じだらく
@hondashi6303
第1話
半ドン帰りにふらりと寄ったうどん屋で、懐かしい人影を見た。
(あいつはもしや、そうなのか?)
人影を追ってカウンターの奥に目を向けると、そこには旧友のTがいた。彼とは中学の頃に仲良くなったが、その頃から不登校気味であった。
高校も中退し、今はほぼ引きこもり同然なのだという。それでもTとは友人で居続けた。
彼は寝ぼけ眼の丸顔で、恰幅の良い背中には、割烹着に似た店の制服が良く似合っていた。
なんとなく懐かしさと可笑しさがこみ上げて、声を殺しきれず笑ってしまった。
Tもこちらに気が付いたようで、目を丸くして、ひょっこり頭を下げた。
「あっ、どうも 久しぶりです…」
彼の丁寧で、それでいてぎこちない口振りは昔のまんまであった。
「えっと、どうしてここに?」
「どうしてって、うどん食いに来ただけだぜ。お前、ここで働いてんだろ。どんな感じだ?」
「あ~うん。まあ、……」
彼は3ヵ月程前からここでバイトしていること。給料はまあ可もなく不可もなくだが、苦手な同僚がいることなんかをぽつぽつと語った。
「そっかあ。じゃあこれは持ってんだな。」
人差し指と親指で輪っかを作ってにじり寄ると、Tはまたぎこちなく答えた。
「いや~まあ、その、貯金してるんで…」
「なんか欲しいもんでもあるんか?」
「原付を、買おうかなって。」
「何で原付を?」
インドア派のこいつがバイクなんて乗るのだろうか?俺は訝しんだ。
「えーっと、その、もっと稼げるバイトがあるけど、家から遠いし、通うのに原付いるんで…」
彼は低い声で確かにそう言った。
「つまり、原付があればもっと稼げるようになる訳やね。」
「そゆことです。」
「あと、お前さ、勤務時間じゃね。こんなとこで油売って良いんか?」
「シフトはもう終わってるんで」
「そんなら良いや」
去り際にただ「頑張れよ」と月並みな言葉を贈った。あのTへかける言葉はこれで良かったのだろうか。よく分からなかった。
俺の心に、ひとつの言葉が引っ掛かっていた。
低く、たどたどしくも確かに発せられた友の言葉が。俺は自室でただひとり、想いをめぐらした。
あいつのことは、不器用なただの寝坊助だと思っていた。俺はまだまともに学校に通っている。偏差値だってずっと高い。しかし俺と違って、あいつには”目標”ってもんがあった。どれだけ不器用でも、あいつ自身の暮らしを少しでもマシにする為に出来ることをやってたんだ…
思慮を重ねる中で、俺は無意識にTのことを下に見ていたことに気が付いた。
心の内に、罪の意識が静かに降り積もる感じがして、奥歯を強く噛みしめた。
俺は今まで、真剣に何かに取り組んだことがあったか。刻苦を嫌い、ただ漫然と生きてきただけではないのか。そんな奴が、誰かを笑ったり、見下したりする資格があるものか!
あいつだって頑張ってるんだ。俺も変わるべき時が来たんだ。これからはもっと、目の前の物事に対し真っ当に取り組もうと、そう思った。
-思っただけだった。
長年の習慣は変えられないものなのか、抱いた決意は霧散し、何一つ暮らしぶりが変わることはなかった。代わりに俺は身勝手にも願わずにはいられなくなった。Tの幸運と、彼のちっぽけな成功を。
二月ほどたった頃に、Tを焼き肉に誘った。
「お金無いから」と彼も最初は渋っていたが、
「大丈夫、俺が奢るから安心しなよ」
と言って半ば強引に引っ張って来た。
テーブル席に向かい合って座り、メニューを覗き込みながらTに問うた。
「なあ、貯金の方はどうよ?原付買えそうか」
「いやあ、使っちゃったんですよね~」
「カネが無いってそういう…ところで何に使ったんだ?」
「ガチャを引くのに…」
「ソシャゲの課金か。」
「そうです。」
おいおい。あの時の感慨を返せや。などと勝手に呆れながらも悪い気はしなかった。
「お前さあ、そういうとこだよ……まあ俺も人のこと言えんけども、今我慢しても後から収入増えりゃその分ガチャだってたくさん引けんだろ。」
Tは少し困ったように笑った。俺もつられて笑った。(類は友を呼ぶ)と言うように、やっぱり似たところがあるらしい。
それから、二人の自堕落な若者は好き勝手に肉を焼いて、たらふく食った。
じだらく @hondashi6303
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