第一章 英雄の器篇
第一話「金太郎と飛鳥とクロスレイド」
◇ ◆ ◇
クロスレイドのシングルス全国大会が幕を閉じた翌日──。
「ね、
舞台は神奈川県横須賀市の南西部に位置する
とある教室の片隅で居眠りをしている男の子に話しかけているのは
一方、その居眠りしている男の子の名は
銀髪の姉とは異なり髪は金色だが、瞳の色は姉弟共通で緑系の色をしている。
「ああ、聞いてる……聞いてるよ。あーあ……。俺も大会出たかったなぁ……」
「しょうがないでしょ。金ちゃんはテストが赤点で補習授業だったんだから」
「そういえば……飛鳥は赤点じゃなかったのに、なんで出場しなかったんだよ?」
「あたしは別に……。大会とかあまり興味ないし、金ちゃんと楽しくクロスレイドで遊べれば満足だから──」
姉の銀子に影響されてクロスレイドを始めた金太郎。
金太郎に影響されてクロスレイドを始めた飛鳥。
金太郎と飛鳥は幼馴染で、幼い頃からずっと一緒にクロスレイドをやってきた仲なのだ。
クロスレイドは今でこそ大人のプレイヤーも大勢いるが、もともとは子供を中心に人気が出たゲームだ。
現在ではプロが存在しており、賞金が発生する本格的な競技科目として国から認可されている。
それもあってか、ほとんどの学校に部活動が存在しているのだ。
もちろん金太郎と飛鳥もクロスレイド部に所属していた。
「あ、もうこんな時間じゃない! 部活いこ、金ちゃん」
「え⁉ お、おい飛鳥! 引っ張るなよ……!」
机の上でダルそうにしていた金太郎を、飛鳥が無理やり教室から連れだす。
「お、お、お……おい……⁉」
飛鳥に引きずられて、クロスレイド部が活動をしている教室に向かう金太郎。
クロスレイド部の活動拠点は理科準備室だ。部員は全部で20名ほど。もちろん幽霊部員も数名いるが、毎日だいたい15名くらいは部活に顔を出している。
金太郎と飛鳥が理科準備室に入ると、室内はまるで休み時間のような賑わいを見せていた。みんなリラックスして好き勝手に楽しんでいるようだ。
「まだ部長は来てないみたいね」
飛鳥が金太郎に話しかけながら、空いている席を探して座る。金太郎も相槌を打ちながら飛鳥の隣に着席した。
「そういえば金ちゃん。ユニットセットすこし変えたんだって?」
「ああ。ちょっと面白いモンスターを手に入れたからな」
『ユニットセット』とは、クロスレイドにおいてゲームで使用する20体のモンスターユニットで構成された編成セットのことである。
20体のモンスターは、各自プレイヤーが所有しているモンスターユニットの中から選んで編成しているため、当然プレイヤーによって異なっている。
しばらくすると教室のドアが開き、眼鏡の男子が入ってきた。部長だ。
「みんな静かに! 今日も総当たり戦の続きをするぞ!」
部長は教壇に立ち、今日の活動内容を説明しはじめた。
総当たり戦──。
今部活で行われているのは、半年後に開催予定となっているクロスレイド・ダブルス大会における代表選手の選抜だ。
クロスレイドには『シングルス』の他に『ダブルス』という概念が存在している。
その名のとおり2対2のチーム戦のことである。
金太郎たちが所属する龍神ヶ峰高校クロスレイド部も、半年後のダブルス大会にむけて代表選手を選抜しているのだ。
ただし学校の部活から代表選手として出場する場合は、各学校からペアで一組までと枠が決まっている。当然、龍神ヶ峰高校も例外ではない。
ペアで一組──
計二名までしか出場できないということだ。
というのも、今回の大会は高校のインハイのように高校生オンリーの大会というわけではなく、主に全国からプレイヤーたちが多数出場する一般の公式大会だからである。もちろんプロも多数参加しており、賞金も発生する大会だ。
ちなみに一般枠で出場する場合は出場料が発生する。
大会自体の出場者数には制限がないため、出場料さえ支払えば誰でも出場できるのだ。
ただし出場に制限がないということは、必然的に出場者の絶対数も多くなるということでもある。そのため予選自体が学校などの特別枠とは別になっているのだ。
つまり──
結論を言うと、高校などの部活から代表として出場する場合のほうが、本戦へ勝ち残れる可能性は高いということだ。
逆に一般枠で出場する場合、その出場者数を考えれば本戦に勝ち上がるためには相応の競争倍率を勝ち残らなければならないということになる。
要するに、一長一短なのだ。
出場権を勝ち取るのは困難だが、本戦に勝ち残れる可能性が高い学校枠。
出場料さえ支払えば必ず参加できるが、本戦までが茨の道の一般枠。
また一般枠からの参加費用は決して安いものではない。
ただ、それ以上に学校枠から出場するということ自体が、そもそもの学生の特権なのだ。
本線へ勝ち残れる可能性が高い学校枠からの出場は、ある意味でチャンスでもある。
だから学生のうちに何としても学校枠を利用して出場したいと考える学生が多いのは当然のことなのである。
「ねぇ部長。どうせもう一位と二位は確定してるわけだし、これ以上やる意味ないっしょ?」
ひとりの部員が愚痴をこぼした。
そう、今行われている総当たり戦──
一週間前から行われており、本日ですべての日程が終了するわけだが、現時点で1位と2位はもうすでに確定している。
同時に3位以下が逆転する余地も残されていない状況だ。
だが部長は不満を口にした部員に対して、最後までプレイするように呼びかけた。
「確かにもう結果は決まっている。だが今回の総当たり戦は、代表選手の選抜だけが目的というわけじゃないんだ」
部員たち全員の顔を見まわしながら、言葉を続ける部長。
「残念ながら今回選ばれなかったやつも、今自分が部活内でどのくらいの順位にいるのか、それを確認しておいてもらいたい」
すこし沈黙をはさんでから、改めて部長が口をひらく。
「……特に一年と二年。おまえたちには、まだ来年があるじゃないか」
その表情は愁いを帯びているように見えた。
当然だが、部長も総当たり戦には参加していた。
だが勝てなかったのだ。三年生である部長には、もう来年はない。
先ほどの沈黙は、その事実を受け入れる覚悟。
そして自分の中で折りあいをつけるための時間でもあったのだろう。
部長の言葉を聞いてから、部員全員の顔色が真剣なものに変わった。
それぞれが部長の言葉の意味を自分なりに受けとめた結果である。
ちなみに──
現時点で確定している上位2名というのは、金太郎と飛鳥のことである。
1位が金太郎。2位が飛鳥。
3位を大きく引き離して、ふたりで1位を争っているのだ。
金太郎たちにとっても今日が最後の試合。
そして同時に最後の対戦相手同士でもある。
今日の成績次第では、1位と2位が入れ替わる可能性があるのだ。
「悪いけど1位の座は譲らないぜ、飛鳥!」
「それはどうかしら? 今回はあたしが1位をもらうわ」
金太郎と飛鳥が挑発し合っていると、部長が試合開始の号令を口にした。
「よし! それじゃ準備が終った組から試合を始めるように! 最後の試合だ……気合いを入れていけ!」
「「「「はい!」」」」
部長の号令に元気よく返事をする部員たち。
ユニットを並べ終わった組から順次試合が開始されていく。
とある組──
「よし……並べ終わったな。それじゃ僕らも始めようか」
「だったら、俺から行かせてもらうぜ」
先行を宣言した部員のひとりが、クロスレイド盤の側面にあるボタンを押した。
すると、それぞれのユニットに対応するモンスターの立体映像が、各ユニットの配置してあるマスの上に出現し始めたのだ。
実は金太郎たちの学校では、立体映像式クロスレイド盤を使用している。
通常、個人用のクロスレイド盤は非立体映像式のものが使われることが多い。単純にひと回り大きい将棋盤と駒を想像するとわかりやすいだろう。
巨大なレイドフィールドを用いた立体映像バトルは大会ならではのものであり、個人同士でクロスレイドをプレイする場合は、一面のクロスレイド盤で向かいあって対決するわけだが、基本的には非立体映像式のクロスレイド盤が用いられるのが一般的なのだ。それは学校の部活動などにおいても同様である。
だが個人用の立体映像式クロスレイド盤が存在しないわけではないのだ。
高額なため一般人が容易に手をだせる代物ではないが、実際に所有している者も存在している。
そうこうしているうちに、いよいよ金太郎たちも試合の準備が整った。
「さて。俺たちも並べ終えたことだし、そろそろ始めようぜ」
「そうね」
飛鳥がクロスレイド盤の側面のボタンを押す。
つぎつぎと出現する立体映像のモンスターたちを眺めながら、飛鳥が笑顔で話す。
「銀子さんには感謝しなきゃね」
「ん? 急にどうしたんだ?」
「だって、ほとんどの学校は立体映像のバトルなんて楽しめないじゃない」
「ああ。確かにそうだな。銀姉がうちの部のOBでほんとよかったぜ」
金太郎たちの学校のクロスレイド部が立体映像式のクロスレイド盤を所有しているのは、かつて部員だった御堂銀子のおかげなのである。
当時の全国大会で優勝した彼女が、後輩のためにその賞金で購入して部に寄付したものだからだ。
「さて、無駄口はここまでだ。どっちがうえか決着をつけるようぜ──飛鳥!」
「望むところよ!」
総当たり戦。最終日──
金太郎と飛鳥の1位の座をかけた戦いが今始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます