第4話 スマイル牧場

 バシッ・・・という強烈な音とともにノックアウトされた駿馬が目を開けると、大きな二つの瞳と整った鼻、唇・・・愛子の顔が真上から迫っていた。こ、これはもしや・・・


「あの、大丈夫ですか?」

「えっ、ま、まあ・・・」

「ごめんなさい、こんなことになるなんて。人を打つことなんて滅多にないので、私加減を知らなくて」

「(滅多じゃないけどあるのか・・・)いや大丈夫です」


 ようやく愛子の顔が遠のいた。良い意味でのサプライズは駿馬の妄想で終わった。ようやく我に帰って辺りを見回すと、簡素な建物の中にいる様子だ。きっとあの小屋だろう。


「あの、失礼ながらスマイル牧場って静かというか」

「はい・・・どこまで話して良いか。け、経営が厳しくて、今は自家用の家畜と繁殖はんしょく前の牝馬が一頭いるだけでして」

「すみません、ぶしつけに。あ、ハヤテ・・・ハヤテオウは?」

「ああ、あの黒鹿毛のお馬さんなら馬房にいてもらっています。すごくお利口さんなのはすぐに分かったのですが、万が一にも逃げてしまったらと思って」


 元の競馬界であればハヤテオウのことを知らない関係者はいないだろう。どんなに小さな牧場であろうとも。世代のナンバーワンホースと期待され、圧倒的な人気に応えてナショナルダービーを圧勝した、少なくともゴール板を独走で駆け抜けたハヤテオウなのだ。


「本当に立派なお馬さんですね。あれだけの骨格、それから品もあって・・・でも鼻をひくひくさせてて、愛嬌もある」

「(そこは褒めないでいいです)」


 ハヤテオウのことは知らなくても彼が並の馬でないことは見て分かる。素人でないことは明らかだ。それにしても馬房って、その牝馬と隣合ってたりしたら大丈夫だろうか。


 しばらく会話をしていると、突然、外からドタドタと騒々しい音がした。そしてドアがドンドンと鳴り響く。扉が開いていたのか、柵を乗り越えてきたのか分からないが、招かれざる客が来たことは明らかだった。

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