第112話 五十嵐麗奈の残香
X X X
「来てくれてありがとう!」
「また遊びましょう」
「こちらこそありがとうございました」
圭作さんとの深い会話もある程度落ち着いたところで、俺は家に帰るべく、一旦2階に上がって五十嵐麗奈にその旨を伝えた所、兄妹揃って玄関まで送ってくれた。
玄関扉を隔てて俺たちは立っている。こうやって改めてこの兄妹の姿を見ると、やっぱりヨーロッパの貴族そのものだ。
だが、貴族だとしても、賎民だとしても、人間である以上、それぞれ苦悩を抱えて生き続けていくのだろう。
現に、圭作さんは微笑を浮かべているが、その奥には、ドス黒い何かが
問題なのは、そういう
だが、悩んでもしょうがない。いくら見るに耐えない事象が発生しようと、地球は回る。
俺は考えるのをやめて、
今日は本当にいろんな話をしたし、もうこれで十分だ。五十嵐麗奈の怖い一面を再確認し、圭作さんの本音を聞けた。豊作といったところか。
「麗奈、このままでいいの?」
俺の後ろで圭作さんが何やら五十嵐麗奈につぶやいている声が
五十嵐麗奈が唸り声を出していた。後ろを向いている俺でもすぐ分かるくらいに。
居た堪れなくなったのか、五十嵐麗奈は口を開く。
「あ、あの!藤本くん!」
彼女の声を聞いた俺は、
「うん?」
俺がキョトンと首を傾げていると、彼女はゴスロリドレスの裾をぎゅっとに握り込んで、モジモジしている。
頬はすでに桜色に染め上がっていて、目をキョロキョロさせている姿からは、名状し難い美が感じられる。
だが、程なくして五十嵐麗奈は、俺を直視せず、
「私、こ、コスプレするのが大好きで、よ、よろしければ、今後、私のコスプレ姿を見てもらってもいいかしら」
「うん?」
突然の要求に俺は戸惑ってしまった。
「別に嫌だったら、断ったって構わないわ。藤本くんはこっちの世界の人間じゃなさそうだし。やっぱり変に思うよね?」
最初こそ「威風堂々」という言葉がふさわしいほど強圧的な態度だったが、語尾にいくに従って自信を無くした敗北者の口調になった。誤解は早く解くに越したことはない。
「い、いや。別に変だとは思わない。むしろいい趣味じゃないか」
俺は言いつつ、視線を五十嵐麗奈から逸らした。やっぱり、ちょっと恥ずかしい。
「え?じ、じゃ私のコスプレ姿、見てくれるのかしら?」
そう上目遣いで問うてくる五十嵐麗奈の顔は、欲しいものを親にねだる時の子供のようで、断りづらい雰囲気を醸し出していた。
まあ、いいか。メイドとかコスプレなどに興味が全くないかというと、そうでもないからな。
俺は頷きをもってゴスロリ服の美少女に同意を示した。すると、彼女は口を半開きにして驚いたが、やがて口をキリリと結んで笑みまじりの顔を見せる。
「よかったね!コスプレ、見てくれる友達を見つけて」
「うん!」
圭作さんの言葉に五十嵐さんは目元を潤ませながら答えた。そ、そんなに嬉しいことなのか?
五十嵐麗奈ほどの美少女がコミケとかの大掛かりなイベントに参加しようものなら、男たちの注目を一身に集めること間違いなしだ。
でも、あのウブな反応を見るに、おそらくそのようなことを経験したことはないだろう。
まあ、やることといえば、普通に五十嵐麗奈のコスプレ姿を見るだけし、さほど問題になる要素はなさそうだ。
考えがまとまった俺は、別れの挨拶をすべく、この兄妹を交互に見ながら口を開いた。
「それじゃ、失礼します」
軽い会釈のような感じで頭を下げた俺は、
アスファルトと街路樹が続く歩道を適当に歩いていると、鼻から五十嵐麗奈の部屋に漂っていた甘くていい香りが流れてくる。おそらく俺の服に付着していた
外の匂いに慣れそうになると、タイミングよく、このいい香りは俺の鼻を刺激し続けた。俺が家に着くまで。
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