第169話 蒼井さんのジムがヤバい(経営的に)!

 13時00分



「お、お邪魔します。お兄さん」


「こ、こんにちは…」


 刹那が俺の家にやってきた。ジムで落ち合ってもいいのではと突っ込んでくる人もいるかもしれない。だが、これには理由があるのだ。


「それにしても、今日行くジムってここから歩いて5分程度ですよね?」


「ああ、俺も名刺見てびっくりした」


 蒼井(健司)さんから名刺を受け取った時は、ジムの住所まで細かく見てなかった。が、刹那にジムの情報を伝えるために名刺に書いてある内容をちゃんと見たら、驚くことに俺の家のすぐ近くということがわかった。


「そ、それにしても、悠太お兄さんと私のスポーツウエア、同じブランドですね」


「あ、ああ。そうだな」


 刹那は恥ずかしそうにもじもじしながら俺をチラチラと見てくる。刹那は線が三つ入っているスポーツウェアを着ている。下は外国人がよく着そうな皮膚に引っ付くタイプではないが、細い美脚をよく強調してくれるレギンス。上は灰色を基調としたトラックジャケット。レディーススポーツウェアモデルってググってイメージボタンをクリックしたら、真っ先に表示されそうなインパクトがある。


 要するに、めっちゃ綺麗。普段は長いスカートにニットを着た姿しか見てなかったが、これは中々新鮮だ。


 褒めた方がいいのだろうか。今朝見た全然役に立たなそうな妹動画のことは忘れて、目の前にいる妹に意識を集中させよう。


「に、似合うよ…その格好」


 刹那は面映おもはゆいのか、視線を逸らし、身をよじる。家は寒いわけでも暑いわけでもないのに、彼女の頬は薄い桜色に染まっていた。


「お、お兄さんも…すごく似合います…」


 ああ、これはあれだ。お隣さんからお土産とかプレゼントをもらったら、いつか絶対返さないといけないやつ。つまり、俺が褒めてしまったがため、刹那の脳内に俺を褒めないといけない債務が計上されたわけだ。つまり、本心ではなくお世辞に近い感じだろう。こりゃ褒めるのも考えものですね。


「い、行こうか…」


「はい…」


 と、いうわけで、俺たちはジムにやってきた。でも、俺らは戸惑っている。


「ほ、本当にプレオープン中ですか?このジム」


「そ、そうなんだけど、ちょっとおかしいな」


「あかりもついてないし、営業をやっているような感じではないんですね」


 刹那の説明通り、この「ブルーヘルシージム」という名のジムは内部にあかりはついておらず、オープン前の忙しさは一切ない。少し語弊があるかもしれんが、廃業寸前のジムを見ているかのようだ。

 

 俺と刹那はポカンと口を開けて、ジムの扉をぼーっと眺めていると、後ろから声が聞こえてきた。


「すみません、ちょっと通らせていただきます」


 段ボールを乗せた台車を引いている宅配業者らしき人は俺たちに会釈をする。


「すみません」

 

「すぐ退きますんで」


「ありがとうございます」


 と、宅配業者はジムの扉を開いては、勢いよく中に入った。


「一応、オープンのための準備はやっている見たいだな…」


「そうですね…」


 宅配業者が入ったってことは、中にはそれを受け取る人がいるということだ。


「中、入ってみる?」


 俺の提案に、刹那は不安そうな表情でため息をついてから、口を開く。


「お兄さんが入るなら、私もついていきます」


 どうやら刹那は俺の意見に従ってくれるらしい。まあ、このまま家に帰っても返って後味が悪いだけだ。ここは入らせてもらう。


「入ろう」


「はい!」


 刹那は悲壮感漂う表情を浮かべて俺のトラックジャケットの裾をギュッと握り込んだ。


「へえ、中は意外と色々そろってるな」


「インテリアも悪くありませんね。今時のジムって感じがします」


 中は、シーンと静まり返っていて、数々のフィットネスマシンが所狭しと並んでいる。

 

 カーテンが直射日光を全部遮っているため、昼間だというのに結構暗い。


 一人もいないこのジムの中を刹那と一緒に歩いていたら突然、向こうの部屋のドアが開かれ、さっき見た台車を持っている宅配業者が現れた。そして見慣れた青みがかった髪のマッスルマンも出てくる。


「ありがとうございました。では気をつけてかえ…藤本さん?」


「蒼井さん?」


X X X


 俺と刹那は蒼井さんに案内され、向こうの部屋に入った。中に入ると、パソコンやプリンターなどジム作業をするための備品などが置かれていた。そして、何よりも気になるのが


「にいにい!請求書の処理早く!」


「あ、ご、ごめん。今やるから」


「あと、内藤さん、数字間違ってますよ!やり直し!」


「す、すみません!」


 高校の制服を着ている美少女が蒼井さんと、スタイルのいい女性に色々と命令を出している。


 髪色は蒼井さんと同じく青みがかっていて肩まで伸びている。そして、書類に目を通す姿は百戦錬磨ひゃくせんれんまを彷彿とさせた。


「な、なんなんでしょうここ…」


「俺も分からん」


 パイプ椅子に座っている俺と刹那は忙しなく働いている3人を見ながら、気まずそうに苦笑いを浮かべた。


 お茶も出されておらず、俺たちは10分間固まったまま、この風景を眺めていた。


「もう、にいにいこれ全然間に合わない…」


 このままずっと待たされたら、日が暮れてしまいそうだ。まあ、なんでこの3人がバタバタしているのかは大体予想がつくが、俺はあえて咳払いをしてから、遠慮深げに問うた。


「何か問題でもありますか?」


 すると、蒼井さんが申し訳なさそうにぺこぺこしながら話す。


「も、申し訳ございません!私の方から来てくださいとお願いしたのに、こんな醜態しゅうたいさらして…」


 蒼井さんはくちびるを噛み締めて悔しそうな表情をしている。スタイルのいい内藤さんも、蒼井さんの妹と思われる美少女も同じく悔しそうな面持ちだ。


 刹那が俺の横腹をつついてきた。どうやら刹那もなぜ3人が切羽詰まっているのかが気になるらしい。俺はふむと頷き、息を吐いてから、丁寧に話を始めた。


「効率の悪い書類作業、アナログすぎるワークフロー、そして杜撰ずさんな管理。差し出がましいようで恐れ入りますが、訳を話していただけますか?」


「そ、それは…」


 蒼井さんは逡巡しゅんじゅんする。そして、妹と思われる制服姿のJKは俺の目をじっと見つめている。まるで試すかのように。そして小声で言った。


「ねえねえの目と似ている…」


「はい?」


「い、いいえ。なんでもありません!」


 声が小さかったため、俺の耳には届かなかった。このJKは、顎に手をやり何かを考え込んでいる。


「んまあ、別に減るもんじゃないし、イケメンだし、言ってもよくない?にいにい」

 

 おい、イケメンならOKかよ。最近のJKって面食いばかりか。まあ、俺の高校時代の女の子らも大体一緒だったけどな。これってあれか、お年寄りが「最近の若者ときたら…」を口癖のように言う例のあれか?年寄りさん、あなた方の学生時代はもっとひどいこともたくさんあったでしょ?


 と、どうでもいいことを考えていたら、蒼井さんが真面目な面持ちで俺と刹那を交互に見てから語り始める。

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