第97話 刹那ちゃんに近づいたらダメだよ。

「ところで、藤本さんは、ゆきなちゃんとどういった関係ですか?」


 西山がさわやかな笑顔で問うて来た。もちろん、俺は西山がこういった質問を投げかけてくると予想したので、驚いたり動揺したりはしない。


「家庭教師です」


 そう短く答えた俺は再び西山の顔を見る。


「新しい家庭教師さんですか?」


 新しい、という言葉が出たあたり、どうやらゆきなちゃんの事情を知っているだろう。


「まあ、そんな感じですね」


 俺は口角をぎこちなく釣り上げて笑みせた。


「まあ、頑張ってくださいね」


 そう言ってから自分の飲み物を手に持ってストローを吸う西山。


 なんだか、口調といい身振りといい、超上から目線だな。まるで、年長者が若造に対して「ご苦労」と言ってる時と似ている。一つ言い加えるならば、あの笑顔には他人をあざける態度が含まれている。


 そう思うと、早くも家に帰りたいゲージがマックスに達してしまった。ていうか、足も疲れたし、この人達と一緒にカフェに行く選択をしたこと自体が間違いだったのでは。


 でも既に起きてしまった事を今更どうこう言ったって、エネルギーの無駄遣い意外の何ものでもない。


ここは戦略的撤退をした方が良かろう。


「ちょっとトイレ行ってきます」


 まあ、飲み物もたくさん飲んだし、実際トイレ行きたかったから、別に戦略的撤退ではないと思うがな。


 だが、居心地自体は最悪だ。知り合い二人と一緒に遊ぶことさえも手一杯なのに、あまつさえ3人も追加となると、もう身も心もボロボロだ


 確かに、俺はあの男がどういう人物なのか、ゆきなちゃんにどういう影響を及ぼしているのかを突き止めるためにここにきたのだが、6人揃って会話するのは、俺の心に負担をかけてしまう。


 俺は手を洗って、ため息をつきながらトイレを出た。重たい足をなんとか動かそうとしているその瞬間、サラサラな金髪の男が佇んでいるのが見えた。


 西山だ。


 あいつもトイレ行きたいのかと一瞬思ったが、真っ直ぐ俺をにらむ姿を見ると、そのような考えは吹っ飛んでしまった。


 やっぱりあの眼差しは、越権行為をしたものを断罪する時の視線だ。


 俺はあえてその視線を振り払って、彼の横を通ろうとした。しかし。


「刹那ちゃん、ゆきなちゃんと仲良いみたいですね」


 西山は俺の肩を掴んで制止した。


 俺に、触れた?


 俺がケモノと判断したやつから、肩を掴まれた?


 俺を殴っていた連中も、今この男のように、自分の欲望に満ちたみいくい目をしていて、俺を勝手に触っていた。

 

 今、俺を束縛するものはない。行かなければお母さんにボロクソ言われる学校という存在はもうないのだ。だから、この男が俺をイジメる権利はない。


 俺はこの男の手を振り払ってから口を開く。


「勝手に、触るな」


 周りに迷惑がかからないように小声で言ったため、俺たちのやりとりのを深刻そうな顔で見ている人は今のところいない。

 

 キツくめ付ける俺に若干動揺する西山だが、やがて、俺をばかにしくさった表情で話し始める。


「やっぱりあんた、刹那ちゃんと関わっちゃダメな人間だ。だから刹那ちゃんに近づいたらダメだよ。許さないから」


 実に残念なやつだ。自分が今、何を言っているのかわかっているのだろうか。おそらく脳内で、西園寺刹那と西山晴翔を巡るファンタジー小説でも書いているのだろう。

 

 俺はその自分勝手なオナニーに巻き込まれている力なきひつじのような存在。こいつのお父さんは大手企業の顧問弁護士だ。貧乏な家に生まれ育った俺とは住む次元が全く違う。だから、俺はこの男に勝てない。


 論理が通用するなら、話は別だが、ケモノに人間の言葉などは通用しない。だが、事実だけは言っておくべきだろう。


「俺はゆきなちゃんの家庭教師だ。他人の色恋沙汰に口を挟むのは嫌いなんでね」


 俺の返答を耳にした西山は、驚いたように目を見開いてから、自虐混じりな表情で言葉を吐く。


「へえ、理解が早いですね。あと…あの子、全然勉強できない石頭いしあたまだからいつまで続けられるかは目に見えてますけどね」


「それは、お前の経験談なのかね?」


「っ」


 狡猾こうかつそうな表情を浮かべて、俺に説教するように語る西山に俺が質問を投げると、突然、顔を引きらせる。どうやら図星のようだ。


 今ので欲しいデータは全部取れた。これ以上は話を続ける意味がない。何より俺のメンタルが持たない。


 と判断した俺は、静々しずしずとゆっくりとした足取りで、トイレを後にした。あいつとは二度と会いたくないと思いながら。

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