第二話
2:
幼い頃の夏の日
自動販売機の下の隙間をあさった。
じりじりと焼けるような日差しが肌を焼く。くたびれたシャツのすそから、白い肌と焼けた肌の分かれ目が見える。
暗く空気のよどんだ隙間に手を伸ばしていると、頭の後ろと首筋にバチンとする痛みがして、立て続けに自動販売機にカンパチンという硬い音が鳴った。
振り向かなくても分かる、いつもの喧嘩相手の奴らが、エアガンで撃ってきたのだ。
わいのわいのと楽しそうな声が複数。さらにバチバチとプラスチックの玉が飛んでくる。
それを無視して――
「お」
あった。百円だった。ラッキー。
自動販売機の下に落ちていた百円玉を短パンのポケットにしまいつつ、立ち上がる。
「さて、と……」
その後で、先ほどから買ったばかりのエアガンでこちらを的代わりに撃って楽しんでる奴らへ――走って向かっていって、飛び蹴りを食らわせる。
まず最初の一人は、その蹴りで、背後にあった大き目の溝川へ落としてやった。
神社の賽銭箱は駄目だった。
谷になっている板口に、粘着テープをくっつけた棒でかき回していたら、ポッキリと折れてしまい、盗みがばれてしまった。
最近はもっぱら自動販売機だ。
みんみんじりじりじじじと、せみと夏日がうっとおしい。喉もからから、汗もべっとりで、シャツが水をかぶったように濡れ切っていた。
集めた小銭をポケットから取り出して数を確かめる。
――三百八十五円。
五円は幸運にも、今日最初の自動販売機へ向かう途中で拾ったものだ。やっぱり今日は幸先が良かった。百円があったから。
これで二千四百六十三円。まだ遠い。
学校で流行っているスーパーファミコンのゲームソフトがある。しかし、買ってくれる人も、小遣いをくれる人もいない。
……でも、欲しい。
クラスはその話で持ちきりで、そのゲームの下敷きを持ってる奴のそれを見て欲しくなった。
絵がかっこいい。今でも目に焼きついて思い出せる。
そういえば、朝から自動販売機あさりで、何も飲んでなかった……。
コンビニエンスストアを見つける。
中は涼しい……でもこの前、ずっと漫画を読んでいたら追い出された。
それ以来、漫画を見に入るだけで店員のおっさんが目を光らせてきて、すぐにでも追い出されるようになった。
――今日集めた三百八十五円。
ジュースとお菓子が買える。しかし買ったらゲームソフトが遠のいてしまう。
少し歩けば中に入れるコンビニエンスストア。
じっと見つめてから、少し離れた場所にある神社の手水舎の水で我慢することにした。
先日賽銭箱を荒らした神社へ向かう。
働けばお金が入るものだと気づいた。
だから毎日知らない爺さんが、一人でやっている畑の雑草を取って、溝川から水を汲んで撒いてやった。
これだけ働いてやれば、あの知らない爺さんも助かったと喜んで、給料をいくらかもらえるだろう。
あわよくば、欲しいものを感謝で買ってくれるかもしれない。そうすれば今まで集めた分が丸儲けだ。
思わずにやりとしてしまう。
しかし――
ものすごい勢いでその知らない爺さんに怒鳴られた。
雑草かと思えば、育てていた畑のたまねぎもいくつか引っこ抜いてしまっていたらしい。
撒いてやった溝川の水には藻が混じっていて、撒きすぎたためにびしゃびしゃに、さらに踏み荒らしてしまったためにさらにぐしゃぐしゃに。
それで「働いたから金くれ」と言ったら、ゲンコツをもらった。
ゲームショップの前に立つ。あれからさらに三百二十三円増やした。
もう何度も、むしろ習慣になったぐらいに、毎日眺めに来ている。
と――
中古品セールというものをやっていて、ワゴンの中に中古三千百円と値札をつけられたゲームソフトがあった。
欲しかったゲームソフトだ!
――だけどちょっとだけ、足りない。
手にとってレジへ行き「まけてくれ!」と店員のおじさんへ勢いだけで(はたから見れば駄々をこねているようにしか見えない)ひたすら頼み込む。
……そのねばった末に、何とかおまけしてもらえた。
やっと手に入れたゲームソフト。ようやく俺のものになった。
帰ってやろう、たくさんやってやる。
帰り道――ドアを開けたら部屋一つしかない家が、帰るのがとても楽しくなっていた。
家について、靴を脱ぎ捨てて、敷きっ放しの布団を珍しく二つ折りにたたんで、
散らかった教科書や文房具には目もくれず、
買ってきたばかりのソフトの封を開ける。
どうやってやるのだろうか? 何が起こるのだろうか?
きっと中に、あいつらが持ってるゲームボーイとか、ゲームウォッチとかいうのが入っているに違いない。
「なんじゃこれは?」
あけてみたら、思っているのとは違った。灰色の四角いものが入っていた。
説明書が一緒に入っている。手にとって、穴が開くぐらいに目を通す。
もくじ、ストーリー、操作方法……最後に、
この商品をプレイするのには、別売りの『スーパーファミコン本体』と、コントローラーと電源アダプターとテレビが必要――
「…………」
テレビ、ゲーム機……。
部屋にこの二つは無かった。
あるのは二つに折りたたんだ布団。散らばった学校の教科書。喧嘩相手からの戦利品(エアガン)
テレビも、スーパーファミコンも、どこにも無い。
「…………」
説明書を放り出して、買ったばかりのゲームソフトを箱ごと蹴飛ばす。
疲れた。すごく疲れ果てて、少し離れた場所にある叔父さん叔母さんの家から届いてくる夕食も食べられなかった。
学校で、あいつらにこう言われた。
「おまえ、スーファミ持ってないのにソフトだけ買ったのか!」
「ばっかじゃねーの!」
げらげら声で、目が熱くなってきた。
「こら! きみっ!」
失敗した。すぐ手に掴んで外へ出ればと思ったが、ドアに勢いをつけてぶつかってしまって、店の出入り口で捕まった。
先日のゲームソフトを値引きして買わせてくれたゲームショップの前。脇にはスーパーファミコンが入っているはずの大きな箱――これとテレビがあれば!
「やりたいんじゃ! これが欲しいんじゃ!」
「これはただの見本だよ! 中身は空っぽだよっ!」
「うそじゃ!」
「嘘だと思うなら開けてみなさい!」
掴まれていた手が汗ですっぽ抜けて、前のめりに転ぶ。膝と肘が粗いアスファルトで擦り剥けた――落としてしまったスーパーファミコンの箱。
落ちた音は、ことんことことんと軽い。空箱のように。
言われたとおりに、箱の中を開ける……空っぽ。空箱だった。
「――ッ」
泣いた。大声を上げて。泣いた。
暑い中、必死に金を拾い集めて、水で我慢して、頑張って……
――なんであいつらにはあって、俺には無いんだ。
何で無いんだ。
飛高龍之介、小学三年生の夏。
それから龍之介は一度テレビが嫌いになり、現在はどうでもよくなった。
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