第157話 麗奈は酔っている

 金沢は俺の突然すぎる行動に驚きつつ、目を背ける。


 俺たちは連絡先を交換して、ある約束を交わした。


「んじゃ、俺先行くから」


「は、はい…」


 やっと俺と金沢との会話は終わり、俺は麗奈たちのいる個室に戻った。


 扉を開けて中を見ると、麗奈がずっと酒を飲んでいる。櫻井さんと、西澤さんが興味津々な様子で麗奈に何かを話しかけていている。西澤さんも気になるのか、聞き耳を立てて、3人の会話を聞いていた。


「正直に言ってください麗奈先輩!藤本さんとはどこまで行ったんですか?」


「だから違うって!」


「こんなに動揺するなんて、ますます怪しいな」


「善子ちゃん、くっつきすぎ。でも、五十嵐先輩がこんなに慌てるのは珍しいですね」


 と、困り顔で二人の質問攻めを受けている麗奈は、アルコールを結構飲んでいる。空っぽになったビールジョッキは3本もあり、結構酔っている感じだ。


「あ、藤本さん!」


 櫻井さんが俺を見るや否や、手をビシッと上げて歓迎してくれた。俺は無言のまま、頭を少し下げて返すと、高坂さんが早速俺に質問を投げかけてくる。


「お二人は本当に付き合ってないんですか?!」


 やっぱりリア充は色恋沙汰が大好きだな。こういう雰囲気は正直苦手だ。そもそも俺は人間自体に興味を示さない人間だ。特に、こういうチャラチャラした感じはなおさら。


 こいつらパリピは、「ウェイウェイ」とか「イエイイエイ」といったわけの分からん掛け声を事あるごとに口にする。そして、いつも清くない男女関係を好む輩だ。


 つまり、俺の敵だ。


 まあ、一応麗奈からの依頼は無事に達成できたし、この空気だと食も進まない。

 

 と、いうわけで座ることをせず、話を始める。


「麗奈とは付き合ってません。ほら、麗奈、そろそろ帰るぞ」


 俺が麗奈の肩を掴んで揺らしていると、彼女は火照った顔で俺を見上げる。だが、高坂さんは俺の行動を阻止するための言葉を発する。


「付き合ってもないのに、一緒に帰るんですか?五十嵐さんは結構酔ってるんで、ちょっと危ないと思いますよ」


「…」


 確かに、言われてみれば俺と麗奈が一緒に帰る理由は存在しない。ここへやってきた時は一緒だったが、帰る時も一緒ってのは、ちょっと違う気がする。


 でも、このままでいいのだろうか。


 現に麗奈は酔っているし、口ぶりから察するに、麗奈がこんな姿を仕事仲間たちに見せたことは一度もなかった。


 もっとも気になるところは、高坂さんのこの表情。まるで、自分の既得権益が奪われてしまうことを危惧しているみたいに顔を引き攣らせている。


 わかりやすい。


 だから俺の言うべき言葉はとっくに決まっている。


「危ないから連れて帰るんですよ」


 俺は高坂さんの瞳をまっすぐ見つめた。そしたら、彼は後ろめたいことでもあるのだろうか、目を少し逸らす。すると突然、麗奈が俺の足にすがりついてきた。


「悠太が良い…」


「ふぇ?」


「高坂くんはだめ。悠太がいるからいっぱい酒飲んだのよ」


「ちょ、ちょっと麗奈?いきなり言動おかしくなってないか?」


 俺に思いっきり抱きつく麗奈を見て戸惑うのは、俺でだけじゃないらしく、残りの3人も口をポカンと開けて固まっている。


「悠太、早く帰ろう!帰ったら色々奉仕してあげりゅ〜」


「ほ、奉仕…」


 奉仕という言葉を聞いた高坂さんの瞳孔は揺れ動いている。


「い、いや、奉仕はあとでやってもらって良いから、とりあえず立ち上がれ」


「ほほほほほほほ、奉仕!?一体どういう奉仕ですか!?」


 櫻井さんも慌てふためいている。しかし、西澤さんは、冷静な表情で俺たち二人を交互に見た。キレられてしまうんじゃないかとばかり思っていたのだが、西澤さんは大人しく俺たちを検分している。数秒経つと納得顔で話した。


「藤本さん、お姉さまをよろしくお願いします」


「あ、う、うん。わかりました」


「帰ろう!ゆうた〜」


「おい、ちょっとくっつくなっつーの…あ、お金は置いとくんで」


 俺はそう伝えてから、5000円札を一枚をテーブルの上にそっと置いてからここを出た。


 時刻は19時30分。遅くない時間帯だ。麗奈はろくに立つこともできないほどよろめいていて、俺が肩を貸してやっている。


 道中、コンビニから冴えない感じの男が出てくるところが見えた。そう。金沢である。


 金沢は、俺たち二人を発見した途端に、何かに思いつくと、いそいそとまたコンビニへと入って行く。そしてスポーツドリンク2本を手に持って俺たちのところへ足早に歩いてきた。


「もう帰るんですか?」


「まあな。色々あってね。あ、ありがとう」


 金沢は俺にスポーツドリンクを渡した。俺はそれを受け取り、うち一本を麗奈の手に持たせた。


 そして金沢さんは心配そうな顔で俺にたずねる。

 

「色々って、もしかして高坂さんのことですか?」


 おそらく、この子は麗奈のことをずっと見てきたからわかっているんじゃないかと、ふとそんな気がしてきた。


「そうね」


「あいつはクソ野郎です」


 金沢の表情には怒りが宿っている。


「まあ、金髪のイケてる男は大半がクソ野郎だぞ」


 俺の言葉を聞いた金沢は怒った顔から一転、破顔一笑した。


「ぷっぷはああああ!」


「何笑ってんだよ」


「い、いや、あまりにも正論過ぎて返す言葉もないですね…ぷふっ…やっぱり藤本さんは他のイケメンたちとは違います」


「そ、そうか」


「はい。藤本さんは格好いい」


「あ、ありがとう」


 ちょっと照れ臭くて頭をガシガシ引っ掻いていると、麗奈が俺の服の裾をぐいぐい引っ張ってくる。気になった俺は麗奈に視線を移した。すると、麗奈が上目遣いで俺を見上げている。おい、その表情はやめて?反則だから。


「ゆうた…いこう…」


「う、うん。と、というわけだ。金沢、あとで連絡するから」


「は、はい!あと、今日は色々みにくいところを見せてすいませんでした!」


 金沢はぺこりと頭を下げる。俺は、右腕に麗奈が体を預けているせいで、左手を上げて振ってやった。


 これで飲み会は終わりだ。


「ゆうた…スポーツドリンクの蓋開けてちょうだい…」


「お、おう」


 まだ終わってないな。

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