第89話 後悔!


ここまで来るのに20分くらいは歩いてきたし、後は軽くキャッチボールするくらいで体は出来上がりそうだ。

学生服の上だけを脱いで、靴下を野球用に履き替えてスパイクを履いた。


上は半袖のスポーツウェアで、下は学生服とスパイクという何とも妙ちくりんな格好でグランドにお邪魔した。




「対決する前にキャッチボールしてくれないか?」




「あんたと?はぁ。」




渋々と言った感じでボールを俺に投げ返している。

キャッチボールというよりも向こうの嫌々感を考えると壁当てをした方がマシじゃないかと思えた。


しかも所々で取りずらいショートバウンドの球やジャンプしてギリギリ届くようなボールをわざと投げてきてる。




「あ、すんません。」



明らかに取れない高さのボールを投げてきたので後ろに転々と転がるボールを仕方なく取りに行った。


俺は別に後輩からタメ口だろうが、生意気だろうが、馬鹿にするような口ぶりだろうがそんなことはまだ許せるし、治らないなら半ば諦められる性格をしていると思うけど、こうやって野球を通じて適当にプレーして困らせようとする行為は許すことが出来ない。




「はぁ。ちょっとはびびっとけ!」




30m位の距離でキャッチボールをしていたが、後ろに転がったボールを捕ったところは多分60m前後だと思う。

そこからならある程度本気でボールを投げてもスピードは落ちるから、捕れないことはないと思い軽く助走して相手の胸元へ投げ返した。




パシィッ!!




相手までの60mをほぼ垂直にひとつの線のようなボールは相手の構えてるグラブに収まったけど、少し相手もビビったのか腰が軽く引けていた。




「お。この距離であの強さの球投げてあのコントロールなら今日調子いいっぽいな。」




俺は昨日は完全オフにしたので、いつもの疲れも残っておらずかなり身体が軽かった。



それから俺が近い距離で助走して投げようとすると、少し逃げ腰になるのをみてまだまだだなと思いつつ強いボールを投げずに全身を動かしてキャッチボールを終えた。



「ありがとうございました。」




俺は帽子をつけてなかったのでとりあえずキャッチボールをしてもらった相手に一瞥したが、油布さんはそれを完全に無視。




「なぁ。どうやって対決するんだ?全部決めていいぞ。」




「私はピッチャーとキャッチャーしてんの。投手と野手両方で3打席勝負でいいよ。」




「ハンデはどうする?俺は普通の男子用の硬式ボールとバット使うけど、他には何した方がいい?」




「ハンデ?男と女だから実力が違うって言いたいん?いつまで野球してたか知らないけど1年くらいプレーしてない男に簡単に負けないでしょ。」




「まぁそれでいいならいいけどさ。」




相手の実力を計れていないのか、鼻から勝つつもりがないのか、とことん舐めてるのかわからないけどあのキャッチボールのあの球を見てハンデ無しっていうのも変だなと思う。


俺は元ピッチャーで打撃が良くないと思ってるか、彼女は主にピッチャーで打撃が得意じゃなくて諦めてるって可能性もなくはないか。




「先にどっちする?俺がピッチャー?バッター?」




「どっちでも。」



「なら俺がバッターからね。」




俺は自分の愛用のバットを取り出し、バッティング手袋を丁寧につけてに向かった。




「よろしくお願いします。」




俺は挨拶したが、対戦モードなのか無視してるのかなにも言い返してこなかった。


キャッチャーはいつもバッテリーを組んでるであろう3年生と、審判は監督さんがやってくれることになった。

練習中だというのにわざわざ時間を削ってくれて、協力してくれることに感謝しないといけないと思いつつ打席に入った。



『3打席あるなら1打席目は様子見しつつヒット打って、2打席目に長打打って、3打席目にホームラン狙うか。』




初球。



俺の体の顔付近にストレートを投げてきた。

威嚇なのか、意図して投げたフラッシュボールか分からないが少し躊躇したのかそんなに厳しいボールにはならなかった。



球速は顔付近で躊躇した分スピードが遅くなったと仮定して115km/h前後。

女子中学生にしては速いが、それが俺に通用するかというと話は別だ。




「ストライク!」



2球目のアウトコース真ん中の甘い球を見逃した。

このストレートは120km/h出てるか?

微妙なところだがそれは後で後ろでスピードガンを構えている円城寺に聞いたらいいだけだ。




次の球もアウトコース真ん中のストレート。

スピードもさっきと変わってないし、試しに打ってみるか。




カキィーン!



振り抜くというよりもボールを上手く面で捉えてボールと金属バットの反発だけで、ライト方向に流し打ちをした。




「ファール!」



後、1mくらいのところでファールになった。


別に必死にヒットを打ちに行ってる訳では無い。

この投手の球は重たいといわれることがあるが、あれはほぼ錯覚だと思っている。


球が速ければ速いほど球威は増すし、回転数によってもこれくらい沈んでくるとか思ったよりも沈んでこないというのはあると思う。


重たいボールの正体はストレートがほんの僅かでも動いてるかどうかだと思う。

カットボールのような露骨な曲がりではなくて、バッターがスイングした時からボールを捉えるまでにほんのわずかでも動かすことが出来れば、捉えたと思ったバッターの芯をほんのわずか外すことが出来る。


バッターは芯で捉えたと思った打球が、ほんのわずかのボールの動きでフェンスの手前で失速させることが出来ることもある。

それが思ったより飛ばなかった=重い球という正体だと俺は思っている。




だからさっきは振り抜かずにどんな打球が飛ぶか面で捉えてみたが、芯で捉えられてほぼ思った通りの打球が飛んだので少しだけ変化をしてるという感じはない。




「ファール。」



これで7球連続ファール。

頑なに変化球を使ってこようとしないのはなぜか?

変化球に自信がないのか、ファールしか打ててないからストレートだけで抑えられると思っているのか。




「まぁ、いいか。」




2-2からの11球目はまたしてもストレート。

これも120km/h出ていないくらいのど真ん中高めの打ち頃のボール。


去年の梨花と同じくらいのボールなのだろうが、ノビもキレも梨花には遠く及ばない。




カキイィーン!!!



捉えた打球はライナー性のまま84mと書いてあるレフトフェンスに突き刺さるように当たった。




「………。」



なんだろう。

久しぶりに打席に立って対戦するのに全然ワクワク感もないし、期待感もない。


月成が打者で俺に向かってきたあの勝負が特別だったのだろうか?


あの時は結果がどうなるんだろうかってとても楽しみで、珍しく球種とかどうしようか悩めた。


あんな感じの勝負が男と女でも出来るんだなとあの時は思ったが、普通に考えてあんなこといつもいつも出来るわけないよなと勝手にテンションがだだ下がりしてしまった。




「それじゃ次。」




俺は急にやる気が無くなって興味が薄れたのが伝わったのか、油布さんは少しずつマウンドで苛立ちを見せている。



2打席目の初球。



遂に変化球を投げてきた。

回転が斜め横回転で半速球のこのボールはスライダー。

コースは俺の体近くに来てるということはここから曲がればど真ん中の低め辺りまで曲がってくるだろう。




「ジャスト。」




カキイイィーン!!!




打った瞬間だった。

投げられた瞬間目で回転が見えたし、そこからボールがここくらいまでは曲がってくるんじゃないだろうかという予想もできた。

ほぼ完璧にその通りに曲がってきたら、自分もそこのボールが来る位置にただバットを振るだけでこの通りホームランが打てる。





「もうピッチングはいいよね?」



「なんだと!?まだ一打席残ってるだろ。本気で投げてやるから打席に立てよ。」



「本気ねぇ。まぁそこまでいうなら俺も本気で打ってあげるよ。」





俺は今日ハンデのつもりで右打席に立っていたが、本来の左打席に入った。


右打席でもこれくらいの球なら打てないことないし、体のバランスのために右打席で打撃練習することもあるし、選手の真似をする時に右打席の選手なら右打席で真似してあげた方が分かりやすいからスイングだけ見れば多分元々右打者と思われる。




「スイッチヒッターか?」




「いや、俺は元々左打者だけど。」




ものすごい舌打ちが聞こえた気がするが、そんなこと今更気にするほど子供でもないけど、この態度の悪さは俺の打撃で憂さ晴らしと現実を知ってもらうことにした。




油布さんのイライラは多分MAXから突きぬけてしまっていた。




俺への初球でそれがわかった。




「「東奈くん!危ない!」」



手が滑ったのか怒りで力が制御出来なかったのか。

いや、俺には確信があった。

踏み込みの位置が俺の右打者に対しての踏み込みの位置よりも、左打者の俺の方へ明らかに体を狙って踏み込んできている。




バチィ!






「いてっ。」



俺は120km/hの硬式のボールを右手でそのままキャッチした。

避けようと思えば避けれたが、こうやって自分が投げたところがよく分かるように右手でボールを捕ってその位置から動かなかった。




「東奈くん。大丈夫ですか?」




「監督さん、大丈夫ですよ。続きやりましょう。」



俺は右手のボールを油布さんに山なりで投げ返した。

監督さんとキャッチャーの子は流石に心配してくれていたし、スピードガンを持って俺の事を応援してくれてるであろう3人も心配そうな顔をしている。




流石にここまでやられるといくら我慢強い俺でも分からせてやらないといけない。

多分次に投げてくるボールはまたインコースのストレート投げてくるだろう。

体付近に投げようとするボールが本能的に拒否してインコースの打ちごろのストレートがくると予測した。




『ここまでバッチリだと流石に今日の俺の感覚も調子も良すぎる位だな。』





俺の打った打球は言葉通りの遥か彼方に飛んで行った。

場外ホームランだが、10mくらいの高いネットを遥かに超えてその裏にある狭い道路も超えてどこかに消えてしまった。




「早く打席に入る準備してね。」




俺はホームランを打ったことなんてどうでもよくなっていた。

早く投手としてバッターの彼女の実力を計らないといけない。




キャッチャーと審判の監督さんを退かせて、後ろにフェンスネットを設置してもらってその後ろでジャッジしてくれることになった。




油布さんはゆっくりと右打席に入っていった。

構えは結構広めのオープンスタンス。

ビビって開いてる訳じゃなければ結構独特なフォーム。


後はスイングスピード、直球、変化球対応力を見たい。


勝負と言ってるがこんな勝負になんのプライドも意味もないし、俺が彼女の能力を知れることが出来ればなんでもよかった。




「ストライク!バッターアウト!」




俺は多彩な変化球とストレートをあらゆる所に投げてみて、少しは食らいついてくるがこれで2打席連続三振。


対応力は悪くないし、スイングスピードもいい感じだがプレーがあまりにも雑すぎる。



投手しても打者としてもどっちもただ力で向かっていくというスタイルは嫌いではないが、流石に品がないというか知性を感じられない。




「くっそ!打てねぇ!」



地面を何回かバットで殴打して悔しがっている。

気持ちはわからなくはないが…




「ボール!」



「ストライク!」




俺は外に外にボールを集めてボールを出し入れして、カットボール、スライダー、ストレートを上手く使いながら外角に意識を向けていく。




キンッ!



2-2。



もうそろそろか。

ここまで入念にスライダーの感覚と曲がりとコントロール出来るかを確かめておいた。




そして、6球目。

俺はこんな投球なんてしたくなかったが、スカウトとか関係なく今の彼女のプレーを見てられなかった。





「「きゃー!危ない!!」」




俺は油布さんの頭に向けてボールを投げた。


120km/hくらいの球だ。

ここまで外角一辺倒の投球に気づいて、思いっきりホームベース側に踏み込んできている為避けられらない。



体勢を崩して必死に避けようとする。

完全にバットを手放して後ろ側に倒れようとしている。




俺は頭は狙ったが、当てに行った訳じゃない。

ボールは俺の想定通りに頭の方向から急激に変化してストライクゾーンの方に曲がっていくスライダーを投げた。




「ボ、ボール…。」




尻もちをついて危なかったとほっとしている油布さんと危険な球と分かっていて投げていい気分がしていない俺。



「あ、危ねぇじゃねーか!」




「黙れっ!さっさと打席に戻れ!勝負は終わってねぇ。」




俺が凄むと向こうも引く様子がなく、俺の方を睨んできた。

けど、あのボールが頭に残っていたらもうこの打席はインコースを打てないし、俺も打たせるつもりもなかった。





「きゃっ!」




2-3のフルカウントから投げたボールはインコースギリギリの俺の全力のストレート。

急に来た思ったよりも速すぎたストレートに完全に腰が引けて見逃し三振。





「今の速かったね…円城寺、何キロくらい出てた?」



「えぇと…145km/hですね…。」




「え!うそ!流石に球速すぎじゃない?」




一緒に来た3人はなにやら盛り上がっているようだが、俺にはまだやらないといけないことがあった。




俺はゆっくりと油布さんの近くに寄っていった。

どうしてもコーチとして、1人の野球人として言わないといけないことがあった。





「ねぇ、野球舐めてるの?」




「な、なに?」




「俺の事が気に食わないって思うのは別にいいよ。けど、勝負を挑んでおいてあんなプレーして舐めてんの?勝負の勝ち負け以前に野球をする資格がないんじゃない?カッカして人の頭に向けてボールを投げるのが野球と言えんか?」




「あ、あれは、動揺して手元が狂っただけで…。」




「自分のやったプレーに嘘つくんじゃねぇよ。踏み込みで俺に向けて投げてきたって分かってんだよ。自分が気に食わないことを野球にぶつけて野球を汚すくらいなら野球やる資格もないし、野球に失礼だから今すぐ野球やめろ。」




「………。」




「なんとか言ったらどうなんだ!俺に謝れって言ってるわけじゃない。そんな野球をしてきてなんにも思わないか?」





「………。」




「はぁ…。もういいや。」




俺はへたりこんでいる油布さんの横を通って監督にお礼をしに行った。




「監督さん。いろいろとご迷惑お掛けしました。本当はスカウトしに来たんですけど、その旨を伝える前に自分のチームの選手じゃないのにちょっとお灸を据えることになってしまって。」





「いや、逆にありがとうございました。彼女は身体も大きくて周りが逆らえず、生じ才能があったせいで野球を馬鹿にして自分が1番だとずっと勘違いしていたので、いい薬になったと願うばかりです。」




「そう言ってくれるととても助かります。もし、彼女が野球というものを考え直して、もし白星高校に来たいと言ってくれたら、俺が白星に来て欲しいと言っていたと伝えておいてください。今はここにいるのも気まづいので失礼させてもらいます。」




「わかりました。落ち着いたらそのままの言葉の通りにしっかりとお伝えしておきます。」




俺は監督とグランドに一礼してグランドを後にした。




「ひ、東奈くん。私は球場に残るから先に帰ってていいよ。後輩がごめんね…。」




「気にしないでください。お疲れ様でした。」




「私も桜と一緒に残るからまた学校で。」




俺は直ぐに着替えて、円城寺と球場を後にすることにした。


俺がやった事は間違っていたのだろうか?

それとも合っていたのだろうか?


円城寺は俺の隣を黙って歩いて着いてきてくれていた。

特に何か話すことも無くただただ駅に向かって歩いていた。




「なんか、あんまり見せたくない姿見せちゃってごめんね。あんなに怒ることなかったと思いつつも怒っちゃった。」




「仕方ないことだと思います。私も同じ気持ちになりましたし、あそこで厳しく言えることもコーチとしては必要な事だと思います。あの選手を見て自分が野球に対してどんな風に向き合ってるかを見直そうと思います。」




「そう思えるなら円城寺は大丈夫だと思うよ。これからもその気持ちを忘れずに練習してたらそんなに難しいこと考えなくても大丈夫だから。」




俺と円城寺は特に話すことも無くなって黙って駅に向かって電車に乗ることにした。

円城寺とは駅の向かう方向が別だったので、駅のホームで別れた。



「また学校で。」



「はい。さようなら。東奈さん、今日のこと気にしすぎないでくださいね。」





俺は最後まで円城寺に気を使われっぱなしだった。

何だかドッとつかれたのですぐに家に帰ることにした。




「はぁ。俺が言うことじゃなかったな。」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る