狂街区
三兎
1:覗き未来
突然のことだった。横断歩道を渡るとき、一瞬だけ自分が轢かれたような映像が見えた。
痛みは無かったがやけにリアルで、寒気が走った。
流石に怖くて、立ち止まると、前を通った車は信号無視をした。
それから、1日に3回程度だろうか、同じようなことが起こるようになった。
すれ違う人と肩がぶつかる映像を見たから、横にずれた。
蛇が出てくる映像を見たから、道を変えた。
いつもこの映像は自分を守ってくれた。
しばらくして、私はこの現象を操れるようになった。
能力者にでもなった気分だ。
どうやらこれは未来が見えているらしく、見たいと思えば未来を見れることになる。
しかし、見ることの出来る未来は数秒後だけのようだった。
使い道はそこまで多くはなかった。それに、酷使すると頭痛がするし、目眩がすることもあるから都合はよかった。
「電車…か…」
思わずため息をついてしまった。
無事高校に進学することになった私だが、少々学力が低く、ギリギリ入れた所は電車でないといけないほど遠い場所だった。
「しょうがないでしょう?アンタがバカなのが悪いのよ」
娘に向かってその言い方はないだろう…
「てか、アンタそろそろ髪切ったら?いっそのこと髪型変えちゃお?それにもう高校生になるんだからもっと社交的に…」
「はいはい、笑顔、でしょ」
笑った。つもりだった。
「…相変わらず下手くそ」
「ひど」
まぁそうだろうとは思ったが。
「…」
多分ずっと口開いてた。これが満員電車というものなのだろうか。
今からこんなところに入ると思うと寒気がする。
「…はぁ」
私はゆっくりと足を進めた。
「…一応」
私は見た。あれからもう少し長く見れるようになった。
見えた未来は至って普通だった。別に誰かが飛び降りる事もなければ、痴漢も起きなさそうだ。
「これが…毎日続くのか…」
やだなー。
「……………………う」
あ。声出ちゃった。そりゃぁサラリーマンのおっさんが隣にいたら気持ち悪いことこの上ない。
まぁ人間大概気持ち悪いが。
(偏見だけど…痴漢するなコイツ)
私は見てみた。どうせやるだろうと思って。
しかし。見えた映像の中で、男はポケットから何かを取り出した。
拳銃。
出したところで映像は途切れた。テロか何かか。
「っ…」
そんなことはどうでもいい。早く逃げないと…
「すいませっ…ちょっ…」
私は人混みを掻き分け隣の車両に移動した。しかし男も同じようにこっちに来ていた。まさか…
見てみれば、私が首を締め上げられ銃を突きつけられている映像が見える。なるほど、人質か。
私は逃げ続けた。何度逃げ何度見ようが私は人質となっている。頭痛が酷い。
気づけば私は一番前の車両にいた。もう目の前は運転席だ。
やはり人質の未来が見える。
しかも、そこで私の体力は尽きた。使いすぎて、もう見えなくなってしまった。頭痛と耳鳴りが激しく、視界は暗くなってきた。
私の後ろに男は回ってきた。そしてやはり首を締め上げられ、拳銃を突きつけられるのだ。
周りは騒然としている。
「おい…コイツがどうなっても…」
「…?」
男は突然黙り、ゆっくりと後ずさりしていく。
「お前ら…何もすんじゃねぇぞ…」
そして連れていかれたのは運転席。
「おいお前ら…コイツを死なせたくなけりゃ代われ」
「…!?な…何して…」
「待て………君、その子を離すんだ…」
「だったら代われっつーの」
私に突きつけられている拳銃が動くことはなかった。
もう未来を見ることはできない。
私は死を覚悟していた。この男の言動からして、運転を代われば暴走する。代わらなければ私が撃たれる。どっちにしろ死ぬ運命なのだ。
結局運転士は無理矢理代わらされた。予想通り、男はだんだんスピードを上げていく。
「ちょ…ちょっと!君…やめなさい!」
「うるせぇ!俺はなぁ…この電車をぶっ壊せればそれでいいんだよ!」
「なんでそんなことを…」
「ムカつくんだよ…いっつもいっつも人の家の前でガタガタ言わせて!コイツのせいで音はするし人も多いしウゼェんだよ!」
「…なんだよ…それ…」
「もういい…俺が死のうがなんでもいい!コイツのお陰でここまで来れたしな!もうどうにでもなれぇ!!」
電車は酷く揺れていた。
「………!?」
突然、私は運転士に抱きかかえられた。
「今から、君を投げる。頑張って生きるんだ」
「え…ちょっと待っ」
ガラスの割れる音と共に、私は電車から放り出された。
草むらの周辺を走るところを狙っていたのだろうか。
私は草むらに落ちた。
その直後、電車は脱線し、転がっていった。
窓から人が放り出され、車両に潰されていく。
呆然としていた。
さっきからずっと気になっていた。
「コイツのお陰でここまで来れた」
それは、私が運転席まで逃げたからなのだろうか。
私が未来を見たからなのだろうか。
私が逃げなければ、ここまで事態は大きくならなかったんじゃないか。
私がいたから。
私のせいで。
私のせいで、沢山の人が、死んだ。
それって…
「最高に楽しいじゃん」
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