十二日目の午後 クラスの人気者と一緒に更衣室に入った。
「白...むぶっ!」
開いたはずの口は目の前の白い手で圧迫され、その持ち主の顔は非常に冷静だが、どこか緊張している様子だ。
「しっ。事情は後で話しますから。ちょっと静かにしておいてください」
冷静な対応とは裏腹に少し落ち着きがないような声音で白華はそう言った。
しばらくもしない内に、声が聞こえてくる。
「んでさー。な――ちゃん――で――」
「マジィ?―そ――じ――ない?」
会話の内容は聞き取れないものの、目の前の苦虫を噛み潰すような顔はなにか悪い予感を連想させる。
というより、本当に近い――――。
鼻孔をくすぐるような甘い香り、微かに聞こえる吐息、呼応する心音。存在感のある二つのそれは華奢な体に相反し、彼女の体を際立たせる。
自分が奏でる心臓の音は徐々に速くなり、暑さからか身体は熱を帯びる。終わりはまだかまだかと脳内は騒ぐ。
騒がしい静寂が訪れた。
しかし、その静寂はとても長い一瞬にして破られた。
「朱兎くん。今すぐここから出ます。これは渡しておきますので、買ってきてください。また連絡するのでその地点に集合です。」
そう言って彼女が渡してきたのは、財布。
高級感のある革製の長財布には、虚構の重さがのしかかっており、持っているだけでも恐ろしい代物。
はっと集中していた意識を解くと、周りに騒がしい音は聞こえない。
気づかぬ間に、目の前から白華は去ってしまった。
とりあえず俺は更衣室から出て、買い物を済ませる。
「服って高すぎるだろ…」
今まで服に対して無頓着だった俺は、今回の明細を見て驚いた。
少なくとも今回の買い物で最高級紙幣三枚は吹っ飛んでいる。
白華から預かった財布で買い物を済ませたのだが、他人の財布で買い物をするのはあまりにも罪悪感があるので未来永劫したくない所存だ。
それと彼女の財布の中身も恐怖のバーゲンセールと形容できるほどの代物だった。
最高級紙幣だけでなく、一部分で光っている金色を飲み込むほど黒光りするプラスチック製のカードは虚構の重さの大部分を占めていた。そして紳士のエチケットとも呼ばれる個別包装された正方形のそれも入っていたが、なぜそれが入っているのかを問うことすら恐怖で足がくすんでしまう。
そんな事を思っているとピロピロピロ――と携帯にショートメールが届いた。
「デートの開始地点にて待ってます」
白華から来た変哲もない一文はいつもの彼女を連想させないどこか緊張したようなものを帯びていた。
まさか白華になにかあった?
このままではいけない。すぐに行かなければ―――
いつもの白華とは異なる緊迫とした文章に俺の心は狂わせられ、焦りながらその場所へと走りだした。
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