第69話 キャプテン!



ゴールデンウィークの8試合も無事に終わり、月日は少し流れて5月第3週土曜になっていた。



相も変わらず北上先輩と高橋先輩のパシリというか陰湿なイジメみたいなものは続いていて、指導にもなかなか本格的に着手できないという日々が続いていた。



夏の大会に勝ちたいなら2人とも俺に指導を仰げば短期間でも打撃向上させられるのに、話しを聞こうともしないどころか2年を巻き込んで俺の言うことを聞かないようにしている。



1年生達には圧をかけていないようだ。

多分、梨花と桔梗のせいだろうか?


実力があるのと筋の通らないことは普通に反論してくるし、自分たちが良くない事をやってるという自覚が少しはあるのか、全員が団結して抗議されるのを恐れているのかもしれない。



あの二人には感謝しておこう。

1年まで指導できなければ俺は雑用特待生になる所だった。




意地悪な先輩のことも腹立たしいが、そんなことよりも明日はみんなに知らせていないが、みんなが喜ぶイベントがある。



土曜の午前練習が終わろうとしたときに監督が集合をかけた。



「1年生は練習終わったら東奈くんからお話があるからすぐに行くようにー。それじゃ今日の練習は終了!お疲れ様でした。」




「「お疲れ様でしたー!」」




終わったらすぐに1年生達が俺の元へ走って集まってきた。



「コーチ!話ってなんでしょうかー?」



一番の30cmくらい前に立って俺に話しかけてきたのはかのんだった。



「こら。かのんコーチを困らせない。」



そういうと桔梗がズルズルとかのんを引き剥がしてくれた。


やっぱり一般生の子達はあんまり興味無さそうにしてる。

毎日毎日基礎練習ばっかりしているので、こういう話には縁がないことが多いからだ。




「明日1年生試合をやります。1年生の試合は俺が暫定的に指揮をとることになったから。ここで2試合やる予定で、1試合目は未経験者たちが主にレギュラーとして出て、2試合目は一応俺が今現在1年生でレギュラーとして使いたいと思ってる選手を使うからね。」




最後の言葉を聞いてみんな目付きが変わった。

高校になって初めてコーチの俺に優劣を付けられるのだ。



1年生の5月で俺もしっかりと指導も出来ていないからまだ中学までの野球の経験や実力が物を言うだろう。




福岡は9月に秋季大会がある。

いわゆる春の甲子園出場をかけた予選が始まり、福岡県大会ベスト4に入れば当確で九州大会に進むことができる。


福岡県は九州の中でも圧倒的に女子野球部が多いためベスト8からも成績によっては2校くらい選ばれることもある。


その九州大会でベスト4に入れれば春の甲子園出場がほぼ確定となるが、出場した事の無い学校だとベスト8でもそこから推薦枠で選ばれることもある。



地区優勝校は男子と同じ時期に明治神宮大会に出場して優勝を争うことになって、春の甲子園の前哨戦と言ってもいいだろう。



明治神宮大会で優勝した地区はもうひとつ春の甲子園出場枠が貰えるというオマケ付きである。


優勝した高校は間違いなく春の甲子園には出るので、枠が増えても関係ないといえば関係ないが。




そして10月に新人生大会というものが福岡ではある。


地区大会の日程と被っているので、1年生でベンチ入りやレギュラーはもちろん春の甲子園出場をかけた試合が優先になる。


もしうちが地区大会に出るような事になれば、2年が11人で最低でも9人は1年がベンチ入りすることになる。



そうなったらうちは1年生大会どころの話ではなくなるので、辞退することになるだろう。



10月の1年大会に出るとなったら約半年間練習する時間がある。


そこでまず最初の本当の優劣がつくだろう。

その後は冬を越しての春季大会で1番大切な夏の予選。




「それで今からみんなで話し合って、仮定でいいから1年生のキャプテンと副キャプテンを決めてもらおうと思う。俺が指名してもよかったけど、どうせだから話し合いを見てみたいなと。」




特に異論はないみたいで、質問もなにもなかった。




「キャプテンだから副キャプテンだからレギュラーかどうかは別ね。」



「かのんはパス!1番にはなりたいけどみんなをまとめるなんて無理無理ー。」




推薦するとかじゃなく、自分は無理と早々に下りるあたりもかのんらしい選択ではある。



「あとねー。おバカちんがキャプテンとかはやだ。理由は馬鹿だから!」



「なんッスか!ウチがキャプテンでもいいじゃないッスか!」



みんな1度雪山をちらりと見たが、そこには元からなにもいなかったような扱いを受けていた。




「ひどいッス…。」



「ねぇ、副キャプテンは一般生から選んだらどうかな?」



夏実が面白い事を言い始めた。

俺もそれは別にいいんじゃないかと思った。



「夏実ちゃんなんで?私達素人が副キャプテンなんて。」



一般生の素人3人は顔を見合わせてなんとも言えない顔をしている。

いきなりそんなことを言われたら戸惑いもするだろうし、意図が分からないんだろう。




「んとね。特待生と一般生って今は確かに実力が違うけど野球が好きなのには変わりないよね?それなら実力関係ない一般生から選んでも別にいいんじゃないかな?」




「私もいいと思う。同じチームで少し壁を感じるし取っ掛りにはいいと思うな。」




桔梗もその意見には賛成なようだ。

その後に円城寺、凛もそれでいいと意見に乗ってきた



「ワシもそれでいいんじゃけど、適性があるかが1番じゃねーの?みんなを上手くフォロー出来るやつがやるべきだろ。」




「私は西さんの意見に賛成。別に一般生からキャプテンと副キャプテンでも問題ないし、適性が1番じゃない?」




梨花と柳生は適正のある人がやるべきと主張して、少したって七瀬もそうした方がいいと言ってきた。




「キャプテンの資格ってなんなのかな?」



美咲がいい議題を提出してきた。

まずそれがどんな人物なのかが分からないと決めようもない。


続けて美咲はキャプテン論を語った。



「実力は関係ないと思うんだよねぇ。私はキャプテンをやってたけどみんなが仲良く出来るように間を持てる人がなればいいんじゃないかな?」




「ボクはコーチのような人がいいと思う。みんなに信頼されてるコーチがこうするって言ったらみんなついて行くよね? 信頼するに値する人に僕はついて行きたい。」




美咲と月成さんは理想のキャプテン論を話していた。

俺がキャプテンなのはどうかと思うが、彼女たちはそれが一番しっくり来ているようだ。





「やっぱりー。コーチが決めてくれたらいいんじゃないかなぁ。」




そうやって俺の事を上目遣いで見てくる市ヶ谷を未だにどう扱っていいか分かっていない。

その様子を見てみんなも少し白い目で俺たちのことを見ている気もした。




「私はねー。キャプテンとかわかんないけど、アイドルやってた時のリーダーは責任感があって、真面目な人がやってたよっ。そう考えたら桔梗ちゃんとかは合ってると思うけど?」




元アイドル目線でマネージャーも意見を出してきた。

桔梗がキャプテンという事についてはみんな特に異論はないようだったが、それを否定したのは本人だった。




「私はだめだと思う。自分を奮い立たせることは出来るけど、いざという時チームメイトに声をかけて奮い立たせることは出来ないと思う。」



話は平行線を辿っていた。

みんな黙っている訳ではなくちゃんと話し合ってはいるが、話がまとまっていない。



「あの。みんなの話聞いててまとめたんですが、いいですか?」



話に入ってきたのは真面目というか真っ直ぐな元剣道少女の青島だった。




「話聞いてたら、西さん、王寺さん、かのんさん、橘さん、時任さん、雪山さん、花田さん、奈良原さん、月成さんがキャプテンと副キャプテンをやりたがってないんですよね?」




「別にウチは辞退してないッス!」




「おい!雪山!お前ふざけてんならぶっ殺すぞ!」




「ひぇ!ウチにはキャプテンは無理そうなので話し続けて下さいッス!」




「あ、そうですか…。そうなると半分しか残ってないので多数決でどうですか?いちばん多い人がキャプテンで次に多い人が副キャプテンで。」




みんなあまりに決まらないので多数決をすることにした。




「なら最初に私でもいいと思う人。」



青島がみんなを代表して多数決を始めた。

こういうキビキビと話を進められるメンバーが一人いると助かる。



夏実と花田さんが青島さんに手を挙げた。



「2人ですね。それじゃ次は柳生さんがキャプテンがいい人!」



手を挙げたのは意外な人物だった。



「かのんさんが1人ですね。次は円城寺さんがいいと思う人!」



かのんは柳生をキャプテンに推薦した。

話したこともほとんど見た事ないのに何故と思ったが、それはかのんにしかわからない。




円城寺さんを推薦した人は奈良原、氷の2人だ。




「円城寺さんは2人ですね。次は中田さん。」




美咲に手を挙げた人が桔梗、雪山、マネージャー、青島、七瀬5人だった。




「中田さんは5人。市ヶ谷さんがキャプテンがいい人。」



………。



誰もいないようだ。

これはちゃんと決めないといけないことだから仕方ない。




「七瀬さんがいい人!」



王寺さん、市ヶ谷さんという珍しい組み合わせが七瀬のことを推していた。




「最後に江波さんがいい人!」




梨花、円城寺、月成、美咲、柳生の5人。




「困りましたね。中田さんと江波さんが同票で5人ですけど、決選投票でいいですか?」




みんなそれでいいと頷いていたが、1人の言葉で俺がとても困ることになってしまった。




「東奈くんは私と美咲ちゃんどっちがいいか1票入れてくれないかな?」



みんなで決めろと言ったのに、最後は俺に決めさせるのか。




「なら2人でキャプテンしたらどうだ?」




みんな、え?という感じの顔をしていた。



「別に2人でも問題ないと思うけど?まぁとりあえずやってみて。」




俺は自分が決めたくなかったから2人でキャプテンという、後々俺もみんなも困りそうなことを勝手に決めてしまった。




「とりあえず明日の試合頑張ってね。」




「「はい!」」




そうして1年生の仮キャプテンは夏実と美咲に決定した。




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