第166話 金沢の革命

「一体誰がそう勝手に決めつけたんだ」


「ふ、藤本さん?」


「強いものが自分たちの快楽のために弱いものを虐めたり殺すのはよくあることだ。いや、むしろそれしかない。だけど、奴らには権利がないんだ。人をイジめる権利、罵る権利、蔑む権利…そんなの奴らは持ってない。持ってないのに弱いものをはりつけにする」


 語気を強め言ったがため、金沢は呆気に取られたようだ。


 俺は畳みかけるように話を続ける。


「だから、俺は考えるんだ。奴らが最も恐れるものを見せたらどうなるのかを。発作を起こすほどの衝撃を与えたらどうなるのかを。でも、これは復讐なんかじゃない。あくまで事実を提示するだけの話だ」


「…」


 金沢は黙りこくって、悔しそうに唇を噛み締めている。


 俺の持論を他の人に話すのは麗奈以外初めてだ。彼女は俺の過去を知っているからまだしも、目に前にいる金沢は俺の事は全く知らない。


 だが、俺は本当に金沢という人間に対して俺の気持ちを伝えたのだろうか。それとも金沢に俺の姿を重ねて言ったのか。後者だとしたら、俺は最低最悪の鬼畜やろうだ。


 もういい。


「すまん。ついカッとなって喋りすぎた。今のは忘れてくれ。別に大した話でもないけど…んじゃさよなら」


「…」


 そう言い添えてから俺は足を動かした。これでいいんだ。


 実験は大失敗。やっぱり人間ってのは老若男女を問わず隠キャ陽キャを問わず、複雑極まりない。


 だが、手をポケットに突っ込んで歩き出す俺に背中から声が聞こえた。


「あ、あの!藤本さん!」


 大勢の人々が行き交うセンター街に佇む男二人は、恐らく目立つのではなかろうか。心なしか、一瞥する人が多いように思える。


 俺は振り返って金沢のなんとも言えない表情を見る。


 また話したいことでもあるのか。


「服屋、行ってもいいですか?」


「今はダメだ」


「はい?」


 キョトンと首を捻っている金沢に俺は咳払いをしてから言う。


「美容院、予約してあるんだ。服屋はそのあとだ」


「は、はい!」

 

X X X


「いらっしゃいませ!」


 綺麗なお姉さん美容師に迎えられながら俺たち二人は中へと入る。


「今日は隣にいらっしゃる金沢さんでよろしいですね」


「はい」


「あの、僕、こういうところ全然わからなくて…」


 金沢はキョロキョロして落ち着かない様子。


「大丈夫だ。全部言ってあるから。あと、気になるところがあれば担当の美容師さんと相談したらいい」


「…」


「こちらへどうぞ」


 金沢は気恥ずかしそうに肩をすくめているが、担当の美容師さんは明るい表情で案内してくれる。


「それにしても、珍しいんですね」


 連れて行かれる金沢の様子を見ていると、レジにいた男の美容師さんが声をかけてくれた。


「ん?」


 俺が彼に目を見やって続きを促すと、彼は続ける。


「藤本さんが人を連れてくるなんて」


「俺が人を連れてくるのってそんなおかしい事ですか?」


「まあ、別におかしくはありませんけどね」


 レジの美容師さんは微笑みを浮かべて俺と金沢を交互に見る。


X X X


 小一時間が過ぎると、そこには超ダサい服を着ている一人のいい感じの男が立っていた。


「ど、どうですか?」


「服がダサいですね」


「やっぱり服ですね」


「い、いや、服じゃなくて、髪の評価を…」


 担当美容師とレジの美容師さんと金沢が話している。金沢は長いバサバサ髪を切られたおかげで前と比べたらだいぶ印象が違う。ヘアジェルを塗っているので、今まで隠れていた目と額が丸見えだ。


「ふ、藤本さん!」


 美容師さんたちの返事に戸惑ってしまった金沢が俺を呼んできた。


「ん?」


 お客用ソファーに腰掛けて雑誌を読んでいた俺は、それをしまう。


「僕、どうですか?」


 ふむ。やっぱり感想はこれしか思い浮かばない。


「よし服屋行こう」


「ええええ!?藤本さんまで!?」


 と、いうわけで、俺たちは最初に入った服屋に再度訪れた。幸いなことに、さっきみたいに嫌がる態度を金沢は見せていない。なので、彼の服選びはスムーズに進んだ。


 やがて、金沢は俺がチョイスしてくれた服を購入し、それを試着室で着替えてくれた。


「ど、どうですか?藤本さん」


 汚れたジンズを履き、ダサいデザインのシャツを着ていた冴えない男は、今、革命を起こしている。


 カーキチノパンに、白いTシャツ、そしてそれを覆うベージュジャケット。傍からみればイケている大学生そのものだ。まあ、一箇所を除けばな。


「感想は靴屋に行ったら言うね」


「また待たされるんですか…」


「そのどっかしらの工具店で売ってそうなだっさい作業靴だけ捨てれば、革命の完成だ」


「は、はい…」


 靴屋についた俺たちは早速靴選びに取り掛かった。結局白を基調としたスニーカーを買った。そして、それを素早く履いた金沢が俺をものすごい形相で睨んでくる。


「今度こそ感想を言っていただきます!」


「い、いや…そんな睨まんでも…」


 まあ、ずっと焦らしたのは事実だし、感想を言ってあげてもいいか。が、その前に、俺は自分の携帯を取り出してすばしこく金沢の全身を撮った。


「え、ちょ、撮られるのは…恥ずかしい…」


「何言ってんだ?お前はイケメンになったぞ」


 そう伝えた俺は、金沢の姿が写っている携帯画面を彼に差し出した。それを確認した金沢は、口をポカンと開ける。


「こ、これはほ、本当に僕ですか?」


「ああ。革命の完成だ」


「か、革命…」


 俺の携帯画面に釘付けになっている金沢は感動したのか、目を潤ませる。だが、油断は大敵だ。


「ちょっと喜びに浸っているところ悪いが、一つだけ言っておく」


「な、なんですか」


「確かにお前は垢抜けしてイケメンになった。けれど、お前を無視している連中の態度は変わらない。むしろ前みたいに躍起になってお前を引き摺り下ろそうとするんだろう」


「なんであいつらはそんなことするんですか?」

 

 金沢の表情は一変し、真面目くさった面持ちで俺に問うてくる。


「お前、職場で何人からイジめ受けてるの?」


「主にイジめるのは高坂さんと櫻井さんで、他はグルになって僕を直接的にいじめたりはしません」


「なるほど」


 俺は深くため息をついてからまた語り出した。


「つまり、奴らは恐れているんだ。今までお前を散々無視しけなして自分らの優位性を確立させるという快楽をもう得られないんじゃないかという不安にな」


「あいつらが、僕をいじめて快楽を得ていたんですか…」


「ああ。だけど、あいつらにそんな権利などない。つまり、私有地で好き勝手暴れまくる不法侵入者よりたちの悪い獣ってわけさ」


「獣…」


「ああ、獣だ。だからあいつらには人権など存在しない」


 俺の説明に戦慄の表情を浮かべていた金沢は、突然、顔をほこばせる。


「やっぱり、藤本さんはすごいですよ!なんていうか、モテるイケメンなのに、そんなことが言えるなんて…」


「だから違うって…」


「藤本さんも、過去にとても辛い経験をされたんですね?」


「ん!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る