第九話

 9:

 そのまま燕と一緒に倒れ込む。

「お兄ちゃん!」


 仰向けになった体の上に、燕が覆い被さるように乗っかった。


「お兄ちゃん! 私はここだよ! ここにいるよ! なにやってるのお兄ちゃん!」

「つば……め」


 呆然としてしまう。

 なんでここに……。


 妹が一心不乱に、大声で叫んだ。


「こんな場所に私はいないよ! お兄ちゃん、私を守るって言ったよね! これからも一緒だって! 一人じゃないって! なのになんで……なんでこんなところで、何でこんなことしてるの! どうして……」


 ぽろぽろとこぼれだした燕の涙が、顔へと降りかかり、濡らしていく。


 熱い。


「こんなところにいたって、私は守れないよ! 一緒にいられないよ! 私はここにいるんだよこんなところじゃないんだよ! 」


 ――また泣かせてしまった。俺が燕を、泣かせてしまった。

 燕の声が、沁みる。


「……そばにいてよ! お願いだからそばにいて……私を守ってよ。お兄ちゃんは……お兄ちゃんは一人ぼっちじゃなくて……私がいるから、お兄ちゃんだって一人ぼっちじゃないんだよ!」


「――っ!」


 ひどく、妹の声が体中に沁み渡る。


 沁み渡って目からあふれてきそうだった。


 まぶたがひどく熱くて顔が歪むほどむ。


「お願いだから――」


 燕の背後を見て、はっとなる。


「燕!」


 とっさに燕の頭を抱えて転がった。


 自分と燕が一瞬前までいた地面が、鉄パイプで激しく打ち鳴らされる。


 今度はこっちが燕の上に覆い被さった。


「なめやがってえええええええ――」


 大声は大柄特攻服の男だった。


 逆上した叫び声で、大柄特攻服が鉄パイプを振り上げて――


 燕に覆い被さったまま、動けない!


 避ければ燕に当たる――


 大きな鈍い音!


 音は聞こえなかった。しかし、この一撃が頭に直撃したことだけは分かる。


 もう一撃!


 さらにもう一撃、今度は背中。


 滅多打ちにされて……痛みは遠くに感じていた。


 胸の中に納まっている燕の叫び声が、耳に入ってこない。


 叫んで叫んで、「もうやめて死んじゃう!」という声が……ぼんやりと。


 燕の頭の上の地面に、赤い液体が滴っていた。


 自分の、血か――痛みは、無い――


 だが、これだけは離さない。


 離してなるものか……こいつ、こいつだけは……。


 俺の、俺の妹……俺の半身。

 もう一人の……俺。


 絶対に、離さねぇ……守りきる!


 意識が途切れ途切れに。 


 秦太郎の「てめえええ――」という雷鳴が、耳に無理やり入ってきた。


 来たのか、兄弟。


 そうか……。


 これで……これで……。

 ………………。

 ………。

 意識が、途切れた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


「つばめー、つーばーめ」


 妹がどこにもいない。

 あたりを見回しても、どこにもいない。


「つーばめー」


 言い方を少し変えてみてが、まったく見当たらない。


「おにーちゃん」


 とつぜんに、すぐうしろから声が――


「りゅうのすけにーちゃん、いったいどこさがしてるの?」

「おまえ、どこにいたんだよ」


 十一才の龍之介がぼやいた。

 五才の燕が、きょとんと。


「ここにいたよ?」

「ここって、どこにいたんだ?」

「だからー、ずっとおにいちゃんの後ろにいたんだよ」

「うそつけ、いなかっただろ」

「いたよ! ずっとおにいちゃんの後ろにいたんだからね!」

「ああそうかー、おまえちっさいからなあ、見えなかったのか、そっかそっかー」

「なんだとー! しつれいな!」


 ぷんすかぷんすかいかりしんとうの燕。


「つばめちっさくないもん! ほんとうに後ろにいたんだもん! おにーちゃんが見えてなかっただけなんだもん!」


「やかましい」


 龍之介が、燕のあたまをはたいた。


「いたい! たたくことないじゃん!」

「うっせぇ、とっととかえるぞ」

「たたいた! たたいた! いたかった!」

「はいはい、すまんすまん」


 あたまをおさえる手の上から、龍之介が燕をなでてやる。


「もうかえるぞ」

「……うん」


「ほら」


 燕がまだすねてぶうたれたかおをして、龍之介に手を引かれてあるき出す。


 手をつないで、よこにならんだ兄と妹。


 龍之介と燕。


 夕やけ空、あかね色。

 二人が同時に空を見上げて、遠くへ向かって――

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