第152話 メイドさんとのひととき

 麗奈は俺をちょいちょいと手招いている。俺は逡巡したが、覚悟を決めて中に入る事にした。


 麗奈にとって俺は単なる学生みないなものだ。今日もその一環で、人間に勝つための秘訣を麗奈に教えてもらうだけ。


 ちなみに五十嵐家は三階建てだ。2階にリビングがある。そのため麗奈が先頭に立って階段を上っているところだ。


 そう。上っている。だから見えてしまうのだ。ピンクにレースが付いている物体が。でも前回見たやつとは形は違う気がする。ていうか俺何下着なんか見比べてるんだ?俺ってこんなやつだったけ?


 いや、待てよ。これは見えてしまったから、仕方なく見ただけであって、決してわざとじゃないんだ。ほら、コーディングをする時、不自然なコードの方に目が引き寄せられたりするじゃん?あ、この例えって開発者以外には通用しないか。


 それより麗奈って警戒心が無さすぎだ。まあ、俺の醜い姿を散々見てきたから、男として認識していないのは当たり前だとは思うんだが。もうちょっと気をつけて欲しい。


 リビングに着いた俺は、そのままソファーに座ってた。


「ちょっと待ってね。すぐお茶を出すわ」


 そう言ってから、麗奈はキッチンに向かって、何かを作りは始める。その所作に品がありすぎてつい見惚れてしまった。


 象牙色の細い手は一本一本が芸術作品っぽく、王室で働く選び抜かれたメイドをそのまま体現したような容姿だ。つまり、歩く蝋人形。


 手際良くポットの中に入っているお湯を高そうなコップに注ぐと、ハーブティー独特の馥郁たる香りがリビング全体を包み込んだ。


 麗奈はハーブティーと、クッキーが入っている皿が載っているトレーをこっちのテーブルに持ってきた。本当無駄のない動きだ。

 

「お茶とクッキーをお持ちいたしました。どうぞお召し上がりくださいませ」


 またプロのような言葉遣い。麗奈ってこう言うのが好きな子だから、ここは突っ込まずに、彼女に合わせよう。


「ありがとう」


 そう告げた俺は、熱々の赤色のハーブティーに口をつけた。


「美味しい…」


「クッキーもどうぞ」


「ああ、いただくね」


 そう言ってから俺は見るからに美味しそうなクッキーを一口食んだ。


「美味しすぎる。食事前だからいっぱい食べられないのが凄く残念だ」


 きっと百貨店などで売っている高いものだろう。これは、俺も買って、食後のティータイムでぜひ堪能したい。


「このハーブティーとクッキーは、どこで買った?」

 

 ずっと立って俺が食べているところを見ている麗奈は、微笑みを浮かべながら返事する。


「私が作ったの」


「マジか」


「ええ」


「どう考えてもプロの腕前だろ。百貨店で売ってるクォリティだぞ」


「そ、そう?」


「ああ」


 俺は感嘆しながらハーブティーを飲み、クッキーを食べた。でもコーヒーじゃなく、ハーブティーを出したのが少し解せない。だから聞いてみる事にした。


「ハーブティーにした理由ってある?」


 すると、麗奈は恥ずかしそうに目を逸らしてから答えてくれた。


「悠太は、ひがしむらコーヒー店でいつもカフェインが入ってないものしか頼まなかったから、苦手かと思ったの…余計な気遣いだったのかしら?」


 言い終えた麗奈は元気がない人のように肩をすくめては、俯いている。


「いや、むしろ逆だ。麗奈の思惑通り、俺はカフェインが苦手でハーブティーが好きだ。このハーブティーにはカモミール、レモンバーム、ハイビスカスを混合したものが使われてるでしょ?どれもノンカフェインだ」


「え?悠太ってそこまでハーブティーにも詳しいの?」


「い、おちおう嗜んでいるからな」


 メイドの件といい、ハーブティーの話といい、もしかしたら俺と麗奈はソリが合うかもしれないと、心の中で思った。だけど、実際口に出す勇気はないわけで、喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。調子に乗ってはならない。


「よかった」


 麗奈は安堵したように息を吐くと、俺の横に座る。そして俺に微笑みかけてくれた。


 いや、むしろ微笑みをかけて感謝すべきなのは俺だ。俺が何が好きで何が苦手なのかをいちいち調べて、最上のおもてなしをしてくれたから。


 でも、俺には爽やかなイケメンの固有スキルであるスマイリングはできない。仮に俺がやろうとしたら、気色悪いゾンビになるだけだ。


 でも、いついかなる時も誠意を見せるのは俺の流儀。今まで散々やられっぱなしだったから、その誠意を見せるチャンスがなかっただけだ。


 俺は恥ずかしそうに麗奈の顔を見て言う。


「嬉しい」


 俺の反応を見た麗奈はいきなり鼻息を荒げてメイド服のスカートをギュッと握り込んで顔を赤くする。まるで餌を狙っている猫のようだ。


 な、なんであんな顔でじっと見てるだ?可愛いけどちょっと怖いな。


 だが麗奈は、何かを思い出したのか、首を全力で振って、深呼吸をしてから、話し出す。


「童貞コミュ障の藤本悠太くん!」


「な、なに!?」


 なんでいきなり怒ってる時の話し方に戻ったの?


「会議を始めましょうか」

 

「か、会議?」


「ええ。そのためにここへ来たわけでしょ?今晩参加する飲み会のために」


「あ、そうだったな」

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