命の危機にさらされたり婚約破棄されそうになったけど、物理の力を極めていたのですぐに解決しました

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「ノエルちゃん。社交界に出る前に注意しておくことをたくさん話しておくわね。貴族はライバル、飢えたハイエナよ。決して誰も信用してはいけないわ」

「そうだぞノエル。パパもママも、昔は色んな人に騙されたり、はめられたりしたかな。おかげで今ではすっかり用心深くなったが。ノエルには苦労してほしくないんだ」


 私の愛すべき両親は、事あるごとにそう言って来た。

 社交界に出る前に、可愛い娘がおっかない連中の餌食にならないようにと、心配してくれたのだろう。


 両親の過去話はどれも悲惨な物ばかりだった。以前はとても人の良い人格だったのが分かったが、それが必ずしも良い事ではないのだとも同時に思い知らされた。


 だから、私はとある結論に達したのだ。


 この世で、誰かに利用されないために、弱肉強食の貴族界を生き残るためには、何が必要なのか。


 物理だ。


 物理こそが最強の力だと思う。


 お金の力も、権力の力も、それなりに大事だと思う。


 でも結局はやっぱり物理。


 どんなに立派な人でも、強い人に殴られたら死んじゃうし、お金を配っても味方してくれない人だっているもの。

 ご機嫌をとったって人の心は分からない。ころっと寝返っちゃう可能性があるし。


 だから、生き延びたいなら自分が強くなるのが一番。


 この、陰謀渦巻く貴族の世界では、自分が強くなる事以外に、生き延びる方法などないわ!







 私はノエル・フロイヤー。


 良いところのお嬢さんである。


 自分の事を良いところのお嬢さんというのは、ちょっと恥ずかしいけれど、実際そうなのだからしょうがない。


 事実は正確に言わなくちゃいけないものね。


 しかも私は可愛いし、優しい。


 誰もが惚れてしまうような天使のような存在だ。


 だから、否応にも面倒事に巻き込まれてしまう。


 けれど、争いあう気持ちもわかるわ。

 私をめぐって喧嘩が起きてしまうのは仕方のない事。


「ノエルちゃんは、俺のものだ!」

「いいや、ノエルちゃんは僕のものです」


 幼馴染の男の子達が今も目の前でやんややんや。


 でも、そういうのを放っておくと、調子にのって悪さをしてしまうから、制裁してあげなければならない。


「喧嘩両成敗!」


 だから、愛の拳骨をお見舞いして、二人いっぺんに沈めておいた。


 一撃で撃沈だ。


 グーで。


(ちなみに、ときどき私の可愛さに嫉妬して、女の子達がつっかかってくる事があるけれど、ちゃんとその時は手加減してビンタにしてる)


 すると、先ほどまで喧嘩していたというのに、なぜか幼馴染二人は、腫れた顔を突き合わせて分かり合った顔をしている。


「なあ、いつからノエルちゃんは脳筋になったんだ?」

「俺達、女の子に負けたのか。まず自分を鍛えなおさないとな」

「「ノエルちゃんを守る男になるために」」


 よく分からないが、喧嘩を止めたのは良い事だ。


 私の物理が効いたのだろう。


 物理の力は偉大だ。







 お金持ちは、身代金目的で攫われることがある。


 だからどこかに移動する時は、護衛の人が付いていることがあるのだが、いつもそうであるとは限らない。


 人材が見つからない事もあるし、いたとしても個室の中や家の中までは守れない。


 だから、


「あっ、ノエルちゃんが攫われているぞ!」

「なんて奴だ。早くノエルちゃんを助けにいかないと!」


 たまに盗賊っぽい人に攫われるんだけれど。


「ふんっ」


 ドゴッ。


 やはり物理の力は偉大だ。


 襲い来る盗賊・野盗・誘拐犯。その他もろもろをちぎっては投げ、ちぎっては投げてやった。


「あなた達、ぜんぜん手ごたえないわ! 鍛えなおしてきなさい!」

「「ノエルちゃんつぇぇぇっっ!!」」







 これだけじゃない。


 物理の力はまだまだ役に立つ。


 それは、お嬢様学校に通っている時の事だった。


「あっ、上から外れた窓枠がっ」

「えいっ」


 バキっ。


「倉庫の鍵が壊れて閉じ込められたぞ!」

「そいっ」


 ベキっ。


「飼育小屋の狂暴な鶏が逃げ出したぞ!」

「とりゃ」


 コケェっ。


 色々な出来事がありすぎて、ちょっと早送りしてしまったが、大体似たような流れだったので問題ないと思う。


 物理の力は色々な面で役に立った。


 そのたびに周囲にいた人達が距離をとって、離れていくんだけれど、私の物理の力が過ぎすぎて直視してられなくなったのかもしれないわねっ。


 たまには困る事があったけれど、それも物理の力を極めればなんとかなったわ。


「くそぉぉぉ、何で俺達が人質にされるんだよ。こういうのはノエルちゃんが人質になって、俺達が助けるのが普通だろ!」

「うぉぉぉっ。ノエルちゃん! 俺達の事は気にしないでくれ。自分で何とかするから! あの割と本気で男のメンツが危ないというかなんというかっ!」


 それは、校内に侵入した不審者達の手によって、クラスメイト達が人質に取られてしまった時のことだ。


「俺はもうお先真っ暗だ! お前達も道ずれにしてやる!」


 お嬢様学校だと、たまにこういう輩が侵入してくるのよね。


 うちの学校、防犯設備大丈夫かしら。


 しかも、校内の各所には爆発物が仕掛けられているという問題も起きた。


 ちょっと手ごわい。


 でも、大丈夫。


 物理があれば。


 私は、犯人の一人を物陰に引きずり込んでボコボコにしたのち、校内にある爆発物の数を聞いて、全部を壊していった。


 その後、クラスメイト達を人質に取っていた犯人、五、六人をまとめて襲撃。


「人質の皆、伏せて!」


 会議室にあった、二十人くらい並んで座れる長テーブルをぶん投げて。犯人たちをまとめて撃破した。


「テーブルなげたぞ! それも三連続で」

「犯人たちが、あっちの端からこっちの端まで飛んできたんだが!」

「きゃぁ、壁とテーブルに挟まれて人が潰れてるわっ!」

「物理令嬢だ!」


 解放された生徒達は、どよめきながらも一応喜んでくれた。(その中で、幼馴染の男の子二人だけが虚ろな目をしていたが)







 そうそう、その一件で物理令嬢というあだ名を頂戴することになった私には、婚約者ができた。


 やっぱり物理の力が幸運を運んできてくれたのかしら。


 今まで縁談らしい縁談がなかったけれど、人を助けるまで物理の力を極めたら無視できなくなったみたいねっ。


 私の体からあふれ出る魅力に、さらに磨きがかかったのかも。


 喜んで婚約を結ばせてもらったわ(それにともなって、幼馴染の男の子が「うっ、嘘だろ!」「俺達のノエルちゃんがっ」という顔になっていたが、おそらくいつもの事なのでそっとしておいてあげた)。


 でも、その人なぜか私とあまり話したがらないし、一緒にいたがらないのよね。


 近づくとその分距離を取られるし、何か話しかけるとびくっとされる。


「婚姻さえ結べば後は別に、かまってこないで」とか言ってたけど、愛のない結婚ってあるの?


 婚約したら、みんなお互いの事を好き合うって思ってたけど。


「のっ、ノエルちゃん、物理しか極めて来なかったからこんな恋愛に鈍くなって」

「いや、待て! それならまだ望みはある! これから頑張れば俺達に振り向いてもらえるかもっ」」







 そんなこんなで婚約者ができたものの、色恋に関係する出来事に縁がないまままま生活していった。


 しかし、卒業間近という時期に事件が起きた。


 それは、皆で卒業式の準備をしていた時の出来事だ。


「婚約破棄だ! 彼女を虐めていたそうだな。そんな奴とはもう結婚できない!」


 普段は大人しい婚約者が、なぜか真っ赤になって、そんな事を言って来た。


 彼は、はかなげで頼りなさそうで、弱そうな女子生徒を横に置きながら私を糾弾してきた。


 彼が言うには、私がその女の子を虐めていたから、婚約を続けられないというらしい。


 机の中にゴミを入れたり、私物を隠したり、体操服などに落書きをしたりしたとか言われた。


 でも、私はそんな事していない。


 だって気に入らない人間がいたら、いつも物理で殴り飛ばすし。


「ノエルちゃんがそんな事するはずないだろ。立ちふさがる奴はどんな時でも、物理で殴り飛ばしてきたノエルちゃんが!」

「そうだそうだ! 野盗だって誘拐犯だって殴り飛ばしてきたんだからな! 今さらそんなみみっちい事するわけがない!」


 だから、幼馴染二人がそう反論すれば、周りにいた皆も「確かに」「そっちの方が説得力ある」という顔になった。


 そう、物理の力は偉大なのだ。


 だから、私がそんな頭を使うような嫌がらせするわけないじゃない。


 私は近くにあった折り畳み式の椅子をぐしゃっとしながら、婚約者に問いかけた。


 これで信じてくれるはずよねっ。


 あっ、でも学校には後で弁償しておかないと。


「私は何もやってないわ。だから、もう一度しっかり調べていただける?」

「ひっ、ひぃぃぃぃ!」


 でも「女の子のために怒れるのはちょっと見なおした」って言おうとしたのに、もうどこかに行っちゃったわ。






 ちょっとトラブルがあったものの、きちんと婚約者は嫌がらせ事件を調べなおしてくれたみたい。それで、私に対する濡れ衣を晴らしてくれたらしい。

 一体だれが女子生徒を虐めるなんて事をしたのか分からないけれど、犯人はしっかりとお灸をすえられていてほしいものだ。


「いや、普通にノエルちゃん、はめられたんだと思う」

「犯人が分からないノエルちゃん。もうそれでもいい気がしてきた。ずっとノエルちゃんには純粋でいてほしい」


 その後、なぜか婚約者と会うたびにしきりに「あの、婚約かいしょ。いえ、何でもないです」と言われる事が多くなった。(しかもなぜか婚約者や頼りなさそうな女生徒が、全校生徒から白い目で見られる事が多くなった)


 婚約者が「こん……」とか「こんや……」とか言うたびに幼馴染二人が「もっとはっきり言え」とか言ってるけど、何か私に言いたい事でもあるのかしら。まあでも、たぶん大した事ないわよね。


 大切な事だったとしても、その内はっきり言ってくるだろうし。


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