第3話

 ホテルからリックに電話をかけて話した。


「日本っていいだろう?」

 電話の向こう側のリックがくつくつと喉を鳴らして笑う。


「せいぜい居ていられるのは二十年位だ。俺達は外見が変わらないから怪しまれる。それまではそっちで好きに楽しんで来い。俺が使っていた部屋はリフォームは済んでいるから好きに使うといい」


「そうさせてもらう。仕事の方も悪いな、紹介して貰って」


「そんな事はいい。オペはするなよ、俺達の血が暴走する」


「解っているよ。でも日本人の血は美味いな」


「おい! もう噛んだのか、手が早いなあ」


「仕方ないだろう。血液は持って行けないんだ。パリから日本までどの位かかるか解っているだろう?」

「半日はかかるよな。まあ上手くやっている様で良かった。困った事があったら言ってくれ。血も欲しくなったら簡単に貰える所を教えてやる」

「それはどうも。そうだ! リック、狼男のジャックをそちらで見たか」


「どうした? 昨日会ったばかりだぞ」


「そうか‥‥‥日本にもいるぞ。あいつの仲間が、食事のマナーがなっていないよ。お陰でこっちでは事件として調査されている。あいつに伝えてくれ、面倒事は起こさないでくれって」


「そうか、それは災難だったな。俺からも言っておくよ」


 電話を切ってベッドに横になった。今日は忙しい日だったが楽しかったなあ。

明日から仕事だ。早目に行っておかないと迷子になるとリックが言っていたからな。もう寝るとしよう。窓の外を見る。東京の夜は明るいな、人も多くいる。寝る前に血をもらうか。俺は夜の街に出かけた。


 歩いていると女性から声を掛けられる。

「お兄さん素敵ね。モデルとかしてるの?」

「いや、俺はドクターだよ」

「あら! それなら私を診察してくれない? 隅々まで」

 と腕を掴まれる。

「積極的な女性は嫌いじゃない」


 そう言って二人で近くのホテルに入った。

「シャワーを浴びてくるわ」

「俺も一緒に入ってもいいかな?」

「積極的な男性は好きよ」


 そう言って二人でシャワーを浴びる。ああ、やっぱり美味しそうな匂いだ。

シャワーを出てそのままベッドへ女の髪をかき分け首筋にキスをする。そしてそのまま俺はキバをその首に沈ませる。やっぱり美味い! 女は恍惚とした表情を浮かべる。俺達ヴァンパイアに噛まれると気持ち良いらしい。いかんいかんこれ以上飲んでしまうと死んでしまう。つい夢中になってまった。やばい! 女の意識はないが眠ったようだ。俺は満足だ、これで暫くは飢える事はないだろう。一人ホテルを出る。


 今日から仕事だ。事務方の説明を終わって外来へ行く。この病院はグローバルな病院で外国からの患者が多い。俺は大抵の言葉は理解できる。ので、診療時にヘルプで呼ばれる事が多い。いわゆる通訳だ。色々な国から来ているのだな。俺は総合内科での仕事に就いた。患者がいてもヘルプで呼ばれればそっちへ行く。俺の不在時はナースが問診を変わりに聞いてくれているから助かる。


 そうして何日か過ぎたある日、何処かで見た顔が病院にいるではないか、間違いない、有紀だ。向こうもこちらに気づき駆け寄ってくる。


「マルク! 本当にドクターだったのね」

 と笑う。俺は

「どうして有紀はこの病院にいるんだ? クリニックにいるんじゃないのか?」

 すると小さな声で

「クリニックだけでは経営は難しいのよ。だから、こうやって時々バイトをしているの」


 日本は大変なんだな。医療費も保険? ってものがあるからアメリカでは考えられない位に安い。ドクターの給料もそれ程高くない。俺はリックの紹介や学会での実績があるのでここにいる他のドクターより年収は高い。それに通訳もするからな。ちゃんと仕事はしているぞ。


「有紀も苦労しているんだな」

 そう言うと少し拗ねたような顔をする?

「いいの! 私は自由に自分の好きな事をしたいからこれでいいのよ」


 そんな笑顔の有紀に胸が疼く。

「有紀‥‥‥柏木先生、今日仕事が終わったら食事でも行きませんか?」

「いいわよ。医局で待っているから連絡してね」」

 

 そう言って戻って行く。俺もこれからカンファレンスだ、遅くなると他のドクター達の視線が痛いんだよ。さあ急ぐか。


 仕事も無事予定通りに終わったし、有紀に連絡をしよう。有紀も仕事は終わったようで駐車場で待ち合わせをした。車を見て有紀が驚く。

「これってどうしたの?」 

「友人からもらったんだ。日本にいたんだがもう国に帰るからお前にやるって」

「そうなんだ。買ったにしては早いなあと思ったけど、そういう事なのね」


「では、どうぞ姫」

「まあ! マルクってそんなジョークも言えるのね」

「俺は有紀から見てどうな風に見えているんだ?」


「出逢った時の印象がね、なかなか抜けないわ。だって迷子の子犬みたいだったから」

 そう言ってコロコロと笑う。ははは正直人間酔いはするわ、貧血でふらつくわで、頼りない、怪しい人物だっただろうからな。


「だから、ほっておけなかったの」

 そう言ってこちらを向く。俺は運転をしているから脇見はしてないぞ。だが、有紀が俺を優しく見つめているのが解る。


「知っている? 貴方あの病院でちょっとした有名人になっているのよ」

「何の事だか解らないのだが?」

「だって色々な国の言葉が話せる人なんてそうそういないし、イケメンだから余計に目立つのかしら?」

「嬉しいねえ。イケメンって言われるなんて。有紀の目にも俺はそう映っているのかな?」

‥‥‥答えが返って来ない。予約した店に着いた。

「着いたよ。ここだ」

 有紀が驚いてつい大きな声で

「ここって! 結構お高いお店じゃない!」

「有紀。声が大きい」

「‥‥‥っていっても私のこの恰好でいいのかしら?」

「うん、ジーンズじゃなければ大丈夫だって。有紀のその服よく似合っていて素敵だよ」

「はあ~貴方の金銭感覚が解らない」

 溜息混じりに言う

「だって女性を誘っておいてファミレスじゃあね」

 と爽やかに笑って見せた。


「私にそんな気を使わなくてもいいのよ。ファミレスだって構わないのだし」

「さあ、こんな所で立っているのも変だから中に入ろう」

 

 高そうなドアが開いて中に入る。空かさず店員が出迎える。マルクは店員に

「予約してあるのだが」

「マルクス・ウェベリン様ですね。ご用意出来ております。こちらへどうぞ」


 流石は有名店だ。客の名前をしっかり把握している。有紀が緊張しているのが解って何だか可愛いい。店員に案内されて個室にはいる。

「ここなら人の目は気にならないだろう? 寛いでよ。いつもの元気な君は何処に行ったのかな? 借りて来た猫になってるよ」


 俺だってあの時の弾けるような笑顔で色々連れて行ってくれた時の君をハッキリと覚えているよ。俺はずっと笑顔で有紀を見ていた。

 

 料理が運ばれてくる。前菜からもう素晴らしく芸術品だリックがお勧めるだけのお店だ。きっと満足させてくれるだろう。

「美味しい!」

 有紀が笑顔になった。

「やっと笑った」

「もう仕方ない! 今日はマルクに付き合うわ。この後も予定を決めているんでしょう?」


 その顔はいつもの弾けるような笑顔だった。

「まあね。あの時のお礼とでも思ってよ。ほんとに助かったんだよ。あんな所で倒れたら洒落にならないからね」


 暫く食事をしながら有紀の話を聞く。有紀の両親も医師で大きな病院を経営している。いずれ自分がその病院に戻らないと行けないのだと。

「だから、今は自由にさせて貰っているわ」

 美味しそうに食べながら話す。

「君はそれでいいの?」

 俺はきっと聞いては行けない事を聞いた。


「私に選択肢はない。マルクのように自由にいられる事は出来ないのよ」

 食事は終わった。

「有紀、次に行こう。付き合ってくれるんだろう」


 俺達は店を出た。車は運転代行者に頼んだ。歩きながら俺はさっきの有紀の話を思い出す。

「次はあそこのラウンジだよ」

「はあ~本当に貴方って変わっているわね。まあいいわ! 付き合ってあげる。行きましょう!」
















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