もしも、負けることがあれば捨ててくれ。勝ったとしても近づかないでくれ。
エリー.ファー
もしも、負けることがあれば捨ててくれ。勝ったとしても近づかないでくれ。
少しだけ、話をしよう。
もう、勝負はついた。
俺の勝ちだ。
間違いない。
状況は変わらない。
ここまで粘ったことは素晴らしいことだと思う。だが、ここまでだ。
敗北する側、勝利する側。
それらは決まった。
もう、逆転することはない。
酒を飲み、賞金をもらい、栄誉を頂く。
確定事項だ。
詰みだよ。
さて、だからこそここで聞きたい。
君は、勝負の前にこう言っただろう。
昔、会ったことがあるはずだ、とね。
私は一切記憶になかったし、勝負が始まればそんなことを気にしている余裕もない。だから、今の今まで忘れていたわけだが、どうだろうか。
そのことについて少し話してみないか。
いや、嫌というなら無理やりにでもというわけではない。あくまで、勝負が終わった後の遊びのようなものだ。君の中でも整理のつけたいことではないかと思っていてね。だって、そうだろう。勝負の前に口に出すことなんて、勝利や敗北に直結するような伏線であるはずだ。
だが、この言葉にはそのような意図があると思えなかった。
まるで、そう。
この勝負の決着よりも、そこに目的があるように感じられた。
命をかけた勝負であることは君も分かってここに来たはずだ。しかし、君は死ぬことも死なずに帰ることも、何かを得ることも得られないことも些末であるような表情をしていた。
私はね、ここで多くのギャンブラーたちを沈めてきた。
殺したきた。
いや、勝手に死んだ者たちもいたよ。
君だけが、少しばかり他の者たちと雰囲気が違うように思うんだ。これは、勝ち続けたギャンブラーだからこその勘の良さというものかもしれない。
私は、記憶がないんだ。
ギャンブラーを名乗り始めてからの記憶はもちろんある。
しかし、それより前。
どこで生まれて、何をして生きてきて、母親は誰で、父親は誰で、家族はどうで、どういうことを学び、どういう罪を背負ってここに立っているのか。
何もかも分からないんだ。
昔は、神にすがったこともあったが、今となっては無駄そのものだったよ。神の中に何かを見出すことはあっても、神が何かを与えてくれることはないと分かった時点で失望した。
まぁ、神も困ったとは思うけれどね。
勝手に信じて、勝手に失望されて、勝手に神について論じる。
いい迷惑だろう。
でも、それくらい。私は必死だったんだ。自分の記憶に、脳の中に生まれた空間に。
未来と過去を求めたんだ。
現実にしか存在できない物理的な悲劇。
そんな当たり前のことを理解したかったんだ。ただ、ひたすらに自分の知る世界を満たしたかったんだ。
教えてくれ。
なんの因縁があるんだ。
君と私の間に何があるんだ。
それは、私の人生において重要な要素なのか。それによって新しい情報を得られるのか。楽しみでもあり、不安なんだ。でも、聞かずにはいられない。取り込まずにはいられないんだよ。
分かるだろう。
この不安を埋めるために一生懸命なんだよ。
弱いから、前に進もうとしてしまうんだ。
弱いから強いんだよ。
頼む。
この通りだ。
君と私の間に。
一体、何があったんだ。
「品川駅の改札で、パスモを落とされましたよね。それを拾って渡したの覚えてませんか」
あぁ、その節はその、どうも。
もしも、負けることがあれば捨ててくれ。勝ったとしても近づかないでくれ。 エリー.ファー @eri-far-
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