空想デア・クラシカー 「洞穴・洞窟」「王」「雨戸」 作・糸乃蜘蛛

Brunno On(100%)

14:00

 3階、VIPルームの外窓に1台。4階、最上段の席には3台。

 4つの眼はゆっくりと開きだした。緑と白の無機質なツートンカラーからぎょろりと覗く黒い瞳。映ったものは1/10に潰され存在感を失う。個々の躍動点を殺しつつ、流線的な美しさを引き立たせるその仕組みは、今の状況を暗示しているかのようだ。


 今日は歴史的な日だ。グローバルとローカル、金と威信、寡頭の資本家と壁となる労働者、懐柔と敵意、目論見と反感、現代に横たわる様々な対立の代理戦争となったこの大きな箱には、世界有数の資本家であるThe Super Leagueの参謀役が鎮座している。情報は外に出ていないはずだが、キッカーかビュルト紙あたりはすっぱ抜いているに違いない。


 そう、この戦争は、物理的なものではない(昔なら火炎瓶くらいは飛んだかもしれない)。戦意が高揚した一般民衆が西ヴェストファーレンの広場パルクに押し寄せたら最後、彼らは敗北する。彼らは、勝ちたいのであれば、家から一歩も出ずに、耳をふさいで蹲っていればよい。


 しかし、その忍耐は並大抵の努力では為せないだろう。


Brunno Working(62%)

17:45

 挑戦者、シュバルツゲルプが牙を研いでいるところに、真っ赤なバスディエ・ロッテンが来訪する。下りてくるのはドイツの軍曹、ドイツの皇帝、ドイツの狼男、フランスのナイフ、オランダの超特急、スペイン系の闘牛士に、ドイツの爆撃機。彼らでさえBrunnoの眼には赤い何本かの線としか映っていないのだろうか。


 FCハリウッドとも南のケーニヒとも称される彼らは、雑念を振り払おうとしているかのようだった。その機微は、The Super Leagueが歓迎しないものだろうし、Brunnoが映さないものだ。途端に沸き起こった、Brunnoを蹴り落としたい衝動は、一台1000ユーロの現実を前に消えていく。やはりすべてを解決するのは金なのか。


Brunno Working(41%)

19:55

 岩石を模したゲートには赤の戦士、黄色と黒の挑戦者、合わせて22人が集まっていた。彼らは一様に苦いものをかみしめたような表情で、「洞窟」の先の光を見つめる。


 世界一を誇るHeja BVBの大合唱はない。目に染みるようなカリーブルスト(カレー風味のソースをかけたソーセージ)の香りもない。2万人の黄色い壁から雨戸のようなネットに降りかかるビールの飛沫もない。


 そんなものがフスバルなのか?これが伝統ある最高峰の試合デア・クラシカーなのか?


 皇帝デル・カイザーとフォアリベロが二言三言言葉を交わす。着ている色は違えども、彼らの思っていることは同じだった。


Brunno Off(32%)

20:45

 The Super League開幕節は、観客動員数0人、選手の試合続行意思無しと公式発表が為され、予定開始時刻から45分をもって試合不成立が宣言された。Brunnoの瞳を閉じながら、私は記録ディスクをそっとコートの内ポケットに放り込んだ。


 試合は行われなかった。戦争は市民の大勝利に終わった。


 この映像に、芸術的価値は微塵もない。線を描かないタイムラプスなど、ビール無しのブラートブルスト(焼きソーセージ)のようなものなのだから。しかし、何も起こらなかったこと、特別な日が特別でなくなったことが記録されたこの映像の、文化的な価値は計り知れないだろう。


 ほとんど何も映っていない映像に4000ユーロくらいは価値があるだろうか。そんなことを考えながら、私は4台のBrunnoを床に蹴り落してまわったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る