義賊、石川五右衛門一家

栫夏姫

第1話 絶景を求める男

 天下泰平の世、汚き金のある所に義賊あり。

 天下に名を轟かせる大泥棒……その名も石川五右衛門。

 汚き金を盗み、庶民にばらまき、正義で裁けぬ悪を裁き続ける。

 忍びとなる道を捨て「己の正義」の為に技を振るう。

 まだ見ぬ絶景を求めて、今宵も新たな財宝を狙う。

「頂上より、絶景かなぁ〜!」





 この物語は天下の大泥棒石川五右衛門の生涯の盗みの物語である。






 場所は豊臣秀吉が天下を治める京都、天下統一がなされたとはいえ悪事を働く者が絶えない時代である。

 夜になれば用心のため外に出ることすらはばかられるという。

 搾取する者、搾取される者その貧富の差は歴然で搾取される者を救うため五右衛門は「己の正義」を掲げて盗みを働く。

 もちろん秀吉陣営はそれを許すことはなく、彼は指名手配されている大悪人ということになる。

 しかし、民衆は彼に感謝はすれど非難する者などは一人も居なかった。彼は正義の味方という扱いを受けているのだ。役人の調査も町全体でしらを切り、其の捜索を免れている。

 盗みの時に顔を変えているわけでもないのに、町内を堂々と闊歩している。

「おっちゃん!団子おかわりだ!!みたらしな〜」

「あいよ、ゴエちゃんまたせたな」

 このように堂々と団子屋で茶を飲みながら団子を楽しんだりしているのだ。

 この時代、秀吉政権を嫌う反秀吉派閥というものが少なからず存在する。

 その人物らがこうして五右衛門を慕うのである。

「おっちゃん、お勘定だ。ここに置いとくぜ」

「おいおいゴエちゃん、ゴエちゃんから金なんてもらえねぇよ!俺らの恩人に金なんて払わせたらバチが当たっちまうよ」

 団子屋の主人はそう言って置かれた金を五右衛門に突き返す。

 このように店で五右衛門が何かを食べたりししても、料金を受け取ろうとしない人間は少なくない。

「おっちゃん俺が誰を助けたとかそういうのは関係ねぇんだ。俺は客だ、客が店に金を払うのは当然のことだろう?俺はケチな役人とは違うんだ、そんな食い逃げみたいな真似できるか」

 強い口調で言いながらもその表情は穏やかで優しいものだった。

 逆に店の主人に料金を突き返し、五右衛門は団子屋を後にする。

 このような性格が彼が好かれ、尊敬される要因なのかもしれない。

 ひとたび彼が町を歩けば様々な人が彼に声をかける

「ゴエちゃん!今日は魚が安いよ!サービスするから買ってっておくれよ」

「おう、ならサンマをいただくとするか」

「毎度!一匹売り物にならなくて家で食おうと思ってたやつがあるんだが、食いきれなそうだからサービスって事で入れておくよ」

 軽く礼を済ませ、また歩き出す。

 行く先々でおすそ分けをもらうものだからか、町を一周歩くのですら一苦労なのである。

 やっとの思いで自分の隠れ家である「大仏餅屋」につく頃には、両手に大量の荷物を抱えていました。

「牛尾!茜!戻ったぞ!!」

 隠れ家の中くつろいでいる二人に声をかけ、自分の手荷物を置き腰を下ろして煙管に火を付ける。

「親父、今日も随分大量にもらってきたり買ったりしたなぁ」

 笑いながらそう言うのは、五右衛門の子分である牛尾という男だ。

 刀の達人であり、五右衛門が過去命を助けた人物である。

 その時に五右衛門が子分として迎え入れたのだ。

「まぁ、茜は食材は多ければたくさん食べれるから嬉しいよ」

 食材を物色しながらよだれを垂らしているのは、茜と言って同じく五右衛門の子分の女性である。爆弾や小道具を使いこなす五右衛門と同じ伊賀にいた忍びである。五右衛門が伊賀から抜ける際にこっそりついてきて、そのままなし崩しに子分になった。

 そんな五右衛門一家と呼ばれるこの三人、盗みをしているが大金持ちというわけではなく、どちらかというと金がない方である。

 その訳は盗んだ金は基本的に町の人間に配ったり、生活が厳しい人間の為に使ったりしているので手元に残る金額はごくわずかなのだ。

 しかし、こうして町人におすそ分けをもらったりなどをしているおかげでそこまで苦労はしていない。

「さて、今日はもらった食材使って豪勢に飯でも食うか!!」

「親父、うちには金がねぇんだ。少しずつ食っていくに決まってるだろ」

 そんなやり取りをしていると、扉を叩く音が部屋に響く、客人のようだ。

「お、何だ?もう夕方になるっていうのに」

 五右衛門が扉を開くとそこには小さな女の子が立っていました。

「おお!仕立て屋のお嬢ちゃんじゃねぇか。どうした?こんな時間に」

「あの……お願いがあって来たんです……」

 目に涙を溜めながらそう話す様子を見て、ただ事じゃないと感じた五右衛門は女の子を家の中に入れます。

「立ち話もなんだ、茶でも飲んで話していくといい」

 そう言って女の子の対面に座る。

「で、お願いってのはなんだ?」

「お父さんを助けてほしいんです……お父さんのお店があまり調子が良くなくて、質屋というところにお金を借りたって半年前に話していたんです。でも、先月から柄の悪い人たちがお店に来るようになって、お父さんずっと頭を下げたり暴力を振るわれたりしていて……」

 なぜ小さな女の子がこんな難しい話を知っているのか疑問に思った五右衛門ですが、話の最後にお父さんを問い詰めて全て聞いたと話しました。

「金を借りたのが運の尽きと言いたいところだが、確かに相手側のやり口が汚ぇな。営業中の店に押し入るなんて、妨害してますといっていいだろう」

「牛尾、多分質屋が雇った奴らの仕業だろう」

「お願いします……お父さんを助けてください……」

 大粒の涙を流し、頭を地につけて頼み込む女の子を見捨てることなど五右衛門には出来ません。

「よし、その頼み受けよう。牛尾、茜!仕事だ!!」

「了解〜」

「かしこまり!」

 この町に質屋は一軒しかないので場所もすぐに分かります。

「お嬢ちゃんは家で待ってな。必ず助けてやるから」

 五右衛門が女の子の頭を優しく撫でてニコリと笑います。

 安心したのか深く頭を下げて女の子は自分の家に帰りました。






 日が落ち、夜になった道を素早く進む月明かりに照らされた影が3つあります。

 五右衛門一家です。

 女の子の願いを叶えるために質屋に向かっているのです。

「手はず通り頼んだぞ」

「親父もへまするなよ」

「馬鹿野郎、俺がミスするわけねぇだろ。茜のこともよろしくな」

 そう手短に会話を済ませ、二組に別れました。

 牛尾と茜は質屋の金庫室に、五右衛門は一人で質屋の主人がいる部屋に向かいます。

「へへへ……今日は仕立て屋からいいもん頂いちまったなぁ……」

 五右衛門が質屋の主人の部屋の前についた時に、中から気味の悪い笑い声が聞こえました。

 主人が中にいるのは間違いありません。

「ほう……そんなにいいもんを仕入れたんか?なら俺にもちっと分けてくれよ」

 勢いよく扉を開けて中の主人に声をかけます。

「誰だ!!」

「お初にお目にかかる、五右衛門一家の石川五右衛門ってもんだ。お前が仕立て屋から搾り取った金を奪いに来た」

 煙管を咥えながら質屋の主人に近づく五右衛門、その様子には余裕すら感じられます。

「お前が噂に聞く盗人の五右衛門ってやつか、でも俺に当たるのはお門違いってんじゃねぇか?あいつが金を借りるのが悪いだろう?」

「ああ、金を借りた仕立て屋が悪いのは明白だが……賊を雇って必要以上の金をむしり取る必要はねぇだろう。お前の私腹を肥やすための養分じゃねぇよ」

 主人の前に座り込み、そのまま主人を鋭く睨みつけます。

 しかし、主人はニヤニヤと怪しく笑いながら金を数える手を止めません。

「おい、てめぇ聞いてんのか?」

「ん?ああ、聞いてるさ。でももう仕立て屋からは金は取らねぇよ、さっきいいもんを仕立て屋から頂いたからなぁ。それをそのまま売ったらこんな大金になったからよもう勘弁してやることにした」

 その言葉を聞いて、五右衛門は嫌な予感がしました。そして、その嫌な予感は数秒後に的中してしまいました。

「おい、それって……」

「仕立て屋のガキだよ。へへっ……あんなガキでも物好きには売れると踏んだんだろう。両手両足縛って俺に差し出してきたさ」

 なんと、父親を助けてほしいと願いを胸に五右衛門を訪ねたあの女の子が、父親の手によって質屋に売られたというのです。自分自身の借金のアテにするために。

「このクズ野郎が……!」

「なんとでもいえ、俺は仕立て屋から商品を受け取っただけさ」

 クズ野郎と主人を罵りながらも、女の子を家に返してしまった自分に酷く苛立ちを覚えました。

 あの時、茜を家において女の子と一緒に待たせておけばこんなことにはならなかったのです。金に困った人間が何をしでかすかと言うのは五右衛門が一番バカっているのに、こんな優しい子の父親ならきっと問題ないだろうと勝手に思い込んでしまったのです。

「その話さえ聞かなけりゃ金だけ盗って見逃してやろうと思ったが、無理になった」

 煙管を胸に仕舞い、指をポキポキと鳴らしながら主人に近づきます。

「俺がなんの対策もしないでこんなところで金を数えてると思ってんのか!おい、出てこい!!」

 主人の号令を待ってましたと言わんばかりに、大勢の賊が部屋に入ってきたのです。

「天下の石川五右衛門を殺して差し出せば俺も大金持ちだぜ」

 勝ちを確信しているのか、質屋の主人はもう五右衛門を差し出す時のことを考えています。

「おい、俺は今虫の居所が悪いんだ。怪我じゃすまねぇぞ」

 五右衛門の言葉に誰も耳を貸さず、全員が五右衛門に突っ込んで来たのです。

 一番最初に斬りかかって来た賊の刀を奪い、そのまま斬りつけます。

「賊の分際で随分と良い刀使ってんだな。頂くぜ」

 そのまま次々に賊を殺していく五右衛門を見て、自分の状況に気づいたのか質屋の主人はどんどん顔を青くしていきます。

「こんなことなら牛尾を連れてくるんだったな。おい、お前の手下全員死んだぞ。腰抜かしてるみてぇだけどどうすんだ?」

 ずっと後ろに下がっていたのか、主人は壁に張り付き涙を流しています。

「か、稼いだ金は全てお前にやる……だから、見逃してくれ……」

「お前の金庫室に溜めてた金は俺の仲間が今すっからかんにしてるさ。で、仕立て屋の娘どこに売った」

「い、今頃ここの地下でお楽しみだろうよ……」

 それだけ聞き出した五右衛門は主人の喉に刀を刺し、殺してしまいました。

 主人は声も出せず、大量の血を吐き出しました。

「急がねぇと……」

 急いで部屋から飛び出した五右衛門は出た瞬間に驚きの人物とぶつかります。

 牛尾と茜です。

「お前ら……!良いところに来た!お嬢ちゃんが……」

「親父、心配すんな。お嬢ちゃんは無事だ、金庫室に入る前に偶然茜が気づいて地下室から連れ出した」

 茜の背中には泣きながら必死にしがみつく仕立て屋の女の子がいました。

 その姿を見た五右衛門は心の底から安心したのか、その場に崩れ込みました。

「お嬢ちゃんすまねぇ……金がなくなったやつは何をするかなんて分かりきってるはずなのに、俺のせいでお嬢ちゃんを危険な目に遭わせちまった。本当にすまねぇ……!」

 泣きながら土下座をして茜に背負われている女の子に謝罪をしたのです。

 その姿はまさしく『漢』でした。

 五右衛門を見た二人が改めて、この男を親父と慕いついてきてよかったと感じる程、この男の姿勢は『漢』そのものだったのです。

「五右衛門さん……それにお二人もありがとうございます。助けてくださって」

 泣きながらお礼を言う女の子の姿に更に涙を流す五右衛門。その姿を笑う牛尾と茜。

 しかし、そんな明るい雰囲気もすぐに終わり立ち上がった五右衛門は真剣な顔をしていました。

「牛尾、茜。お嬢ちゃんを連れて先に戻れ。俺はやらなきゃならねぇことがある」

「ああ、わかってるさ」

 女の子を連れて隠れ家に二人を向かわせ、五右衛門は一人仕立て屋の家に向かいました。





 仕立て屋の家の明かりはもう夜も遅いのに明るかったのです。

「よぉ、仕立て屋の旦那!こんな時間にすまねぇな。ちょっと邪魔するぜ」

 うちに秘めた怒りを精一杯抑えながら、五右衛門は仕立て屋の家の中に入ります。

「お!ゴエちゃんじゃねぇか!!久しいな、今久しぶりに酒を飲んでるんだ。ゴエちゃんも一緒にどうだ?」

 なんと、仕立て屋は娘を売って意気消沈していると思ったら、そんなことはなく意気揚々と酒を飲み出来上がっていました。

「そうかそうか、酒飲んでたのか。こりゃ邪魔しちまってわりぃな」

「いいってことよ!ほら、ゴエちゃんも飲めよ、沢山あっからよ」

 ボロボロのコップに酒を注ぎ、五右衛門に差し出します。

 その態度についに五右衛門は我慢できなくなってしまいました。理由を聞いたり弁明を聞こうとしましたが、そんなことすらどうでも良くなってしまったのです。

「ところでよ、仕立て屋の旦那……自分の娘を売って飲む酒ってのはそんなに美味ぇのか……?」

 それを聞いた仕立て屋はビクリと体を震わせました。

「な、なんのことだか…… あいつは今知りあいのとこに泊まりに行ってんだよ……」

「質屋の野郎から全部聞いてんだ、ごまかすんじゃねぇよ」

 ドスの利いた声を出し、仕立て屋の胸ぐらを掴みます。

「し、仕方なかったんだ!あいつを売れば借金は完済、もう俺に付きまとわない、店の邪魔もしないと約束して、その上釣りまでついてくるんだ!!そんなん売るに決まってるだろ!」

「自分のことしか考えてねぇクズが……お嬢ちゃんはお前を助けてくれって俺のところに泣きながら頼んできたんだぞ!まぁもうお前には関係ないことだけどな」

 そういって五右衛門は仕立て屋の首を鷲掴みします。

「かはっ……!がっ……」

 どんどんと締める強さを強めていき、仕立て屋が放った小さな助けてくれという声にも耳を貸さずに、そのまま絞め殺しました。

「どんな理由があろうと、この世に女を泣かせていい理由なんてねぇよ。地獄で詫び続けろ」





「おう、戻ったぞ」

 仕立て屋を始末して、五右衛門が隠れ家に帰ってきました。

「親父、お嬢さんは茜がしっかり面倒見てたよ」

「ありがとうな茜、牛尾もちょくちょく見張りをしてくれてたんだろう。助かった」

 女の子を抱きかかえて茜が五右衛門に駆け寄りました。

 女の子は特に怪我などはしておらず、元気な様子でした。

「お嬢ちゃん、すまねぇな。お嬢ちゃんの親父さんもう、亡くなっちまってたよ」

「そう……なんですね……」

 女の子は悲しそうな顔をしていますが、何があったのか察しているようでした。

「お嬢ちゃん、俺の娘にならねぇか?俺みたいな盗人で良ければ親父にならせてくれねぇか?お嬢ちゃんを守れなかった俺にチャンスをくれないか?」

「いいん……ですか?」

「もちろんだ」

 その返事を聞くと女の子は五右衛門に抱きつきました。

「お嬢ちゃん家族になるのに名前を聞いてなかった、名前ってなんていうんだ?」

「私は鈴音って言います」

「鈴音か、これからよろしくな」

 五右衛門は鈴音を自分の娘に迎えたのです。

「おい、牛尾、茜。質屋から奪った金、町にばらまいてこい」

「あいよ、任せときな」

「うちの取り分なんて一切考えるな。情けは一切いらねぇ、金は天下の回り物だからな」

 質屋から奪った金をいつも通り町にばらまき、そして五右衛門一家に一人仲間が増えたのです。

 そして、この事件が石川五右衛門が初めて盗みで殺しをした事例となったのでした。

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