ROCK ON BLOOM!!! ーロック・オン・ブルームー
tanaka
第一節《水上都市アイルズ=アイリーン》
第1話:水面下の憂鬱 前半
第1話:水面下の憂鬱 前半
濃い霧を裂くように、湖の上を一隻の木舟が進んでいく。
決して綺麗とは言えない舟だが、見た目以上にグングンと水面を切り進んでいる。
押し黙るのは、小さな木舟に乗っている私達だ。
ボロ布をまとっただけで全く生気を感じられない船頭さんは、私達に見向きもせず舟を漕ぎ続ける。
横を見れば、同じく乗り合わせた子供達が五人、身を縮こめて座っている。
そして皆、どこか仏頂面なのだ。
いやそれもそのはずか、この木舟に乗っているのは全員孤児。私もその内のひとりだと思われているのか、どうも同族嫌悪の混じった視線を向けられているような、そんな気さえする。
「あんたは、どこから来たのよ」
沈黙を破ったのは、目の前にいた赤髪で赤い瞳の少女だった。
「え、私に言ってる?」
「ええ、その金髪が目立っていたもの」
どこか失礼な言い様である彼女、その名前を“ニア”と言うらしい。
家の問題でここまで来なくてはいけなかったとのことで、それ以上の詮索はやめることにした。自分含め、この先にも居る孤児達の過去を聞くのはご法度だ。
「それと勘違いして欲しくないんだけど、私は二年生よ」
一応、注意も忘れない。
「え? じゃあ何で舟に乗っているの?」
「なんでもなにも、普通に孤児院を外出していただけ」
ニアが疑問に思うのも当然だった。何故なら、この舟に乗り合わせた私以外の子供達は、皆この先にある孤児院へと入る予定の子達なのだ。
自ずと私もその内の一人だと誤解してしまったのだろう。
更に言うなら、私は他と違い孤児でもない。
「見えてきたわよ」
私の呼び掛けに、ニア以外の子達も次々と顔を上げる。
霧の向こうから薄っすらと姿を現したのが、巨大な城だった。
見上げようとすれば首を痛めてしまいそうなスケールの巨塔が並んでいるのがまず目に入る。
次にあれを繋ぐ壁を見てしまえば、今にも息苦しくなってしまいそうだ。
「あれが?」
あれの他に何もない。
「あれが、ええ、さっきからあれあれクドいわね」
この巨城は、大仰な言い方こそしているが実の所ただの孤児院だ。
現在、世界における次世代教育、その最先端こそ担っているが、たった三千年の歴史を持つ城を改良しただけの学校なのだ。
正式名称は“フィロ=マーキュリー孤児院”と言うが、時に人はこの城を違う通り名で呼ぶ。
「水の都の大魔術学園、遂に辿り着けたのね」
北の大都市アイルズ=アイリーンに湖を隔てて隣しており、最も栄えある教育機関である。
その大門が僅かに開き、私達の乗る木舟はあっという間に吸い込まれてしまった。
********************
入学から早くて一週間が経過した。
私ニアも、学園での過ごし方に慣れた頃合いだ。
例の先輩風吹かしていた少女、その名をマリアと言うらしい。
どこか自意識過剰だった気がするのだが……アレは素なのか?
また付け加えると、無駄にきめ細かく靡いていた金髪が余計気に障る。
マリアの態度が少し気に入らなかったのだろう、そんな自分に気付いた。
それを察してか、マリアとその取り巻きらしき女子数名が入学したての私へ頻繁に絡みに来るようになってしまった。
気に食わないのは私の赤い髪か、もしくは態度なのか。
後者だとしたらお互い様だと言いたい。
例えば私が寮の談話室で暖をとっていた昨晩だって、彼女達のちょっかいを被っていた。
まず取り巻きが私に向かってせせら嗤い、周囲にも聞こえる声で悪口を飛ばす。
そして、間とマリアが割って来て、私の元まで来る。
暖炉に手を寄せていただけの私だったのだが、その手を掴んでは
「ここは先輩であり、市長の娘である私が使うわ!」
強引過ぎる物言いで私を除けるのだ。
取り巻き数名は笑いながらマリアの元まで駆け寄り、私には手厚いラブコールを送ってくれる。
苛立ちこそしたが、周りの冷めた視線も含め私には退散することしかできなかった。
背中で笑い声を受け止め、自分の部屋に戻るのである。
先程何が気に食わないのやら、などと言ったが、明確に彼女達が口にすることがあった。
それは、入学直後の私が掲げた目標だった。
『誰よりも優れた錬金術師になる』
たったそれだけの単純な夢だった。
ただ自分にも若干自覚はあるのだが、その掲げ方が人目を憚らず過ぎていた。
だから余計にイジメがいのある後輩役となってしまったのだろう。
「へえ、君は結構入れ込むタイプなんだね」
「入れ込んでなんか、まさか」
「いや、なんなら同族嫌悪かもね?」
私は食堂にて、三年生のイロハ先輩に絡まれていた。
広い食堂の中に、幾つもの長机が置かれ、そこで自由に席を取り食事も摂る。
そんな食堂で折角、優雅な一人ランチを興じていたというのに水を差された形である。
このイロハ先輩は、綺麗な黒髪を肩辺りで切り揃えているのと、その中性的な見た目が仇となり、別に深い意味は無いのだが、一部からは学園第三のトラップと呼ばれているらしい。
ちなみに、この学園には全七つのトラップが存在する。
いやどうでもいいのだが。
「なんですかイロハ先輩、ダル絡みなら帰ってください」
同じ寮の先輩で、偶然目線があったという理由から話しかけられるようになってしまった。
イロハ先輩は普段からこのノリを続けているため、学園公認の要注意人物とされている。
気付けば隣に居たはずが、気付けば先頭に躍り出ている。
誰も知らない屋根裏で寝泊まりし、我々とは違う肉を食している。
何をしているのか、何を考えているのかも全く知られていない。
いつの間にやら成績上位に立っていたり、いつの間にやら学園追放の危機に瀕していたりする。
一説には違う次元に住んでいるのではないか、とすら吹き回されている。
よもやここまでくると仙人だ。
「えぇ? 可愛い後輩の面倒を見に来ただけなんだけどなぁ」
そんな眉唾物の先輩が色々尋ねてきたものだから、堪らず私も応答してしまった。
「にしたって、マリアちゃんもボクらと同じアイリス寮の、しかも二年生じゃないか」
この孤児院に入ったら、どんな子供でも分け隔てなく四年制の教育を受けることになる。
その際、全三つの寮に分けられるのだ。
一つ目が『交わり』の意味を持つプロテア寮。
二つ目が『隔たり』の意味を持つクロッカス寮。
そして最後に、私やマリア、イロハ先輩も所属するアイリス寮。
なんでも『繋がり』の意味を持つらしい。
それぞれの寮に分かれ、ある程度分別された授業を受けることになる。
なんと言っても、これこそ我らが魔術学園の最たる特徴だろう。
一世一代では収まらない歴史を積み重ねても、この寮制度は一度も変わっていないのだとか。
それほど昔から魔術を教えているというのだから、その組織理念も堅いものだ。
とか言ってみる。
イロハ先輩としては、そんな同寮の同士、同じ繋がりを掲げる者同士、ワダカマリなんて無いに越したことはない。
だから気にし過ぎても心に病であると言うのだ。
余計なお世話と言いたいが、そろそろ本格的な授業も始まる手前、彼女達との踏ん切りはつけておきたいとは確かに悩んでいる。
こちらとしては譲歩する部分も勿論持ち合わせているが、まあ向こうの出方次第であると……
「やっぱり同族嫌悪じゃないか」
「なんでそんな同族にしたがるんですか!?」
「いや、自覚がないなら自覚させたいじゃないか」
「余計なお世話、というか嫌がらせですよね?」
「ははは、笑って誤魔化すね」
「それ言ったら誤魔化せてないんですよ!?」
最後の一言はかなり大きな声量で放たれた言葉だった。
辺りも一瞬の静寂に包まれる。
その気まずさにふと周りを見回す。
いつの間にやら、近くで食事していたはずの他生徒との距離が、食堂に来た時よりも酷く離されていることに気付いた。
ショックで顔が青ざめる。
視界の端に映るのは、例のマリアと取り巻き達が私に向かって笑っている様子だった。
唐突にイロハ先輩は机へとよじ登る。
もう一度言おう、隣で座っていたはずのこの仙人が、いきなり机に足をかけ土足のまま立ったのだ。
「ちょ、ちょっと何やってるんですか!」
イロハ先輩は机の上に立って、誇らしげに私の方を見る。
正しく表現するならば、大きく見下しているような形だ。
その体勢のまま言葉を繋げた。
「いやはや、無常の世界とは美しきかな、そして残酷かな」
それもかなりの大声で、流石に周囲の視線もイロハ先輩に釘付けとなった。
この空間に居る何十人という生徒も、穏やかではない表情に変わる。
「万物、いずれ枯れるのが世界の理。それは花のよう」
私も必死に取り繕おうとする。
しかし、先輩の視線は私にしか向いておらず、私の逃げ場など無いのだと実感させるのだ。
ただただ慌てふためく私と、どこ吹く風で雄弁する先輩。
「道に咲く花のよう、戦場に咲く花のように美しい理。冬が来た。花は枯れた。夏が来た。緑に溢れた。秋が来た。豊穣の季節だ。そして流れる季節と重なる時間が、多くの命を殺した」
「先輩もう降りてくださいよ! 恥ずかしいですから——」
すると突然、先輩の目が私の前に迫った。
大きく屈み込んで、私の位置まで目線を合わせただけだ。
だがその一瞬で、私の心は先輩に全て読まれてしまったような気さえした。
少なくとも真っ黒で鋭い先輩の目が、そう思わせたのだ。
「ゆえに美しき花とは、誰かの死体の上に咲く」
私にだけ聞こえる声で、そう語った先輩は、やっと机から降りた。
しかし周囲からの視線は未だ集まったままだ。
恥ずかしい。
「せ、先輩にこれ全部あげますから、私もう行きますね!」
「え、いいの、まじ? やったー!」
早足で寮へと戻る。
今日は学園に来て最初の休日で、明日から授業が始まるという大事な日でもあるのだ。
だから特別な予定を組んでいたというのに、先輩のせいで出歩きにくくなってしまった。
直近の楽しみすら崩された私は、どうすればいいと言うのだ。
誰に責任を追及すればいい?
どなたか責任者はいないのか?
学園長?
あれは少し、いやかなり癖のある人物に見えたから回避したい。
つまり救いはないと言うことか。
皮肉なことに、ふかふかなベッドはまだ暖かいままだった。
私は躊躇いもなく潜り込む。
そして浅い眠りが緊張を溶かす。
自然とそれは深くなり、私は気持ち良く眠りこけることとなった。
脳裏に流れるのはイロハ先輩のポエムだ。
とりわけ、噂通り中身がなく戯言でしかない言葉を吐いているに違いないのだろう。
実際ポエムはポエムでしかない、ゆえに気にはしない。
だがイロハ先輩も言っていたような、私とマリア達との関係は、胸の奥底でドロッと溜まり続けている。
別に、目下取り急いで解決しないといけないほど重要な問題だとは言わない。
そもそも解決なんて一言にまとめたって、その理想すら存在しない。
だからどうでも良いのだが、やはり気になって夜も眠れない。
いやこれは昼寝だが……
「——だは!!」
目を覚ますと、もう次の日だった。
しかも定刻ギリギリである。
嘘だろ。
そして私はまだベッドの中だから、定刻に間に合うはずがないのだ。
しかしそれで諦められるほど、私の心は柔だろうか?
否、私は最強の錬金術師を目指す者であるからして、ここで最善を尽くさなくてどうするというのだ。
というわけで、走り出した私はちゃんと遅刻することになった。
一限目、幻獣学。
後に知ったのだが、先輩の語った例のポエムは、どうやら有名な詩人の残した唄の一節らしかった。
私はそれに詳しくはなかった。
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