第87話 諒子社長、「老鶯文学賞」選考委員として授賞式へ


 

 同日午前10時。

 10年前から選考委員を務めている諒子社長の付き添いで、文花は『老鶯文学賞』授賞式の会場にいた。伝統ある地方文学賞の会場は市内の老舗割烹と決まっている。


 選考委員控室には委員長の牧田毅、委員の出口鼎と石岡禎子が先に到着していた。


「あらまあ、みなさん、お早いんですね。地元が一番遅くて、申し訳ございません」

 諒子社長が詫びると「年寄りは朝が早くてね。前泊だし、いささか時間を持て余しましてね」傘寿を迎えた牧田委員長が、取りまとめ役らしく鷹揚に応じてくれる。


 40代半ばにして胡麻塩の髭面、一見多国籍風の不思議な服装の出口委員も、

「今年も車で来ましたが、都内の渋滞が少なくて、案外スムーズに着きましたので」

 鬼面人を嚇す風貌とは裏腹に、極めて如才のない相槌を打ってくれた。


 だが、男女半々の比率からしても本来なら加勢して然るべき石岡禎子委員だけは、サッカーボールのように嵩のある丸顔を少しも弛めようとせず、「聞いてよ。わたしは昨日、雑誌の取材で山の温泉泊まりだったんだけどね、すわ遅参かと息せききって駆け付けてみればこれでしょう? もう、いやになっちゃう」平然とうそぶいた。


 ――って、あんたねぇ、何歳年上の先輩に向けて言ってんの?!


 その、えっらそうな態度はなんなの?!

 多少中央文壇で名が知れているからって、鼻持ちならない傲岸不遜ぶりはなに?!

 SNSで拡散してやってもいいんだからね!!


 大事な母に付き添っている文花の全身を、稲妻のような怒りが一瞬奔り抜けたが、当の諒子社長自身は、亀の甲より年の劫とて人間が練れているのか、それとも、毎年一度の強圧の洗礼に慣れざるを得なかったのか、少しも動じる様子を見せなかった。


「お忙しい先生方が東京からお越しくださっているのに、お迎えする地元がこれでは面目至極もございません。以後、十分に気を付けますので平にご容赦くださいませ」


 心から恐縮する諒子社長に、牧田委員長が助け船らしきものを出してくれる。


「いやいや、当節のきびしい出版事情では、われわれのような部外者には想像もつかないご苦労がおありなのでしょう。みなさん、仲よく呉越同舟と行きましょうや」


 はぁ? それって、委員間の敵対関係を暗に認めたわけ? 

 それより、作家として、どうなの? 四字熟語の遣い方。

 ……ま、年に一度だから、どうでもいいけどね。(~_~)


 渡されたボールを即座に次の人にまわすように、文花はさっさと心の片を付ける。

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