第十話 狐の嫁入り。

 「れんちゃん荷物これだけで大丈夫?」

 「うん。全部入れた。」


 蓮が入院する日の前夜、母さんと蓮はリビングで入院に必要になるものを準備していた。


 「この機会に本とか読んでみたら?時間潰しにちょうどいいよ。」

 「えー、本?いいよ、そもそも持ってないし。」


 妹の手術には術後のリハビリを含めて二週間から一ヶ月の入院が必要になる。

自分でも前十字靭帯断裂のことを調べてみたが、やはりそれだけの入院が必要な大きな怪我らしい。

足の炎症はもう治っていて、手術は問題なく行えるし、経験豊富な先生なら失敗はあり得ないと母も言っていた。

母さんは普段全然本を読まないところも入院で治療して欲しいらしかった。


 「お兄ちゃんに教えてもらいなさいよ。たくさん本読んでるから詳しいし。ねえつむぎ、いいでしょ?」

 「僕は別にいいけど。難しくないのもあるし。」


 本を紹介するくらいなら喜んでやろう。


 「いや、いいから。」

 「そう?せっかく時間あるのに、もったいないなー。」

 「マジでいいって。」

 「分かった。じゃあ準備おしまい!」


 まだ蓮との距離は遠い。

前とは違って僕は妹を無下にはしたくないけど、まだ直接言葉にできていない。

この前淡藤あわふじと一緒に選んだタオルとヘアゴムを気に入ってくれるといいんだけど。







 当日の朝、頭上に雲は無いのに雨が降っている。

お天気雨だ。

今日も母さんは来られないし、淡藤もいない。

そうなると当然僕が蓮を連れて行くことになる。

なぜか病院に行く日は僕が付き添うことが多い。


 「蓮、タクシー来たよ。準備出来てる?」

 「うるさい。出来てるよ、見たらわかるでしょ。」

 「じゃあ行こう。」


 二人でタクシーに乗っている間、僕はずっとあべこべな空を見ていた。







 病院内は診察や治療を待つ人でごった返していた。

大きい病院は朝からたくさんの人が来ている。

みんなそれぞれ病気や怪我が原因で辛い思いをしているのだと思うと、少し、可哀想になる。

でも今あの人たちに必要なのは赤の他人からの同情じゃなくて専門医からの治療だ。


 「あの、今日から入院する霞です。」

 「霞蓮さんでよろしかったでしょうか。」

 「そうです。」

 「わかりました。すぐご案内しますね。」


 案内された病室は六人一部屋で、蓮は一番奥の窓際のベッドだった。

他のベッドも全て埋まっている。

カーテンで見えないが、それぞれ入院が必要な大きな怪我をした人たちなんだろう。


 「蓮、他になんかやっておいた方がいいことある?」

 「無い。もう帰っていいよ。」

 「分かった。じゃあ今日はもう帰るよ。明日の朝またくるから。」


 家に帰ってもやる事がないのでいつものゲームを起動する。


 「あ、かけるやってる。誘ってやるかー。」


 僕のもう一人の幼馴染の片瀬翔かたせ かける

春休みの初めは毎日のように一緒にゲームをしていたが、ここ最近はしていなかった。

翔をゲームのパーティーに招待する。


 「こんにちは〜。」

 「こんちはー。」

 「暫くぶりだねー翔君。元気かな?」

 「そんなにかなー。そっちは?」

 

 早速ゲームを始めていつもの雑談が始まる。


 「まあまあかな。今期のアニメが良いってことと、妹が怪我して大変って感じ。」

 「あー、良いよね今期。豊作で。蓮ちゃんだっけ?どうしたの?」

 「部活中に靭帯切った。」

 「は?やばすぎ。大ごとじゃん。大丈夫?」


 翔はあんまり外に出たり運動したりしないのにどんな怪我なのか知ってるみたいだ。

実はこいつ結構頭が良い。

ずっとゲームしてるくせに、勉強も欠かさない割とすごいやつ。


 「今日から入院。明日手術。」

 「マジか。頑張れ。」

 「妹と先生がな。俺は応援。」


 僕ができることは妹の手助けするくらいだ。


 「そっちは?微妙そうだけど。」

 「いやーそれがさ、この前愚痴ったカップルがまた面倒なことになって。」


 また色恋沙汰か。

僕には経験がないから、よくわからない事が多い。

まあでも、幼馴染のお悩みくらいは真面目に聞いてあげよう。

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