超変則将棋型バトルゲーム クロスレイド
音村真
プロローグ
第〇話「クロスレイドの女王」
高層ビルなどが立ち並ぶ都市部から少し離れた郊外にある広大な敷地。そこにひときわ目立つ巨大ドームのような建築物が存在していた。
またドームの天井は開閉式となっており、現在は開放されて空から中が確認できる状態となっている。その上空には中継用のヘリが旋回して中の様子を撮影していた。
ヘリが撮影しているのは、そのドームのまんなかに存在している9×9マスで構成された巨大な白い将棋盤のような物体だ。
この将棋盤もどきの寸法は、縦が約36メートル。横が約33メートル。まさに将棋盤を、そのまま100倍したかのような大きさである。
特に目をひくのは、その巨大な白い将棋盤もどきの上に点在しているモンスターたちの姿だ。
モンスターたちは、それぞれがひとつのマスの中で独立して動いている。壁があるわけでもないのに、どのモンスターも決してマスの内側から外へ出ようとしないのだ。
しかもモンスターたちは、まるで敵対しているかのように東か西どちらかを向いている。
さらに、その巨大な将棋盤もどきの両端には人の姿も確認できる。
東側に男性。西側に女性。まるでモンスターの勢力を従えて対立しているかのようだ。
ふたりの目の前には、腰の高さほどある白い長方形の物体が設置されている。その上にも将棋盤と駒のようなものが確認できるが、通常の将棋で使われるものと比べてそのサイズはひと回りほど大きい。
そして多数のモンスターたちとふたりの男女を取り囲むのは、スポーツ観戦にでも来ているかのような大勢の観客たち。
ただし目の前で繰り広げられているのはスポーツではなく、巨大なモンスターたちによるバトルだということだ。
その様子は、さながらコロシアムのようでもある。
このモンスターたち──
いっけん実物にしか見えないほどリアルだが、実は本物ではなく立体映像なのだ。
今ここで行われているのは、とあるゲームのシングルス全国大会の決勝戦。
そのゲームとは、将棋のルールをベースに開発されたモンスターバトルゲーム──『クロスレイド』。
2035年7月5日。
それは突如として世界に姿を現した。
限りなく将棋のルールに近いその性質は、将棋を伝統文化とする日本国民の興味を引くには十分すぎるものだった。
最初は個人同士で対戦するトレーディングボードゲームとして発売され人気を博したが、実は当初からすでに大規模な専用施設の建設が計画されていたのだ。
その約3年後の2038年4月1日。
神奈川県の横須賀市に第一号クロスレイド専用スタジアムとして登場したのが、今大会が行われているこの横須賀レイド・スタジアムだ。
そして2067年。現在──
日本全国各地に存在するクロスレイド専用スタジアムの数は27箇所にも及んでいる。スタジアムの名称は地域によりさまざまだが、一般的に『レイド・スタジアム』の名がつけられている場合が多い。
クロスレイド専用スタジアムの中央に設置されている巨大な白い将棋盤もどきの正式名称は『レイド・フィールド』。
通常は単に『フィールド』と省略して呼ばれることも多く、クロスレイドを大迫力のエンターテイメントに昇華するために考案された最新の立体映像投影装置『レイド・システム』を搭載している。
また各プレイヤーの前に設置されている盤は『プレイヤー用クロスレイド盤』という。普段は『プレイヤー盤』と呼ばれることが多く、タッチパネル式の小型レイド・システムにより相手の駒を立体映像として投影する形になっているのだ。
「わたしのターン!」
レイド・フィールドの前に立つ女性が声をあげた。
銀色の髪。赤のアンダーリムの眼鏡。不敵な笑みを浮かべ、ただならぬオーラをまとうこの女性の名は、
そして銀子と対峙している男性の名は、
山田は御堂銀子を前に、どことなく緊張している様子。
「わたしは〈
銀子は、目の前のプレイヤー盤に配置されている多数の駒の中からひとつを手に取り、その駒を1マス前進させるように動かした。すると中央のレイド・フィールドにいる1体のモンスターが、その駒にシンクロするように動き出したのだ。
そのモンスターの頭上には〈雪使いの少女〉の名がはっきりと刻まれている。
そう──
このモンスターを動かしたのは御堂銀子。
彼女の命令で〈雪使いの少女〉は前進したのである。
またクロスレイドにおける駒の正式名称は『モンスター・ユニット』という。通常は『ユニット』や『モンスター駒』などと呼ばれることが多い。
このユニットは将棋の駒をモンスターとして表現したものであり、それぞれに『属性』と称したカテゴリが設定されている。この『属性』というのは、将棋の駒でいう王将や金将といった種類のことである。
彼女が動かした〈雪使いの少女〉には『歩兵』という文字が刻まれていた。つまり〈雪使いの少女〉は、将棋でいうところの歩兵の役割を担うユニットなのだ。
銀子のターンが終わると、入れ替わるように山田が自分のターンに突入したことを宣言する。
「よし。それじゃ次は俺のターンだな!」
将棋が一手ずつ交互に指すように、クロスレイドも交互にプレイする機会が訪れる。
クロスレイドではそれを『ターン』と呼んでおり、プレイヤーは1ターンに1回だけ行動する権利が与えられているのだ。これを『通常行動権』という。
「俺は桂馬〈ツインヘッド・ビートル〉で、あんたの歩兵〈雪使いの少女〉を捕縛する!」
クロスレイドでは、相手のモンスターを奪うことを『捕縛』と呼んでいる。
捕縛の方法は、将棋で駒を取るのと同様で、相手のモンスターがいるマスへ自分のモンスターを移動させることで成立するのだ。
「ふはは! ただ捕縛されるためだけに歩兵を前進させるとはミスったな。チャンピオンよ! よし……俺はこれでターンエンドだ」
銀子の歩兵モンスターをリスクなく捕縛できたことに上機嫌の山田。だが次の銀子のターンで『それは間違いだった』と気づくことになる。
「わたしのターン!」
先ほど山田が捕縛した〈雪使いの少女〉は、ゲーム開始時に銀子の角行と同じ
現時点で山田の〈ツインヘッド・ビートル〉のいる筋に存在している他のモンスターは、初期から動いていない銀子の桂馬〈クリムゾン・スキュラ〉だけである。
銀子の口もとが、わずかに笑ったように見えた。
「残念だけど、わたしが〈雪使いの少女〉を捕縛されたのはミスではないわ」
「……え?」
「わたしは香車〈アッシュ・パンサー〉のスキルを発動!」
『スキル』──
それがクロスレイドと将棋の明確な違いだ。
クロスレイドとは、それぞれのユニットに専用の固有スキルが備わった将棋バトルのようなものなのだ。
個性を出すためにモンスターとしてデザインされた各ユニットに、それぞれ異なった個性的なスキルが搭載されている。そのスキルを駆使して将棋のルールのもとで戦うモンスターバトルゲーム──
それがクロスレイド。
「く……。スキルを使ってきたか……」
この時点では、まだ山田は〈アッシュ・パンサー〉のスキル効果を把握していない状態だが、自信に満ちあふれた銀子の表情が山田にスキルの有効性を想像させ、不安をかき立てている。
「〈アッシュ・パンサー〉のスキルは、隣のモンスターを選択することで発動できるスキルよ! わたしは桂馬〈クリムゾン・スキュラ〉を選択するわ!」
銀子は口頭でスキル効果の説明をしながら、手際よくユニットを動かしていく。
「〈アッシュ・パンサー〉と〈クリムゾン・スキュラ〉の位置が入れ替える!」
「くっ……!」
この行動によって、山田の〈ツインヘッド・ビートル〉が存在する筋の先にいる銀子のモンスターは、桂馬〈クリムゾン・スキュラ〉から香車〈アッシュ・パンサー〉へと変わったことになる。
「こ、これは……まずいぞ⁉」
「わたしは香車〈アッシュ・パンサー〉で、君の桂馬〈ツインヘッド・ビートル〉を捕縛するわ!」
銀子は〈アッシュ・パンサー〉の通常行動権を使って〈ツインヘッド・ビートル〉がいたマスへと一直線に移動。そして捕縛。それによって山田のモンスター〈ツインヘッド・ビートル〉は、銀子のスタンバイゾーンへと移動することになった。
この『スタンバイゾーン』というのは、将棋でいうところの相手から奪った駒を置いておく駒台のようなもの。つまり山田は〈ツインヘッド・ビートル〉のユニットを銀子に奪われたということだ。
「ば……バカな⁉ まさか、これを計算してわざと歩兵モンスターの〈雪使いの少女〉を俺に捕縛させたというのか……!」
「驚くようなことでもないでしょ? クロスレイドにはスキルがあるんだから、この程度のことは想定してプレイしていないと、ここから先は勝ち残ることなんてできないわよ」
「ぬぅうっ……」
銀子を前に、すっかり怖気づいてしまった山田。その様子をみて軽くため息をついた銀子が、ターン終了の宣言をした。
だが山田はターン開始の宣言をせずに、ぼうっと盤面を覗きこんでいる。
「ほら。君の番でしょ? それとも、もう降参?」
銀子が煽るような言葉をかけた瞬間、山田が何かに気づいて声をあげた。
「……あ!」
慌てるように自分のターン開始を宣言する山田。その口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。
「なにか良い手でも閃いたのかしら?」
「ふはは! 俺は無心になったことで無我の境地に達してしまったようだ……。勝利までの道筋が見えたような気がしたぜ!」
「君、おもしろいジョークを言うのね」
銀子がくすっと含み笑いをしたことが癇にさわったのか、山田は顔を真っ赤にして攻撃に転じるべくスキルを発動した。
「調子に乗っていられるのも今のうちだけだぞ……! 俺は歩兵〈
山田の歩兵〈兵隊キリギリス〉が1マス前進することで、その裏側に身を潜めていた角行〈
「俺は角行〈空飛ぶ大蛇〉で、あんたの銀将〈シルバー・ドラゴン〉を捕縛するぜ!」
右手を前に突きだして、高らかに捕縛宣言を口にする山田。
だが──
「そうはいかないわ。わたしは〈シルバー・ドラゴン〉のスキルをカウンターで発動する!」
「くっ……! カ、カウンタースキルだと……⁉」
『カウンタースキル』──
相手が捕縛やスキル発動などのアクションを起こした際に、そのアクションが発動するまえに割り込んで、先にスキルを発動する方法。
ただしその対象モンスターが、カウンタースキルの能力を保有していなければ使用することはできない。
「次のわたしのターンまで〈シルバー・ドラゴン〉は相手の捕縛とスキル効果の対象にならない」
「なにィ……⁉ 捕縛を不能にするスキルだと……」
「これでもわたしチャンピオンなんだけど? エースモンスターのスキルすら研究して来ないなんて、わたしもナメられたものね」
銀将〈シルバー・ドラゴン〉のスキルよって〈空飛ぶ大蛇〉が〈シルバー・ドラゴン〉を捕縛することは不可能になったが、山田の捕縛宣言が巻き戻るわけではない。捕縛宣言した時点で、すでに行動は決定されているのだ。
そのため〈空飛ぶ大蛇〉は〈シルバー・ドラゴン〉の手前までは移動しなければならない。
「次のターン──。君はその角行を守りきれるかしら? チャンピオンにでもなれば、当然使用しているモンスターやスキルは全国のプレイヤーたちに知られて研究されているわ。それは君たち挑戦者にとっての特権──武器でもある。その有利をチャンスに変えられないなんて、ナンセンスもいいところね」
「……っ!」
銀子の言葉に、ぐうの音も出ない山田。
この時すでに勝敗は決していたのだろう。
数ターン後──
銀子は捕縛した山田の桂馬モンスター〈ツインヘッド・ビートル〉で、山田の王将モンスターに王手をかけた。これが最後のピース。
山田の王将モンスターは逃げ道がなくなり、起死回生のスキルもない状態になってしまった。いわゆる将棋でいうところの『詰み』の状態だ。
クロスレイドでは保有するスキルによっては詰みを回避することも可能だが、今の山田にはもう詰みを回避する術などなかった。
「ジ・エンド──ね」
銀子の鋭い眼光が、山田に向けられた。
もはや自暴自棄になり、手に取った適当なユニットを上空に振り上げる山田。その手は大きく震えている。
だが山田はそのユニットを盤には指さずに、ゆっくりと腕を降ろしてから負けを宣言した。
「お、俺の……負けだ」
山田が自ら敗北を宣言した瞬間、アナウンサーから正式に試合の終了が告げられる。
『ここで決着です! 勝ったのはチャンピオンの御堂銀子選手! これでシングルス大会三連覇! 強い、強すぎる! クロスレイドの女王はいまだ健在です!』
こうして大歓声のなかクロスレイド・シングルス日本全国大会は御堂銀子の勝利で幕を閉じた。
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