第16話 初めてのコーチ!




「スカウトお受けできないです。ごめんなさい。」




これで何人断られたのか。

今日は朝から夕方まで大会があり、各地に試合を見に行ってはスカウトして、断られての繰り返しで今日だけで3人にスカウトを断られた。




そして、今日最後の試合を試合の途中からだが見に来た。




3回終了して5-0。




野球にはコールド勝ち、コールド負けというものがある。

女子野球では4回終了時に7点差以上ついていたら、強制的にそこで試合が終了する。



毎回失点の5-0だったので、これはあんまり選手のこと見れないなと思いながら試合を観戦することにした。

5点差で勝っているチームの方は、GIRLSリーグ福岡地区の中では強豪と言われてるチームだった。




そこのチームのライトが俺の添削した資料では気になるリストに入っていたから、選手の確認とその後のスカウトもダメ元で一応やってきた。




「やっぱり強豪のチームは活気もあるし、ベンチからもレギュラーを虎視眈々と狙っている雰囲気を感じる選手もいるな。」




その相手チームだが、俺が一番最初に試合を見に行った福岡最弱決定戦に推薦されてもおかしくない弱小チームが相手だった。




それを考えるとここまで5-0で来ているのはチーム状況を考えるとまぁまぁ頑張ってる方だと思った。




「2番、ライト許斐夏帆このみかほさん。」




早速俺のお目当てのバッターが打席に入った。

投手はかなり守備が上手い中田美咲さん。



中田さんには悪いが、多分許斐さんは打ち取れないと思った。

左バッターボックスに立つ許斐さんからは研ぎ澄まされたオーラを感じられた。



元メジャーリーガーのイチローさんを彷彿とさせる振り子打法。

去年の大会平均打率もデータの中で上位5人に入っていた。

バットコントロールが良く、ホームランこそないが長打は多かった。




中田さんは3球連続変化球でカウントは1-2。

1-2の打者有利のカウント。



このカウントは結構勝負の分かれ目で、抑えに行くならここはストレートを投げないといけない。



3球連続変化球で、ここでストレートを投げないと次ストレート投げる時は打たれる時だと思う。




そして投げたのはスライダー。

それをあっさりと許斐さんは見逃した。



1-3になったらもう投げる球はない。


変化球でストライクを取るならまだスイングしてこない可能性はあるが、1番ストライクを取りやすいストレートを投げるのはほぼ自殺行為だろう。



心の中では中田さん達バッテリーが変化球を選択するのを期待していた。





『あ、ストレート。』





カキイィィーン!!!




完璧に打たれていた。



打球はかなりいい角度でライト方向へ伸びていく。

そのままライトスタンドへ突き刺さった。




6-0。




許斐さんの能力の打撃能力はやっぱり間違いは無さそうだ。



ストレートを完全に狙い撃ちという普通のことをやって最高の結果を出した。


この繰り返しが当たり前のように出来るようになると凄いバッターと呼ばれるのだ。




このままズルズルと行くかと思ったが、ランナーを2人出しながらもその後の0点で抑えた。




結局6回までは踏ん張ったが、中田さんは100球を超え力尽きたのか6回に4失点してしまった。




判官贔屓なのか、中田さんの弱小チームを応援していたがここまで粘ったことを褒めた方がいいだろう。





「折角のお話ですけど、ごめんなさい。」





俺が応援していたチームも負け、スカウトも負けた。




「はー。」




俺は大きなため息をついて、さっきの試合場の近くの公園のベンチでスポーツドリンクを飲んでいた。



何が一番辛いかというと、ここから家までこの前買ったロードバイクで30キロかけて帰らないといけない。




スカウトのひとつでも成功していたらウキウキで家まで帰るのだが…。






ブン!ブン!ブンッ!





今は4月下旬の午後6時半。

この時間だともうこの時間は暗くなる時間だ。




目の前には一生懸命頑張って素振りをしている人がいた。




気になったのは素振り1回1回の間隔がかなり短い。

連続で素振りをするのも立派なトレーニング方法の一つだが、それにしては遅い気もする。



その様子を3分くらいじっと見ていた。

少しドアスイング気味だなとそれだけがやたらと気になったが、頑張っている人を見ると何かアドバイスをしたくなる。




スイングと身長から小学生高学年くらいの子が頑張って練習をしているのだろう。

俺のスイングを見せたら少しは俺のアドバイスにも耳を貸してくれるかもしれない。




こんなお節介をしてる暇があるなら家に帰ってデータをまとめたりしろと自分にツッコミを入れた。




「あの、ちょっといい?」




「はい?どうしました?」




暗くて分からなかったが、スイングをしていたのはショートヘアーの女の子だった。

こんな暗くなった公園で俺は女の子に声をかけてしまうという失態を犯した。




「あ、えーと…。」




小学生高学年の男の子と思っていたが、まさか女の子と分かってテンパってしまい逆に不審者になってしまった。




「………?」




「すいません!小学生にスイングの指導しようと思ったら女性と思わず声をかけてしまいました!申し訳ないです!!」




俺はとりあえず誠意を見せて謝ることにした。

ここで叫ばれたりすると俺が暗闇で女の子に声をかけた変態…。

いや、襲おうとしたと供述されたら変態じゃなく強姦魔になるのか…?




「ふふっ。暗いですし間違いだってありますよ。」




目の前にいる女の子はとても落ち着いて様子で、ニッコリしながら俺のことを許してくれた。

俺には現代に舞い降りた女神にしか見えなかった。




「あ、アドバイスしようとしたって言ってましたけどなにかスイングでおかしい所ありました?」




「そういえばそうでした。いきなりこんな事を言うのも変ですけど、スイングをさっきからあっちのベンチで見てましたが、ドアスイングが少し気になってしまって。」




「ドアスイングですか?そんなにドアスイングになってました?」




「完全なドアスイングではないですよ。打つ瞬間にトップの位置から一瞬下に下がって、多分ですけどそこから添える方の右手に力が入りすぎてると思います。そのせいでややドアスイング気味のスイングになってますね。」




俺は彼女のスイングを真似してどこが悪いかを実践しながら伝えた。




「おー。私のスイングそっくり。無意識に利き手の右手に力が入り過ぎてたのね。」




彼女はすぐに俺の指摘した部分を意識しながらスイングをした。

指摘したところは意識すればかなりマシになっていたが、これが実践になるとどうしても力が入るので癖がすぐに出やすくなる。




「今はすごくスムーズに振れてると思う。だけど、実践になると癖は直ぐに出るから練習ではフォームに半分意識、打つことに半分意識を持って練習するといいですよ。」




「ありがとうございます!!」




「それじゃ、頑張ってくださいね。」




「はい。頑張ります!」




俺は相手の返事を聞くとそそくさとその場を逃げるように去っていった。

理路整然と話したが、普通に男女間違えたことに申し訳無い気持ちと恥ずかしい気持ちで逃げた。





「けど、彼女には頑張ってもらいたいな。」




俺は今日の試合で頑張って投げていた中田さんと、さっきの彼女が頑張って素振りする姿が重なって見えて尚更そう思えた。





今日は4連敗したが帰りに1人の女の子のコーチが出来て、少しだけ晴れた気持ちでロードバイクで家に帰るのであった。




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