幼女魔王事件

幼女魔王事件

「キミ、あたしのことエッチな目で見てたでしょ」


 7月6日、午前1時。残熱と暗闇と静寂に包まれた教室の中、僕はクラスメイトの女子の園空そのそらつばめさんの妖艶な声を耳元で聞いた。


 彼女の言葉は半分事実だったが、もう半分は間違いである。確かに彼女の決して崩れることのない冷静な面構え、ほどよいボリュームで艶のある唇、制服越しからでもはっきりと認知することのできる豊満な胸、なだらかな曲線を描き出しているくびれ、真夏でも黒いタイツに包まれた長く細い脚。それを性的な目で見るなという方が無理な話だ。しかしいわば僕も歴戦の猛者。その程度の誘惑には決して釣られはしないと気持ちの面では考えているためその点においては間違いだ。


「どうしてこんな時間に……?」


 彼女の言葉には頷かず、僕は尋ねる。今は深夜で生徒や教員は当然全員帰宅しているし、理由がないのに今ここいるのはありえないからだ。あと流石にもちろんさと素直に頷くのは気持ち悪いと思ったからだ。深夜で眠くて頭が回らないが、それくらいの判断はつく。


「キミを待っていたの。ここに来ることはわかっていたから」


 彼女はどこからかおもむろに光る小さなものを取り出し、机にゆっくりと置いた。コツンという接触音の後、まばゆく小さな光が教室を薄く照らした。一瞬目が眩んだが、それが何なのかはすぐにわかった。


「それは僕の……!」

「そう。キミのスマホ。これを探しに来たんでしょ?」

「どうして君が?」

「あたしがこっそり盗んだから。キミをここに来させるために、ね」

「盗んだ!? ……まあいいや。用は済んだしもう帰るね。明日ゆっくりと詳しく話そう。僕はもう眠いんだよ」

「ダメ」


 僕が机に置かれたスマホを取ろうとすると、園空さんの温かくて柔らかい手に阻まれスマホを取られてしまった。


「返して欲しい?」

「もちろん」

「どうしよっかなー。ほれほれー」


 彼女は光っている僕のスマホを手に持ったまま真っ暗な教室を自由にぶらぶら歩きまわり始めた。暗闇の中で上下左右に飛び回る光が蛍を想い浮かばせる。蛍にしては随分と大きすぎるが。


 僕はその光をただ追いかけることしかできなかったが、しばらくすると動きがピタリと止まった。園空さんは最後方にある机の上に腰掛け、大きな瞳で僕を真っすぐ見据えた。


「返して欲しいなら……」


 そして彼女は、とんでもないことを口にした。


「あたしとエッチなこと、しよ?」

「何言ってんの!?」

「とぼけちゃってー。バレバレだよ。胸、触りたいって思ってるんでしょ」

「そりゃそうだけど、なんでそうなる――」


 刹那、生温く柔らかい何かに口を塞がれた。長い間塞がれていたように思えるが、それが何なのかわかったのは解放されてからだった。


「い、今のって……!」

「ふふ。来ないなら、こっちから行っちゃうよ?」

「え、え、え!?」


 突然の事態に頭が回らないまま、僕は彼女になすすべなく押し倒された。机がずれる音と椅子が倒れる音が教室中に響き渡り、リノリウムの冷たい感触が背筋を伝う。


「興奮、してるんでしょ……」

「してるのは君だよ! ちょっと一旦落ち着こう!?」

「あたしはちゃんと落ち着いてるよ? あたしはね、ずっとキミが好きだったの。エッチしたいなって、ずっと思ってた。ずっと考えてた。どうすればエッチできるんだろうって。したいな、斉藤くんとエッチ。キミは……どう?」


 エッチって、あれか。あれでいいんだよね。それなら僕だってしたいかしたくないかでいえばもちろんしたいがでもまさか園空さんが僕のことを好きだったなんて。ずっと見ていたけど気が付かなかった。まさか僕が自分でも知らず知らずのうちに彼女をエッチな目で見ていたせいなのか。そんな馬鹿なことがあるのか!?


 そんな事を思っていると園空さんがおもむろに制服を脱ぎ始めた。まず上着が取り除かれ、ブラジャーに包まれた大きな乳房が露わになった。次にスカートがどんどん下がっていき、黒いタイツに覆われた下半身が現れた。暗くてパンツはよくわからなかった。何てことだ。一番肝心な部分が見えないではないか。いや別に見たい訳では無いけど見えそうで見えないというのは焦れったい。


「パンツ……」

「見たいの? だったら、タイツ、脱がせて?」


 園空さんの甘えた声を聞き、僕は思考停止状態に陥り一心不乱に彼女の腰に手を近づけていった。同時に、2つの柔らかなものが頭上に触れる。こっちも捨てがたい。どっちから行こうか、まあまずは――


「音がしたのはここだな」


 僕がタイツの端に手を掛けたとき、ガララと教室前方の扉が勢いよく開いた。僕と園空さんは突然の事態にどうしようもできず、そのままの姿勢で固まった。


「灯りはこれか」


 声で静止することもできず、LEDの白くて明るい光が容赦なく教室を染めていく。パンツの色はピンクだった。前方にある小さなリボンがかわいかった。


「なに!? まさか前戯中か!?」

「いや、あの、これはですね! ってえ!? 小学生!?」

「小学生じゃない! 魔王だ!」


 突然教室に現れたのは、紛れもなく小さな女子小学生だった。魔王とか言っているような気がしたがどう見ても真っ黒な短い髪に真っ黒なワンピースを着ている平凡な顔立ちの女子小学生だった。


「きゃああああああ!」

「ぐはあ!」


 園空さんに頬を思いっきりグーで殴られて後ろの机に後頭部を打ち付けた。なんで!?


「恥ずかしがることはなかろう。動物は皆外でやりたい放題やって子孫繁栄を続けているのだ。むしろコソコソ隠れてやっている人間が可笑しいのだ」


 自称魔王の女子小学生が何か言っているが、園空さんはパニックになりながら服を着始めた。こんなことになるならもうすこし目に焼き付けておけばよかった。というよりなんでこんなことになっているんだ。僕は痛む後頭部をさすりながら立ち上がった。


「君、どこから来たの?」

「こことは異なる世界――異世界から来た」

「異世界?」

「うむ。常識外れで意味不明な技を使う異世界から来た勇者に飛ばされてな。姿もこんな幼女にされてしまった」

「マジで言ってる?」

「正気だ! 我は魔王だ! エビフライ子などと変な名前を付けられてしまったが我は歴とした魔王なのだぞ!」

「エビフライ子? エビフライ!? エビフライでいいの!?」

「ああそうだエビフライ子だ! それが我の今の名前になってしまったんだ! 元の名前は完全に忘れてしまった! あの意味不明な勇者のせいでな!」

「えっと、つまり君は異世界から来たチートスキル持ちの勇者に姿も名前も変えられて、この世界に連れてこられたってこと?」

「そうだと言っているだろう! 馬鹿なのかお前は!」

「本当にいたんだ、異世界転生してチートスキル身につけた人……」

「我に関心を示せ! 我は魔王なのだぞ!」


 もしかしたらこの世の中にいるライトノベル作家には、本当に異世界に転生してチート無双をしている人もいるのかもしれないと思った。だがこのエビフライ子とかいうヘンテコな名前の女の子の言葉を信じるかどうかは別の話だ。こんなのにわかには信じられない。我々は宇宙人だとか喉を叩きながら言っている人くらいに信じられない。


「うーん。悪いけどやっぱり本当にそうだとは思えないよ」

「なんだと! 貴様、我とやる気か!」

「あたし、聞いたことある」


 いつの間にか着替え終わっていつものようなクールな表情に戻っていた園空さんが話に入ってきた。殴られた頬はまだ痛んでいる。お陰で眠気は吹っ飛んだけど。


「同じような変な名前をした小さい女の子で、我は魔王だーって言ってる女の子がいるって。しかも1人じゃなくて、たくさん」

「園空さんがどうしてそれを?」

「お父さんが警察でさ、そういう話が最近いっぱいあるって言ってた」


 お父さんが警察って初めて聞いたな。


 え、ちょっと。まさかそれって。


「ハニートラップかあ!?」

「なんでそうなるの!?」

「だって、警察の娘だし……」

「だからなんでそうなるの! あたしはちゃんと斉藤くんのこと好きだもん! エッチしたいもん! 口裏合わせて警備員帰らせるくらいできるもん!」


 そうか。普通、夜の学校には警備員がいるものだ。だけど一度も出会わなかったがそういう事だったのか。どれだけ本気だったんだ。でもそれなら。


「なんでさっき殴ったの!?」

「いきなり明るくなって恥ずかしくなったの!」


 園空さんは表情が崩れて顔を真っ赤にしている。かわいい。エッチしたい。


「で、我は一体どうすればいいんだ」


 エビフライ子が咳ばらいをしながらこちらを見て尋ねてきた。エッチしたいなんて思ってる場合じゃなかったな。うん。


「色々あるみたい。施設で保護されたり、里親に引き取られたり。まだ存在自体が謎すぎるから対応も決めかねてるって感じ。ぶっちゃけ面倒そうだし正直バレないようにしておいた方がいいかも」

「そうか……。ならば、よし」


 エビフライ子は園空さんの回答に頷くと、小さな指を僕にびしっと突き立てた。そしてはっきりとした声で、高らかに言った。


「貴様、我を養え」

「え?」

「何をとぼけている。こうなれば他に手段はないだろう」

「そうだよ斉藤くん! それがいいよ! あたしと結婚して、3人で暮らすの! 今はまだ年齢が足りてないからダメだけど、将来は必ず!」

「親子、か。それが一番自然だろうな。ふ、まさか今になって我に再び家族が出来るとはな」

「うんうん! そうとなればさっそく明日から一緒に暮らそ! 斉藤くん、ひとり暮らしなんでしょ?」

「そうだけどイヤイヤチョットデモソレハイクラナンデモキュウスギルヨウナキガスルンダケドモソレハボクダケナノ?」

「斉藤くんは……あたしと一緒に暮らしたくないの?」

「暮らしたい……けど……でも――」

「ならいいじゃん!」

「決まり、だな」


 こうして僕は完全に勢いに押し切られてしまった。そしてそのまま3人で真夜中の学校を後にしたのだった。だけどスマホを置き忘れた事を完全に忘れていたので後で僕だけまた取りに戻った。


 そんな訳で現在、僕こと斉藤本太郎は園空つばめさんとエビフライ子と一緒に暮らしています。いくらなんでもリアリティーが無さすぎるというのは百も承知です。ですが実際に起こったんです。信じて下さい。お願いします。これはエッセイで、正真正銘実際に起こったことなんです。


 あと僕の著作も買えるだけ買って頂ければ幸いです。最近食費がかさんで大変なんです。よろしくお願いいたします。


                                 

                      8月2日      斉藤 本太郎

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