第六話

 6:

 そして、結局のところ。


「ここどこ~ぉ?」


 足をふらふらさせて、さらに残り少ない体力を残して……迷っていた。


 うんざり気味で情けないと思いつつ、半泣きになった顔が隠せない。というか、隠す気力が出なかった……。


 言われた通りに真っ直ぐ走って逃げた。そしてもう暴走族集団が追ってこないのを確認すると、ここはどこなんだ? と、自分のいる場所がさっぱり見当も付かなくなっていた。


 右も左も、どっちからどこへ行けばいいのか……。

 結局のところ、せめて帰る方向へ足を伸ばすには、来た道を戻るしかなかった。


 どのくらい時間が経ったのか? どのくらいしか時間が経っていないのか? そもそも、危ない人達に絡まれて逃げおおせて、ほとぼりが冷める時間ってどれくらいなのだろうか?


 今見つけられたら、確実に逃げ切れない。


 そう思いつつも、知らない町の知らない場所で途方に暮れた孤独感に負け、ふくらはぎとか足の裏とかの疲れに耐えながら……来た道を戻るしかなかった。


(今日は、町に出たら暴走族にしつこく追い回されて、さらにチンピラさんに曲がり角でぶつかりました。まる)


 普通、こんなか弱い女の子が曲がり角でぶつかるといったら、遅刻しそうな朝に食パンを口にくわえながら同じ学校の男子生徒と衝突するっていう、死語みたいな定番であるはずなのに。角を曲がったら警察二十四時パート2がいらっしゃいしていたなんて。


 というかね。


「ほんとここどこ~」


 もう十五歳だけど、ここでぐすぐす風船でも持って泣いていたら、とりあえず助かるだろうか?


いいやなんとなく、大きい女の子がそんなことしていたら、警察二十四時のパート3くらいがやってきそうだ。今度は普通そうに見えるだけの、変態的に子供好きなおっさんとかが……。


 ――そして、思いっきり走り回って充実したような空気を見せているこの子犬。


「…………」


 なんて爽やかな顔してやがるんだ。


 憎らしい。


 状況を悪化させたのがこの犬――いやいや、それはいけませんいけません、疲労困憊でかつ弱いいたいけな女の子(自分)は、たとえこうなったとしても子犬に怒ったりはしません。


 ちょっとばかり現実逃避しながら周囲に気を配りつつ、なんとか秦太郎さんと会った場所まで戻ってこれた。だがここから先も、めちゃくちゃに逃げ回ったためにまったく帰路が分からない……。


 と――


「ひっ!」


 突然、手前にあった曲がり角――じゃなくて建物の隙間から、先ほどの暴走族が一人飛び出してきた。


「ちっ、くそ!」


 こちらを一瞥すると、暴走族の一人が舌打ちをして走り去って行く――

 走り去られたから気づいたが、顔もボコボコで立派な特攻服も汚れていた。


 ――何なの?


 さっきまでしつこく追い回してきた暴走族。走り去っていった方向を呆然と眺めてから……逆方向の、飛び出してきた路地裏のような隙間を見る。


「…………」


 ごくり。


 薄暗い其の奥をそろそろと覗き込む。

 その奥で人の気配。大きな物音とか大声などは、聞こえてこない。


 秦太郎の顔を思い出し、次にずたぼろになって逃げていった暴走族の一人をもう一度思いだし、ひょっとして秦太郎さんがこの奥で、警察二十四時の番外編みたいなことが?


 気がつくと自分の度胸に驚いた。ふらふらと、薄暗いその先へ足を赴かせている。ただ単に、疲れ切ってふらついただけかもしれないし、うまく回らなくなった頭のまま何も考えずに入ってしまったのかもしれない。


 薄暗い中で、何とかその先が見えてきた――。

 手前に二人の背中、片方はスーツ姿……秦太郎さん。

 もう片方は、羽織のようなものを肩にかけている。

 その奥には、折りたたまれて山の字に積み重なっていた……先ほどの暴走族五人だ。


 さらにその奥には、小太りと長身の二人――角を曲がってぶつかったチンピラさん二人組みだった。


 薄暗い場所で、隠れるように……ボコボコにされた暴走族。先ほどのチンピラさん。秦太郎さん。そして――


「あ、アニキ」


 一番奥にいたチンピラの一人、小太りな方がこちらに気づいた。しかし、逃げたくなるような危機感は――無かった。


 紫の羽織の背中には、目がぎょろっとした緑の龍の刺繍、


 ――が振り返った。


 振り返った男の姿を見て、今までの事が頭の中で吹き飛んだ。


「…………お兄、さん?」

「つばめ……」


 視界の端にいた秦太郎が、ちいさく「あちゃ~」と呟いて頭を抱えていた。


 朝方兄は、トレーナーとジーンズというラフな格好と、なぜか靴ではなく草鞋を履いて出て行った。


 その兄が、ぼろぼろになった暴走族たちを囲んで、チンピラ二人と秦太郎と一緒に

 ――そこに居た。


 生き別れの兄は――だった。

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