をかけた。するとリーダのカールランドがドンキホーテを見ると怒りのこもった表情を見せた。

 ドンキホーテは遅れたせいで怒っているんだと、思い込み。「ごめんな、リーダー!」と言いながらカールランドに近づく。

 ドンキホーテはカールランドに怒鳴られた。


「ドンキホーテ、またやったな!」

「すまねぇ! 遅刻したことは謝るよ! でも――」

「遅刻じゃない! お前また喧嘩をしただろう!」


 ドンキホーテは困惑した。なぜその事をリーダが知っているのか理解ができなかったのだ。


「なんで、リーダーが知って……」

「俺が直々に言ったからだよ」


 すると像の陰からヌッと見慣れた男が姿を現した。あの酒臭い男だ。


「このジャックさんが教えてくれた、お前ジャックさんを殴ったんだってな!」

「いや、それはそうなんだが、これには理由が――」

「言い訳は聞きたくない! ドンキホーテお前は……」


 カールランドは言い放つ。


「このパーティから追放する!」


 その言葉に近くにいた仲間たちの女僧侶のエミーと男魔法使いのジェイルが驚く。

 エミーは言った。


「リーダー、そんな! いくらなんでも!」


 ジェイルも続いて言う。


「そうだよ、追放なんて……」


 もう一人の無口な戦士ダリミヌスは何も言わない。カールランドは「しかしな」と仲間たちを説得する。


「みんな前から決めていただろう! ドンキホーテがまた問題を起こしたらパーティから除外すると! 今回、こいつはまた問題を起こした。俺たちの信頼を裏切ったんだ!」

「待ってくれよ、リーダー! じゃあ荷物持ちの役はどうするんだ。誰が戦利品を持ち運ぶんだよ!」


 ドンキホーテは必死に食い下がるもカールランドの意思は変わらない。


「荷物は俺が持つ代わりが見つかるまでな」


 カールランドはそう言った。ドンキホーテは完全に追放されたのだとを身をもって知るとショックを受ける。ドンキホーテは弁明をしようとするも、カールランドは聞き入れてはくれなかった。

ついにドンキホーテは諦め、カールランドの方を見てこう言った。


「わかったよ……リーダー……今までお世話になったな……」


 ドンキホーテはそういうと下宿に戻るべく踵を返して広場に出ていった。


 そんな様子を酒臭い男、ジャックはニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら見ていた。


 ――いいもん見れたぜ! ザマァ見やがれ、役立たずの荷物持ちが!


 ジャックは心の中の声を、必死に抑えるので精一杯だった。下衆な男は思う、まさかここまでうまく行くとは、と。




 遡ること数分前、ドンキホーテが広場に着く前のこと、ジャックは頬をさすっていた。


「いてぇ! ちくしょうなんだったんだあのガキ!」


 そういえばと取り巻きの内一人の男が思い出したかの様に呟いた。


「あのガキ、あそこんところのガキじゃねぇか? ほらあの、「銀色の短剣」とこの荷物持ちのガキだよ、喧嘩っ早いって噂のガキだ」


 その言葉を境に、「そういえば、そうだな」と男たちは言った。そこでジャックはニヤリと笑みを浮かべ言った。


「いい事、思いついちまった。おいお前ら「銀色の短剣」がよく見かける場所ってどこだ?」


 そうしてジャックは「銀色の短剣」がよく待ち合わせ場所に利用している、街の広場に顔を出しドンキホーテよりも先に「銀色の短剣」を見つけ出したのだ。

 ジャックはこの時ばかりは、「逃げ足のジャック」と笑われる、自分の足の速さに感謝した。

 そしてジャックは事の顛末をうまく自分が被害者になる様に説明してカールランドを焚きつけたのである。

 幸いにもドンキホーテが今までの素行の悪さもあり、事はジャックの思い通りに進んだ。




 そして現在に至る。ジャックはトボトボ、歩くドンキホーテの背中を指を指して笑いたかったが、必死に我慢した。

 しかもそれに加えて、リーダーのカールランドが何度も「申し訳ない」と謝ってくる、そのせいでジャックは余計に愉悦に浸り、吹き出すのを我慢するのが精一杯であった。

 こうしてジャックは悦に浸りながら、「銀色の短剣」に別れを告げ、ドンキホーテ追放話を酒の肴にすべく、仲間たちの元へ帰って行った。





 ドンキホーテはトボトボと歩き下宿に戻ってきた。

 ドンキホーテの、住んでいる下宿は「冒険者の宿」と呼ばれ冒険者資格があるものならば誰でも入れる。

 もちろん無料ではないが、高くもない冒険者にとっては住みやすい場所だ。

「はあ」とため息を吐く、いつもならこの時間は依頼に行って帰ってくる事はない、ここの下宿の美しい看板娘、ジェーンに「どうしたの」と言われるのが怖かった。


「でも、やる事ねぇしな……」


 そうして「冒険者の宿」の目の前でドンキホーテが呆然としていると、ガチャリと扉が開き、中から栗色のそこそこ長い髪を持つ綺麗な少女が現れた。


「ドンキホーテどうしたの? 忘れ物?」


 ジェーンだ。ドンキホーテは隠してもしょうがねぇ、とはっきり言うことにした。だってどうせ嘘ついたところで明日にはバレているだろうと。


「いやぁ、パーティ、クビになった!」


 もはやドンキホーテ自身でも笑えてくる(実際に笑いながら言っていたが)、そのあっけらかんとした説明にジェーンは目を皿の様に丸くし、これから買い物に出かけるつもりだったのだろう買い物カゴを落としてしまう。


「えええ! ドンキホーテ大丈夫なのそれ!」


 ドンキホーテは改めて言った。


「まあクビになったもんは、しょうがないだろ! 悔しいがリーダー達との約束を破っちまったのは確かだしな」

「……て言う事は、また喧嘩したのね」


 睨むジェーンにドンキホーテは再び、返す。


「でもまあ、あの喧嘩はしょうがなかったと思うぜ」

「いっつも、それじゃない! リーダーにも言われたでしょ拳じゃなくて口を動かせって!」


 怒るジェーンにドンキホーテは「いや、最初は口で喧嘩しようとしてたんだよ」と言い訳を繰り出すも、ジェーンの怒りは心配からくる怒り、収まりそうもない。


「で、どうするのドンキホーテ、クビになっちゃったんでしょ? パーティ組めないと依頼を受けられないこともあるらしいじゃない」

「まあそこら辺は考えるさ、新しい仲間を見つけるかなぁ」

「そんな仲間なんて、あなた! あなたの実力じゃ、誰も雇ってくれないわよ!」


 何気にひどいことを言うがたしかにそれは事実だった、ドンキホーテはパーティに入りにくい理由があった。

「だから」とジェーンは顔を少しだけ赤らめ言う。


「一緒に「冒険者の宿」で働かない? お父さんもあなたならいいって言ってるから」


 それを聞くドンキホーテは首を横に振る。


「悪いなジェーンありがたいけどよ、俺には夢があんだ」


 ジェーンは肩を落とし、ため息を吐く「またか」と。

 ドンキホーテは気にせず続けた。誰にも聞こえる様な大声で。


「俺は英雄になりてぇ!!」

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