第13話 知り合い

居たのは、昨日山野が投げ飛ばした子供だった。

両手と体に、痛々しく包帯を巻いていた。


- 何を大袈裟な・・・ -


そう思いながら吹き出しそうになるのをこらえてその子をチラ見すと、反省の色は全く無いようだった。

無いどころか、なぜかほくそ笑んでいた。

危うく釣られてほくそ笑みそうになるのを堪える。



が、堪えきれなさそうになったので、山野は慌てて保護者らしき男の方に視線を移した。

スーツに、パンチパーマと言う馴染みの格好をしている男なのだが、なぜか顔が山野と反対側の横を向いている。

その横顔に見覚えがあった。

が、すぐに思い出せず、横顔を凝視していると、子供が急に大声でがなりだした。


「お前、今日はキッチリ落とし前付けさせて貰うからなっ!!」



山野は、その声に反応して、視線を子供に戻した。

が、山野の視線より先に動いたものがあった。

それは隣に座っていた男の右手だった。



男は、子供の首根っこを捕まえるや、そのままガラス製のテーブルに叩きつけた。

ガラスが割れるかと言うほどの音が校長室内に響き渡ったかと思うと、男が大声で叫ぶ。


「スミマセン!!」


そう言いながら、男は頭を深々と下げる。



- 何があったの?? -


そう思ったのは、廊下で聞き耳を立てていた祐香だった。

大きな音と共に、さっきまでがなっていた声で謝罪が聞こえたのだから無理もない。

扉を開けてどうなっているのか、状況を確認したい衝動に駆られるのをグッと我慢した。



さすがに、山野も驚いた。

さっきまであった子供の顔が無くなったので、テーブルにめり込んでいるんじゃないかと思ったのだ。

暫くすると、テーブルに赤いものが広がった。


- 血だ!! -


そう思った山野は、子供の顔を上げさせるように、右手の人差し指を上に振った。

すると、男はその意味を理解したらしく、子供の首を持ったまま起こした。

その顔は、鼻血で真っ赤に染まっていた。



「なっ、何すんだよっ、親父!!」


子供が男に食ってかかると、男は思いっきり子供の頭を叩いて言った。


「それはこっちのセリフだっ!!お前、山野さんに何をした??」


男の声は、焦りからか多少上うわづっている。


「何もしてねーよっ!アイツが一方的に殴って来たんだよっ!!」


子供が言い終わるから終わらないかの間に、男は再び頭を叩いた。

今度は、さっきよりかなりキツくだ。

堪らず、校長が間に入る。


「酒井さん、暴力はダメですよ。」

「あっ、申し訳ありません。コイツが舐めたこと言うもんで、つい・・・。」


男は、今までの態度が嘘のように、校長に対しても口調が穏やかになった。



「あっ、お前、村井さんところに居た酒井か!?」


山野は、やっと男のことを思い出した。


「はいっ。ご無沙汰しております。その節は大変お世話になりました。」

「いや、別に何の世話もしてないけど。」

「いえいえ、山野さんにはひとかたならぬ恩義があります。」

「親父、コイツと知り合いか!?」


子供がそう言うや、さっきまで愛想良い表情だった酒井は、鬼の形相に変えて、その子の顔に張り手を入れた。

すると、再び鼻血が噴き出した。


「お前、誰にそう言う口の利き方をしてると思ってるんだ。山野さんを、そこらのチンピラと勘違いしてんじゃねーだろーなっ!!」

「ごっ、ごめんなさい。」


鼻血まみれの子供は、鼻を押さえながら訳が分からないながらも謝った。



「えーっと、酒井さんは、山野さんとお知り合いですか?」

「知り合いってもんじゃありません。昔、厄介ごとがあった時に色々とご助力頂いた恩人です。」

「そうですか、それなら話が早い。実は、当校の生徒でもある酒井さんのお子さんが、昨日、校内をうろついていた不審者から一方的に暴力を受けたと言う訴えがありましてね。話を聞くと、山野さんのことを言ってるんじゃないかと思って、おし頂いたんです。」

「オレが暴力ですか?」


そう言いながら、山野は子供を睨み据えた。

確かに昨日、この子を投げ飛ばした。

軽い打撲程度はしているだろう。

しかしそれは、殴りかかられての返し技だ。

一方的に暴力を振るわれたと言う表現とは、明らかに矛盾する。



子供は、咄嗟に視線を外した。

さっきまでの威勢は、完全に失ってしまったようだ。

すると酒井が、急に立ち上がり、頭を深々に下げた。


「申し訳ありません。ウチのバカ息子を許してやって下さい。」

「何を許すんだ?」

「コイツの説明は、全部ウソなんでしょ。一方的に殴られたって話。山野さんが、そんなことする訳無いですから。大方、コイツが悪さしてるのを注意されて殴り掛かって返り討ちにされたんでしょう。」

「まぁ、大筋はそんなところだ。」

「やっぱり。」

「ちゃんと相手を見定めてからケンカ売るように教えんとな。」

「忠告、いたみいります。」


そう言って再び酒井は、頭を下げた。



この一部始終を廊下で聞いていた祐香は、山野が暴力団さえ恐れる暴力団の中の暴力団だと思い込んだ。

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