第二十九話 はらからの苦悩。

 「こんちはー。」


 「お、やっときた二人とも。ほら急いで準備して、うみちゃんももう準備できてるよ。」


 視聴覚室に入ってすぐに凛音りんねが僕たちに声をかけてきた。

相変わらず爽やかイケメンって感じだな、やっぱ話し方も関係あるよな。


 「いや、私のせいじゃないって、紬が彼女できたとか言い出したからさー。」


 「え!?」


 「は!?嘘でしょ?つむぎに彼女なんてありえないでしょ。」


 二人とも驚きすぎだろ。

特に海、こいつ本当に失礼なこと口走ってるな、ありえないは言い過ぎだろがい。


 「まりんちゃ〜ん、そんなことをおっしゃるのはこの私に失礼ですことよ、気をつけなさい。」


 「なっ、紬、その呼び方しないで!」


 「あら、これは失礼いたしましたわ、悪気はなくてよ。オホホホホ。」


 「本当に怒るよ。」


 どうだこの煽り、相手の嫌がることを的確にやってのける。

これには効いたろ。


 「はいはい、二人ともやめようねー。紬は早く準備して、海ちゃんも、紬だって人間ではあるんだから。」


 「おい、お前も大概じゃんか。」


 全く、このバンドには作曲担当への敬いってものがたりてないな。

大会に出す曲だって僕が作っているというのに、やれやれ。


 「ごめん、まあなんかあったら僕に相談してよ、乗るからさ。」


 「凛音大先生、よろしくお願いいたします。」


 この恋愛経験の塊みたいな人間がついてれば怖いもんなしだな。

よし、今までもことは水に流しておいてやろう。


 「じゃあ始めるよー。」







 「ただいま〜。」


 「おかえり。」


 練習が終わって帰るとれんがリビングのソファで横になってスマートフォンをいじっていた。

やっぱりなんとなく元気が無いように見える。


 「蓮ポテチ食べる?」


 「後で食べる。」


 「了解。」


 大丈夫か?

淡藤に頼んであるけど、なんか話せたかな。


 それにしても少し前まで最悪の妹だと思ってたのに心配するまでになるとは。

何があるかわからないものだな。







 夜になると淡藤からまた電話の誘いが来た。

今度は日付が変わる頃には終わるようにしないと、さすがに二日連続遅刻はまずい。


 しばらく二人で何気ない話をしてから蓮のことを聞いてみる。


 「そういえば蓮から何か聞けた?悩みとか。」


 「……うーん、聞けたけど。」


 淡藤はどこか言いづらそうにしている。

やっぱり何か難しいことなのかもしれない。


 「けど?」


 「私たちに何かしてあげられることでもないかもしれなくて……。」


 個人的なことか。


 「具体的に言ってた?」


 「陸上のことなんだけど、怪我をしてから最近少しずつ練習に参加してるらしいの。」


 「うん。」


 蓮がリハビリを頑張ったから運動もできるようになった。

嬉しいことじゃないか。


 「それで、今までの自分と怪我をした後の自分との差にショックを受けちゃったみたいで。」


 まあそれはそうだろう、大きな大会で結果を残せるほどの実力を持っていたのに、今の状態では僕よりも走れないだろうから。


 「それは仕方ないんじゃない?」


 「そうだけど、それは本人にはなかなか納得いかないよ。それにそれだけじゃなくて、それを周りの部員が哀れんで腫れ物に触れるように接してくるんだって。それがさらに自分が選手として何もできないって見せつけられてるみたいで辛いんだと思う。」


 「なるほど、それはキツいな。かわいそう。」


 周りは気を遣ってくれるのが嫌なんだろう。


 「ありがとう淡藤。蓮が何か相談してきたらまたよろしくね。」


 「うん。私も蓮ちゃんのこと心配だから。」 






 次の日の朝、寝坊はしなかったがスッキリしないまま僕は学校に向かった。

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