第101話 天才・東奈光からの助言!




カキイィィーン!!!




「これで100球か。毎日こんなに早く起きて打撃練習するのもなんだかんだ8年位になるのか。」




俺は日課で毎日100球は打撃練習を欠かさない。


変化球、ストレートをゴロ、ライナー、フライで内外野自分が狙って打つ。

自分の理想のフォームでバットに当てる位置だけをやや芯下、やや芯上、真芯を繊細なバットコントロールでそれを繰り返す。




「やぁやぁ。少年朝から精が出るねー!」




「姉ちゃん。久しぶり。」




俺の真後ろに現れたのは去年10球団1位指名されて、抽選の末NNTコドモフェアリーズに入団した東奈光。



今年の前半戦を終えて、60戦で投手として先発するときはDHを解除して4番ピッチャーとして最後まで投げきる。


中5でフル回転で、登板して2日空けてDHとして4番で出場していた。



打者成績

打率.441、本塁打19、打点59、盗塁12


投手成績

11登板9勝0敗、投球回数72回1/3、防御率0.871、118奪三振。



打率は規定打席に乗っていないため本塁打、打点共に二冠。

投手成績は最優秀防御率、最多勝、最高勝率、最多奪三振の投手四冠をぶっちぎっている。



高校の時最大のライバルだった斎藤帆南選手との直接対決で3勝0敗で、ホームランも3本打っていてそのおかげか投手成績には誰も手をつけられそうにないみたいだ。




「姉ちゃん投手四冠、打者として三冠王でも狙うつもりなの?流石にそれは無理じゃない?」




「別に難しい事じゃなくない?打席はあと少しだけだから、規定に乗るように試合出て三冠王も取るし、投手四冠も取るし、シーズン打者、投手MVPを両方取って、日本シリーズMVPもとって最後には優勝もね。」




「ふーん。まぁ出来ないことはないと思う。俺は今は精一杯やっています。自分がプレーするよりもやっぱりコーチして上手くなってもらう方が難しいよ…。」




「そりゃそうだよー。私みたいな姉がいるせいで教える女の子に求めるレベルが高くなってたりしないー?」





「しないよ。姉ちゃんみたいになれって桔梗に言っても、打者としての姉ちゃんのレベルに到達するのも果てしないと思うよ?」





「桔梗はいい打者になると思うよー。それもりゅー次第だと思うけどね?脅してるわけじゃないけど、上手く指導出来れば私の足元には届くかもね?」




姉は相変わらず自信満々だ。


まず女性に野球で負けるというのも考えたことも無いらしいし、男子プロの時はデータを最大限に駆使していたが、女子プロに入ってから対戦相手のデータを確認することもしないらしい。



なんでか聞いたが、どんな選手が出てくるか知らない方が投げてても打ってても楽しいというゲーム感覚のような感想を言われて流石に呆れた。




「あんまりこんなこと聞きづらいというか言いづらいんだけどいい?」




「なんだ少年?このおねぇさんになんでも話してみなさい。」




「おねぇさん、今年女子野球の全てのタイトルとかを総ナメしたら来年からやることなくなりませんか?年ごとに分けて記録を打ち立てるとかした方が良さそうな気がしますが…。」





そう俺が敬語でおねぇさんに質問してみた。

一瞬悩むかと思われたが、鼻で笑われた。




「少年、まだまだ分かってないねぇ。今年取れるすべての記録を取ったらスーパースターになれるだろ?しかも、これまで記録を持っていた選手の成績を全て塗り替えたらどうなると思う?」




何も言わずにじっとその強い視線で俺の事を見てくる姉に俺は目線を逸らしたりはしなかった。





「私から打ちたいとか、抑えたいとか負けたくないって思えばデータを必死に集めるだろうし、練習も厳しくやるだろうし、なにより今の私は女子プロ野球の選手達から羨望の眼差しを受けてるだけなんだよ。帆南と武石玲奈くらいじゃない?ライバル視してくる子って。そんな中で真剣勝負なんて出来ないよ。追い込まれて全て弱点とかを見つけられて攻略されてから、今年と同じだけの成績を残すことがかっこいいと思わない?」





これこそが俺の尊敬してずっと追いかけていたい姉の姿なのだ。

俺は心の底から笑みがこぼれそうだったが、ぐっと我慢して相槌を打つだけだった。





「相変わらずだね。姉ちゃんらしいよ。」




「私は私の生き方しか出来ないって分かってるの。自分がやりたいことをやる。すべて自分のためにやってるんだよ?その結果がほぼ全国民に周知されることになって、人気になって、グッズを買ってもらう、お客さんが球場に来る、私のプロデュースした野球グッズをスポンサーに売ってもらう。これだけやってきたと思われるけど、本当のところはファンとか関係なく私は私の為にプレーしてる。」




姉は何故朝からアポ無しで帰ってきて俺にこんな話をしてるんだろう?

急に冷静になってそう思うとなんだか不安な気持ちになってくる。





「姉ちゃんがそういう生き方をしてるのは分かってるよ。俺とは正反対だと思うけど、その生き方に凄く憧れを抱いたけど俺にはできなかった。」





「そうだろうね。もし、りゅーが自己中心的なら私を通り越してとんでもない選手になってると思うけど、そうなってたら私とりゅーは仲良くなれなかったんじゃないかな。だって、私は私でりゅーに嫉妬してるんだから。」





姉が俺に嫉妬?

皆目見当もつかないが、姉弟だからこそのなにかがあるのだろうか?




「わからん。姉ちゃんが俺に嫉妬する理由なんてないと思うけど?俺は姉ちゃんに嫉妬することなんてこれまでなかったけど…。」




そうハッキリと言い切ると少しだけ苦笑いした顔をして俺の事を見ている。




「そういうりゅーだから私とりゅーは仲のいい姉弟でいられるだろうね。私は世界一のプレイヤーになりたいの。それを成し遂げるにはりゅーの才能とその体丸ごと私が欲しかった。」




「なるほどね。けど、姉ちゃんも相当な功績を残してると思うけど?」




としてはでしょ?野球は今は日本で流行ってるけど、海外ではちょっとずつしか流行ってきてないんだよ。世界的に女子野球が広まらないことには私は世界一にはなれない。なら男のりゅーと入れ替れれば日本で1番になって、海外で1番になるだけでいいんだよ?」




よくもまぁ海外で1番になればいいと簡単に言い切るもんだ。

けど、姉が男で海外に行けば死に物狂いで成績を残すだろう。

世界一のプレイヤーになるかは分からないが、女性プレイヤーとしてはもう誰も寄せ付けないくらい世界一と言ってもいいと思う。





「そんな話をしたいんじゃなかった。」




「珍しく今日はしっかりと話してくれるんだね。」




「いつもは言い逃げみたいな感じだからかな?今日はね、アドバイスというか考えて欲しいことを伝えに来たの。」




姉が電話やメッセージじゃなくてわざわざ俺に直接会って言いに来ることは珍しいし、シーズン中の選手がここまで来るということ自体おかしいことだ。





「りゅー。将来のことを考えろとは言わないけど、自分の為に生きるのか他人の為に生きるのかを考えて見てほしい。」




俺の生き方か。

普通人は自分の為に生きてると思うが、姉が言いたいことはそういうことじゃないんだろう。



人の為に生きるというのは指導者として本格的に行くのか、それともこの経験を元に大学か社会人でプレイヤーに戻るかを考えろと言いたいのだろう。



けど、俺は毎日毎日彼女たちに練習を見てあげて選手を見る能力とか指導する能力は最初に比べて上手くなったとは思う。

説明するのに身体を使って説明ばかりしていたのが、言葉としてしっかりと伝えられるようにもなった。




人を指導すると自分のプレーの見直しもできるようになっていた。

過去のプレーを見ても当時はほぼ完璧と思っていても、今みると改善点が見えるようなっていたのには驚いた。




自分のトレーニングの時も実践的なトレーニングの時は出来るだけビデオを回して、終わった後に2倍速、3倍速でプレーを確認する。



改善点は彼女達に教えながら、自分の変な癖も一緒に治している。





「気づいてるんでしょ?コーチをしたことで自分が思ったよりも少ない練習で野球の練度が高くなってるってこと。」




姉は俺の練習を最初からずっと見ていたのだろう。

すぐに俺のプレーの完成度が野球をやめる前よりも高くなっていることに気づいた。




「まだ大変なことばっかりでとりあえずは勝てるチームを作るのが先だよ。じゃないと彼女達に合わせる顔もない。常勝とまでは無理だろうけど、甲子園まで連れて行ってあげられたらそこで考えるよ。」




「甲子園か。私は簡単に行ったけど、指導者で連れて行くのはかなり難しいと思うから頑張るんだよ。」





「もちろん分かってる。最後に一つだけ聞いてもいい?俺をコーチにしたのは選手に復帰させる為?」




「そうだったって答えた方がいいかな?思ったよりもりゅーが真剣にコーチをやってるもんだからそっちの才能も見てみたくなってね。ついでにりゅーのお嫁さんもそこの中の誰かかもしれないしね。」




コーチを辞めるまでそういうことは封印しておくと決めているが、コーチを辞めたあとはどうなるのだろうか?




『今そんなこと考えても仕方ないか。』




俺はもう一度固く選手たちとは恋仲にならずに全員を依怙贔屓無しで指導すると誓った。




「たまには姉からもお願いしてもいいかな?今日のナイター私が投げるんだけど、女子プロになってから試合見に来て無いでしょ?チケットりゅーの分と残り2枚いい席用意してるから見に来て。誰と来るかは任せるし、たまにはおねーちゃんの勇姿でも見に来なさい!」




そう冗談っぽく笑うとそこからは野球の話はピタリと止まって、他愛もない話を家の中に戻って話していた。


母や父も混ざって一家団欒という感じで食卓を囲んだ。


姉がプロになってから年に一度こういうことがあればいいなくらいな頻度ではあったし、父も仕事で俺は野球があったから全員で朝ごはんを食べるというのは数年ぶりかもしれない。




俺は姉が話していることを聴きながらもさっきの話を思い出していた。


今白星高校のコーチをしているが結局のところ自分で決めていない。

姉から半ば押し付けられるようにコーチをやっているが、適当にやったりはしていないし、むしろ俺は本気で取り組んでいる方だと思う。




俺は野球から1度離れてプレイヤーとしてじゃなく、コーチとしてこの若さでと思われる復帰の仕方をした。



野球のことはそこらへんのプレイヤーよりは熟知しているつもりだし、結果的にコーチをしたことで俺自身の野球観も少しは変わってきたりした。




だからといって3年間コーチを全うして彼女たちを甲子園に連れて行って、それに感化されて大学、社会人でもう一度プロ野球選手を目指すという気持ちになるかといえばないような気もする。




野球に限らず、才能があって努力もできる人も沢山いるとは思うが、だからといってその道にずっと従事して上を目指す人間ばかりとは限らないし、俺はそういうタイプの人間では無かったと勝手に思ってきた。




結局のところ野球を俺が完全に捨てられないというのがバレていたんだろう。


憧れの姉に練習だけは続けろと言われて、野球の練習を続けてきたが別に本当にもうやりたくなかったらやらなくてもよかったのだ。




姉の言うことだからという理由だけで1年以上続けてきたというのは、流石に野球を捨てられてないと思われても仕方ない。





「りゅー。なにか難しいこと考えた?」




「いや、さっき言われたことを考えてたかな。」




「あんだけつらつら話しておきながらなんだけど、りゅーが後悔せずになにかするなら野球じゃなくてもなんでもいいんだよ。ただ、いまのりゅーじゃ後悔ばかりになりそうに思えたから野球を続けさせてるだけ。もし野球じゃないなにかがあればコーチだってやめたっていいんだよ。」





「流石にそれはちょっと…。」





姉から急に話を噛み砕いて言われたので動揺していた。

そう思ってるなら最初から言って欲しかったと心の底からそう思ってしまった。




「りゅーは大人じゃないし、大人だったとしてもやりたいことがあれば今のものを捨てて挑戦したって問題ないんだから。」




挑戦。

俺は人生で挑戦と言うほどなにかに挑戦したことがあっただろうか?

野球は人一倍努力というか、姉の為にやってきた事が花開いてそのままトントン拍子で全国制覇2回成し遂げた。



その間に挑戦したことなんてあっただろうか?

ただ、上手いことを続けてきただけであって自分が出来ないことに挑戦してきた記憶が無い。




スカウトは…挑戦と言われればあれは挑戦だったような気もしなくもないが…。




「りゅーがこれから何となく生きていきたいって言うんだったらもう何も言えることは無いけど、なんだかんだ私の弟だからね。」




「今のところそんな片鱗はないけど、姉ちゃんを見続けて来たからそういう時が来てもおかしくないと俺も思うかも。」




2人は照れ笑いというか苦笑いで顔を見合わせていた。

その会話を黙って聞いている両親も俺が姉みたいになっても困るというのが少し伝わってきた。



俺たちは似ていないが姉弟であり、同じ野球をやっている。

良くも悪くも2人ともとてつもない才能があるからこそ通ずるものもあるし、俺がいつ姉みたいになってもおかしくないのかもしれない。




「1番大切なこと言うの忘れてた。もう私行かなきゃだから最後にこれだけは伝えておくね。」




姉が改まって俺に対して言いたいことがあるみたいだが、こういう時は大概ろくなことは無いが、今回はそんな感じの雰囲気を感じていなかった。





「りゅーはコーチで選手たちを成長と思うかもしれないけど、りゅーも選手たちもお互いに技術ももちろんだけど、精神的にも成長ということを心の隅にでも覚えておいてね。」




させるじゃなくてさせあうか。

俺も彼女達も成長してると思っていたが、姉から見たらまだまだ成長の余地ありなんだろう。




「姉ちゃんありがとう。1人じゃなくてみんなで成長していけるように頑張るね。」




姉は満足気に笑ってそれ以上は俺にアドバイスのような言葉をかけることはなかった。




「それじゃりゅー今日のナイター見に来てね。それじゃまた帰ってきた時にね。」




「OK。久しぶりに生で見に行くんだから勝ってくれないと。」




何も言わずに手を振って家を出ていった。

あの感じはいつもの自信満々の証拠だ。

勝つという自信がある時は何も言わずに手を振るだけで、言葉で勝つとか聞いたことがあまりない。




俺は朝から今日本で1番注目されている女性スポーツ選手と有意義な話が出来た。



姉にしては珍しく言葉足らずではなく、しっかりと俺に話してくれたことが嬉しかった。




「それじゃ俺もそろそろ行くか。」




俺は新生野球部の試合、連休最後の日曜日、三海さんのお願いをこなしに行くのだった。

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