第6話 ティアラの悲劇

「それにしても綺麗な牝馬ですね。フラワースマイルでしたっけ?」

「ええ、彼女のお母さんはスマイルティアラと言って、ロイヤルオークスを勝った名牝だったんです。でも出産とともに亡くなってしまって・・・」


 駿馬は愛子にコーヒーを淹れてもらい、香りと苦味に改めて夢ではないことを実感しながら情報を仕入れた。フラワースマイルは小さい頃から関係者が絶賛するほど美しかったが、体質が弱く、最初から競走馬にすることは諦めて、繁殖専用で育ててきたという。


 看板のスマイルティアラが亡くなったことで経営が苦しくなったところに、別の繁殖牝馬の不受胎ふじゅたいなど、さらなるアクシデントが続き、スマイル牧場は残る持ち馬も売却するなど縮小の一途を辿った。愛子が先代を引き継いだのは2年前、フラワースマイルが生まれ、スマイルティアラが亡くなった1年後のことだった。先代がどうなったかは聞かなかった。


 ロイヤルオークスというのは競馬を主催するロイヤルレーシングクラブ(RRC)のG1レースの1つ、元の世界ではナショナルオークスに当たる。クラシックと呼ばれる3歳の牡馬と牝馬それぞれ三冠レースがあるというのも同じだ。


「RRC・・・あっ」

「どうしました?」

「いや、何でもないです」


 補足すると、元の世界ではダービーに牝馬でもエントリーできるが、あくまで牡馬と牝馬のクラシックで別れているらしい、いわゆる騸馬せんばはクラシックに出走できない。このことを話す時に愛子の顔が少し赤くなったのに駿馬は気付かないフリをした。


「ただ、そうした中央競馬に今回のレースは関係ないということですね」

「はい。RRCの主催する中央競馬とは別に独立レースというのがあって、個別のスポンサーが自社の名前や商品の冠を付けて行うんですけど、その中でも最大のレースの1つが7日後に行われる『ナンデモ電機ステークス』なのです」


 ナンデモ電機というのがレースのスポンサーなのだろう。すごいネーミングだな・・・駿馬は笑いを堪えながらも、本題に引き戻す。


「なるほど。その1着賞金が3000万円・・・それを白金ファームへの返済にあてると」

「はい。恥ずかしい話ですが。ただ、今のうちには競走馬がいないので、お付き合いのあったところにRRC未登録のお馬さんを借りられないか話を持ちかけてるのですが、ここまで全て断られてしまって」


 まあ、このての話の展開は読めるな。おそらく白金ファームがスマイル牧場に協力しないように根回ししているのだろう。


「あの・・・良かったらですけど、そのレースに僕とハヤテオウで出ましょうか?」

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