第2話 株主優待

「じゃ、あたしお勘定してくるね。」


そう言って、みはなは席を立った。

一献傾け始めてから2時間以上が経過し、みんな、かなり出来上がっている。

次はカラオケと言うことで、店を変えることになったのだ。


「えーっと、カウンターは?」


みはなは入り口付近をキョロキョロ探す。

が、それらしきものが見えず、代わりにガタイの良い男性が立っているのに気付いた。


- 多分あそこだ!! -


そう見当を付けたみはなは、男の後ろに並んだ。



「お支払いは、株主優待券ですね。」

「ええ、お願いします。」

店員の女性は、男性に対してそう言っていた。


- 株主優待券って?? -


気になったみはなは、良くないと思いつつも、ちょっと体をズラして、男性の横から覗き込んだ。

すると、店員さんの手には金券らしきものがあり、それを数えていた。


「お支払いは12,780円で、株主優待券だとお釣りは出ませんけど、よろしいですか?」

「あ、お釣りは大丈夫です。」


そう言って男は片手をあげて、断りのポーズをしつつ、身体を捻ってそのまま歩き出そうとした。

ところが、運が悪いことに、そこには覗き込んでいるみはながいたのだ。

男は気づいて驚きの表情をしたが、身体を止めることが間に合わず、そのままみはなにぶつかった。

みはなは、どちらかと言えば小柄な方だ。

このため、思わず後ろに吹っ飛ばされてしまい、そのまま壁にぶち当たってその場にしゃがみ込んでしまった。



「あっ、スミマセン。大丈夫ですか?」


男が駆け寄って来た。


「大丈夫です、大丈夫です。」


華は、必死に取り繕った。

まさか覗き込んでたのでぶつかったとは、バツが悪くて言えない。

だから、この場は何事も無かったようにしたかったのだ。


「本当ですか?」

「ええ、本当、大丈夫です。」


そう言いながら、華は立ち上がった。

男は、心配そうに、華の顔を覗き込んでくる。

ケガがないか、本気で心配しているようだ。


「腰とか、膝とか、打ってません。」

「大丈夫です、本当に。あたし、そそっかしいから、こう言うことに慣れてますから。」

「なら、良かったです。」

「ええ。」

「じゃ、スミマセン、これで。」

「はい、こちらこそご迷惑をお掛けしました。」


片手を挙げて立ち去ろうとする男に、華はそう言って頭を下げた。



すると、3歩進んでいた男が、3歩戻って来た。


「良かったら、これ使って下さい。」


手渡されたのは、さっきガン見していた株主優待券だった。


「これは?」

「あっ、ここの金券です。中途半端に余ってしまったので、使って下さい。」

「でも、悪いです。」


そう言って華は返そうとしたが、男は受け取らなかった。


「いえ、期限も迫ってますから、返されても捨てるだけです。それこそ、要らなかったら捨てて下さい。」


そうとだけ言って、男は足早に店を出て行った。

その姿を、知らず知らずのうちに華は目で追っていた。



「お会計は済んだの?」


急に背後から声を掛けられて、華は一瞬ビクッとした。

振り返ると、祐香だった。


「あ、まだ。」

「まだってねぇ、何やってんの。あたしに貸して!」


そう言うなり祐香は、華の手から伝票と現金を取ると、そのままカウンターに直行した。

華の手には、株主優待券が6枚残されている。


「あっ!?」


華は待つように言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。

ここで株主優待券を使うことが、なんだかもったいないように感じたのだ。

だからゆっくりとポケットの中にそれを仕舞ったのだった。

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